インタビュー開始
三脚に乗ったビデオカメラのレンズは真っすぐ高田を捉えていた。
高田は気づいていなかったが、深作がこの小屋に入ってからずっとカメラは高田を撮影していた。
「そう緊張することはありませんよ。カメラは気になさらないでください」
二面窓のちょうど中央でカメラを持ちながら深作は、まるで子どもをあやすかのような優しく穏やかな口調で高田に話しかけた。
若造がなめた口をききやがって、と高田は胸の内で毒づいた。
「気にしていません。早く始めて下さい」
「わかりました。じゃあさっそく。えっと、ここはいつ頃建てられたものなんでしょうか」
「およそ一年ほど前です」
「建てるきっかけはなんだったんでしょう」
「きっかけ……。そうですね、先ほどお話したとおり、この高台からの景色に一目惚れしまして。幼い頃の風景に似ていたんですね」
「ご主人が設計されたとか」
「そうですね」
「設計士なんですか」
高田は軽く咳払いをした。
これでも若い頃はテレビや雑誌にも取り上げられたものだけれど、若い世代はわからないかもしれないと自分を納得させた。
「そうです。以前は一級建築士として働いていました」
「一級建築士ですか、それはすごい。なにか代表作はありますか」
思わず高田は苦笑し、しかしまんざらでもない表情で謙遜した。
「ま、ご自分の口からは言いにくいですよねえ」
深作の態度に苛立ちを感じた高田は、「昔はテレビにも取り上げられたことがあったんですよ」とささやかな抵抗を見せた。
「では、この建物で一番こだわった点はどこですか」
「……そりゃあ、あなたの後ろにある窓ですよ」
不機嫌さを隠すのをやめた高田は深作を指差した。
深作はカメラごと振り返ると何かに気がついて窓を開け、猫の鳴き声を真似た。
それは威嚇のような攻撃的な鳴き声であった。深作の鳴き真似は、それから数分にわたって行われた。
高田が深作の奇怪さに怯え始めた頃、彼は窓を閉めて爽やかな笑顔で振り向いた。
「さかりのついた猫は困りますよね、まったく。うちのアパートの近くにも出てきて困るんですよ。子どもでもボコボコ生まれた日には一匹ずつ蹴り殺さないといけないから、手間でしょう。あ、ちょっとすみません。電話が」
再び早口でまくしたてた深作はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出すと慌てるように一階の玄関へと降りていった。
高田は一人、呆気にとられたまま、放置された。
蹴り殺す?
子猫を?
まさか。
いや、あの狂人ならやりかねん。
深作が猫を蹴り上げる映像が頭をよぎった。
高田は勢いよくソファから立ち上がると、窓の外から猫と深作がいないか探した。しかし夕闇が景色を侵蝕し始めており、生き物の気配は感じられなかった。
その風景に高田は自然と後ずさりし、危うく三脚ごとビデオカメラを倒してしまいそうになった。
その時、彼は玄関で受け取った名刺を思い出した。
高田はスマートフォンと一緒に取り出し、名刺に書かれた電話番号をコールした。
一度目のコール。二度目、三度目、四度目で電話は繋がった。
「はい、もしもし」
電話の男はテレビ局の名前を口にした。
「今、あなたのところの深作さんからインタビューを受けているんですけどね、なんかちょっとあの人おかしくありませんか」
「はあ」
「話は一方的だし、変な飲み物を薦めてくるし。それに猫を、蹴り殺すとか言っているし、ちょっと気持ち悪いですよ。上司の方とお話できませんか」
「はあ、すんません。それで、なんのインタビューを受けていらっしゃるんですか」
「変わった住宅を紹介する番組だって聞いてますけど」
「変わった住宅を紹介する番組」
「はい。おたくの深作というスタッフですよ。30くらいの男で」
「深作。深田じゃなくて深作ですか」
要領の得ない話に高田の苛立ちは頂点に達した。
「そうだよ、深作欣二と一文字違いの深作近二だ」
「うちに深作という者はおりませんが……」
「え」
一瞬のうちに高田の怒りは蒸発した。あちこちに視線と思考が泳いだ。
いない?
なんで。
どういうことだ。
この名刺は?
偽物、だとしたら、なぜここに来た。
偽物の名刺まで作って、ビデオを回して、あいつは何者だ。
何がしたくてやってきた。
「もしもし? あのすみませんが、お名前を伺ってもよろしいですか」
受話器から聞こえる声に高田は我を取り戻した。
「はい、名前。誰の」
「あ、その貴方の名前です。一応、上の者に報告しますので」
「はあ」
ローテーブルの上に置かれている深作のペットボトルが視界に入った瞬間、高田の脳裏に疑問が浮かんだ。
あいつは、どうして、俺の名前を、知っていた。
その刹那、高田は殴られ、気を失った。
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