景色とカエルとペットボトル

「ほお、これはいい景色ですね」

 到着早々、深作は正面の二面窓から見える風景に食いついた。

 高田の口角が知らず知らずのうちに上がっていく。

「そうなんです。ここからの景色がよく見えるように設計したんです」

「ということは、ここはご主人が自ら?」

「ええ、そうです」

「はあ、なるほど。素晴らしいですね」

「ありがとうございます。人によっては殺風景に思われるでしょうが、私はこの北関東特有というか、日本の片田舎ならではの少し寂し気な風景が好きでして」

「現代の原風景ですかね」

「うん、そうですね。以前は東京で働いていましたが、やっぱりこういう郷愁には敵いませんよ。わびさびですね」

 高田は気がつかないうちに饒舌になっていった。

 思えば小屋が完成してから今まで、中まで訪れた者はいなかった。

「普段はどうやって過ごされるんですか」

「ソファに座って音楽を聞きながら、ここの景色を眺めてビールを飲むんです。まあ、それだけの部屋ですよ」

「いいですね。男の隠れ家というやつですね」

「そうそう。あ、よかったら一杯どうですか」

 事務的ではない、血の通った会話は久しぶりだった高田はすっかり興奮し、深作にバドワイザーを振る舞おうと彼に背を向けて小型冷蔵庫の前にしゃがんだ。

「いえ、けっこうです」

「まあまあ、いいじゃありませんか。ビールくらい」

「いえいえ、私にはこれがありますので」

 高田が振り向くと、深作は鞄からペットボトルを取り出した。

「よかったら一口どうですか」

 目の前にペットボトルを差し出された高田は、訝しく思いながらも流れに身を任せて受け取り、

「はあ、すみませ——」とその中身にぎょっとした。


 ペットボトルの中身は濁った緑色の液体だった。

 苔のような切れ端がペットボトルの内側にいくつもこびりついている。

 中にはカエルの卵のような半透明な球体がプカプカと浮かんでいる。

「青汁です。健康は何より大事ですからね」

 そう言うと深作は爽やかな笑みを浮かべた。

 高田はなるべく顔が引きつらないように気をつけながら微笑みを浮かべてペットボトルを返した。

「よく通販なんかで売っているような青汁とは違って、アメリカやドイツなどの諸外国では治療薬として用いられているものなんです。高血圧や肝硬変の予防になるんですよ。ちなみに日本で売られている青汁を飲んだことってありますか。あれは苦くて青臭くてまずいでしょう。これはホウレンソウのスムージーに近いような自然の甘みが感じられるので無理なく続くどころか、美味しいから飲み続けられるんですよ」

 いきなりのマシンガントークに高田は、そうですかと短い相槌を打つのが精一杯だった。

「私は実年齢より若く見られることが多いんですけどもね、若いといっても油断は行けません。友人にも薦めているんですが、これがまた喜ばれるんですよ。おまけに一緒にこいつを飲むことでがん予防にも効くという実験結果がニュージーランドの大学で発表されたんですよ。いいことづくめのドリンクで、国内でも一般発売される日も近いですよ」

「そうなんですか」

「どうです、一口」

 高田は自分を鼓舞した。

 このままではこの若造のペースに振り回されているだけだ。

 毅然とした態度で接しようと決心した。

「いいえ、結構です。健康に良いんでしょうが、あまり見た目がよろしくない。特にそれ」

深作が「こいつ」と称した球体を指差すと、

「カエルの卵みたいでどうもね」と言い放ち、すぐに後悔の念が襲ってきた。

 せっかく自分の家を紹介してくれるというのに、とんでもない暴言を吐いてしまった。

 顔色はどんどん青くなった。

「これはどうも、とんだ失礼を——」

「カエルの卵ですよ、これ」

 深作はそう言ってにっこり笑うとまた青汁を飲み出した。

 高田は呆然とそれを眺めていた。

「そうだ、高田さん」

 青汁混じりの涎を飛ばしながら興奮する深作を見て、高田はもうすっかり彼のことが嫌いになっていた。

「な、なんですか」

「インタビューを撮らせてもらえませんか」

「インタビュー?」

「そうです。本番でも撮るんですけど、いきなり質問されても答えられないじゃないですか。そこで出演いただく方には事前に僕の方からインタビューさせていただいているんです。まあ、予行演習みたいなもんですよ」

「はあ」

「まあ、十分もかかりませんから。それが終わったら失礼します」

「あ、いやそういう意味ではないんですが」

「十分もかかりませんから」

 深作の強引な態度に遂に辟易した高田は承諾し、ソファに腰掛けた。

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