Take 2

 夕闇が完全に空を食い尽くした頃、高田は目を覚ました。

 彼は全裸のままでソファに固定されていることに気がつき、両手両足の甲に五寸釘が打ち抜かれていたことに気づくと喉が裂けんばかりの叫び声を挙げた。

 しかし、不思議と痛みはなかった。

 血は流れ、釘の存在を確かに感じるものの、痛覚だけがどこかへ行ってしまっていた。そのことが、余計に彼を混乱させた。

「ご近所迷惑ですよ、高田さん」

 深作は高田の目の前に立っていたが、高田は気がつかなかった。二人の間には、先ほどと変わらずビデオカメラが三脚の上に佇んでいることにも。

「てめえ、この野郎。ぶっ殺してやるからな。放せ、こら、おい」

 思いつくままに、高田は悪態の限りを口にした。

 深作はビデオカメラのサムネイル画面越しにそれを見届け、ペットボトルの液体を一口飲んだ。カメラには、“録画”を示す赤いランプが点いていた。

「この気狂い野郎。クソ野郎の変態野郎が!」

「意外とボキャブラリーが貧困なんですね」

「ぶっ殺すぞ!」

 高田は反射的に顔を背けたが、深作が投げたペットボトルの中身を頭から被った。ドロドロとした粘度の高い液体は精液に似た青臭い匂いを放った。

「黙れって。自分の立場わかってんのかよ」

カエルの卵と深作が言った球体が口の中に入り、高田は何度も唾を吐き、胃液がこみ上げてくるのを感じた。彼は絶え切れず嘔吐し、目には涙を浮かべた。

「せっかくの隠れ家が台無しじゃないですか、高田さん」

「一体、お前はなんなんだよ……」

「言ったでしょ。お宅訪問って」

 高田は泣き出した。この悪夢のような時間が早く終わって欲しいと心から願いながら大粒の涙を零した。

「嘘なんだろ! テレビも名前も嘘なんだろうよ!」

「あ、よくわかりましたね。そっか、さっき電話していたのはテレビ局ですか」

「お前はなんなんだよ。助けてくれよ」

「ちょっとちょっと。さっきまで殺すって言っていた相手に命乞いですか。先に言っておきますけど、助けませんよ。助ける相手の両手足に釘打たないでしょう、普通」

 高田は一際大声で泣き出した。助からない、という言葉が彼の心を蝕んでいた。

「にしても麻酔ってすごいですね。全然痛くないでしょう。釘打ってる時も全然起きませんでしたもんね」

 高田の耳には、もはや深作の言葉は入って来なかった。ただ自分がこれから殺されることの恐怖と理不尽さへの怒りが、メビウスの輪のように循環し続けていた。

「さて、じゃあインタビューの続きと行きましょうか。さっきはすみませんでした。ちょっと仕事の電話で出なきゃいけなかった。わかるでしょ。さ、えっとこだわりを聞いたとこで終わってましたよね」

 高田は答える代わりに鼻水を啜った。深作は彼に近づくと、持っていた金づちで右手の小指を打ち付けた。高田は衝撃と驚きで絶叫した。痛みはなかったが、骨が折れる感触が脳髄に伝わった。

「質問にはちゃんと答える」

 混乱する頭をなんとか働かせて、高田は何度も頷いた。

「じゃあ、始めますね。えっと、この建物は百点満点中何点ですか」

 高田は呼吸を整えようと肩で大きく呼吸した。深作は金づちを右手の薬指に置いた。

「テンポよく答えないと、次はこっちいきますから」

 カチカチカチ、と高田の歯が震え出した。涙が両目いっぱいに浮かび、手足に開いた穴からは血が流れていた。

「ひゃ、百点です……」

「百点。それはすごい自信だ」

 金づちは依然として動かない。深作は質問を続けた。

「これまで手掛けたどの建物より、こいつが一番ですか」

 涙が頬を伝うと、高田はいよいよ言葉を紡げなくなり、何度も首を縦に降った。

「まいったな」

深作はそう呟くと、金づちを振り下ろして高田の薬指の先を潰した。

 金切り声をあげる高田の隣で、深作は金づちについた血と爪をもっていたタオルで静かに拭った。

「なにしやがんだ、このクソ野郎!」

「静かにしなよ。麻酔が効いているから痛くはないはずだ。それよりもせっかくのインタビューに嘘をつくっていうのはどういう神経をしてんだ」

「なんのことだ」

「ジジイの尻みたいな景色を眺めるしか取り柄のないほったて小屋が一番で百点? よくもそんなことが言えたもんだ」

 高田は深作を見上げ、次の言葉を待った。

「あんたの最高傑作といったら、【TOKYO ミライト】だろ」

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