突然の訪問者
その日も高田は小便をし、シャワーを浴びると二階へ行き、冷蔵庫からバドワイザーを出して飲み始めた。
一口で三分の一ほど空けると、炭酸の勢いに任せて大きなため息とげっぷを出した。
その音に高田は苦笑し、すぐに真顔になった。
彼はスマートフォンを数回操作するとソファに座り、正面に広がる風景を眺めた。
草。畑。川。緑。黄。茶。空。青。雲。白。
それがここから見える全てだった。
かつてはアーバンかつオーセンティックなデザイナーともてはやされた高田だったが、ある時を境に日陰の存在となっていた。昔暮らした北関東の田畑が広がる景色に恋い焦がれるようになり、その何もなさこそが自分のすべてだと思い込むようになった。
定年退職後はそうした風景に囲まれて暮らしたいと思うようになり、気ままな独身であった高田は茨城の片田舎でそれを実現したのであった。
どんどんどん、という音がして高田は目を覚ました。
いつの間にか眠っていた高田は、両手で顔を乱暴に擦った。
どうやら一階の玄関を誰かが叩いているようだった。
誰がこんなとこに来るのだろう、と高田は自問しながら階段を降りて玄関を開けると、30代半ばくらいのスーツを着た男性が立っていた。
初めて見る顔で、地元の人間では無さそうだった。
「すみません、突然」
「あ、いえ」
「私、テレビ局の人間でして」
男性はそう言いながら胸ポケットに入れていた名刺入れから名刺を取り出した。そこには地方テレビ局の名前と部署名、そして深作金二という文字が印字されていた。
「深作欣二監督と一字違いの、ふかさくきんじと申します」
「はあ」
「でですね。今、変わったお宅訪問という企画を進めておりまして、そこでぜひご紹介させていただきたく参りました」
「そうですか」
「突然のご訪問で大変恐縮ですが、ロケハンもかねて中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「え、今ですか」
「はい」
高田は急に訪れた客の風貌を改めて観察した。
短く切り揃えた黒髪、太目の眉、切れ長の瞼に伸びた鼻梁。
誰もが男前だと思う顔つきだ。それにスーツや革靴も新品同様で汚れ一つない。
テレビの裏方にしてはいささかきちんとしすぎているし、清潔すぎる気がした。
「それは構いませんが——」
「よろしいですか。ありがとうございます」
「あ、ただですね。私の家は別にありまして、ここはなんというか本邸ではないんです。それにキッチンもないので、いわゆる一般的な住宅とは異なるのですが」
「なおさらけっこうです。そういった住宅を紹介していく番組ですので」
高田は少し思案し、内心ほくそ笑んだ。
十年前から、「落ち目」と称されていた彼だったが、どうだと言わんばかりになっていた。
俺のデザインはまだまだ行けるのだ、俺は一生一流デザイナーだ、と。
「そうですか。では、せっかくですからどうぞ」
「はい。あ、失礼ですがカメラを回させていただいてもよろしいでしょうか」
「カメラですか」
「はい。本番も回しますが、ロケハンということで」
すっかり気を良くした高田は生返事をすると簡単に一階を案内し、ビデオカメラを操作する深作を二階へと連れて行った。
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