ピーチジュースの呪い

 ウィリアム(ビル)・スワンソンに微笑ましいニュースがあった。アリゾナ戦で打ったファウルボールが、一塁側内野席の最前列で観戦していた女性客が右手に持っていた、ピーチジュースの中に飛び込んだのだ。選手観客全員がこの「ホールインワン」に大笑いし、ビルはその女性に試合後に代わりのピーチジュースとアップルパイを奢った。

 「アップルズの試合を観るときはアップルジュースにしなよ、って伝えたくて打ったんだ」

 「驚いたわ。ジュースを飲んでたら、ビルが揚げたてのファウルフライfriをくれたんだもの」

  お互いにウィットに富んだコメントを残すと、全米中に心温まるニュースとして広まり、普段は見向きもされないアップルズが珍しく注目を浴びた。だがアップルズが直面したのはジュースとは反対の、苦々しい連敗街道だった。そもそもこの試合もジュースの逸話の影に隠れているが、3-1で敗戦しているのである。

 更に2つアリゾナで星を落とし、移動日を挟んでアップルズはゴルトシティに戻ったが、最大のライバルと目しているブルックリンに4連敗してしまい、あっという間に地区最下位になってしまった。勝敗もさることながら、ベラスケスは相手投手との掴み合いの乱闘の末退場処分になり、サイモンはゴロの処理の際に太ももに違和感を覚え緊急降板し、キャットフィールドに至っては隠し球でアウトになったりとトラブルも相次いだ。ニュースでは「ピーチジュースの呪い」と呼ん囃し立てた。


 「目の前の白球だけを意識しろ。順位や成績は二の次だ。野球はすべてあの白い球から始まるんだから」

 歴代キャプテンの中でも実績人格両面から尊敬を集め、「アップルズのハート」と呼ばれるビルの、ロッカールームでの決まり文句だった。しかし7連敗中のチームメイトのハートにあまり響いていないようだった。理由としてチームに呪いをかけてしまったビルのバットは絶好調であることが挙げられる。週間のチーム打率が1割台前半のなか、ビルの週間打率だけは4割を上回っていた。バットマンとしてより良い成績を残そうとするのは当然のことであるし、チームの空気を変えるには自分の一振りで、という気持ちも強かったが、どうしてもチームメイトから「あんたは打ってるからいいけどさ」「ビルがピーチジュースにファウルなんか打つから」という気持ちが滲み出ていた。

「呪いなんか無いよ!」

 声を大にしてナインを鼓舞したが、反応は全くもってなかった。


 停滞するムードの中、ロサンゼルスでの試合前にビルは思い切った行動に出ることにした。皆の前でピーチジュースを飲んで見せたのだ。過去にはアップルジュースのCMにも出演し(「アップルズのハート」と呼ばれるようになったのもそのCMがきっかけだった)、その後もアップルズのPRになると考え、プライベートでも徹底してアップルジュースを飲むようにしているのは有名だった。だからこの行動は驚きをもって迎えられた。

 「い、いいのかよ、ビル」

 ポーカーフェイスで知られるメディーナすら驚きを隠せなかった。

 「良いのさ。チームの雰囲気がこれで良くなればね」

 

 17年ぶりにビルの喉に桃の酸味が通過してからというもの、アップルズはそれまでと正反対のチームになった。ロサンゼルスに3連勝し、ビジターでカンザスシティとセントルイスにそれぞれ2連勝を挙げた。ゴルトシティの若草色の林檎たちは、連敗という厳しい冬を経てバットの樹に美しい果実を実らせた。偉大なるキャプテンを除いて。ビルの個人成績もあの日以来正反対になってしまったのだ。再びチームメイトと気持ちを分かち合えないうえ、呪いなど無いと言ってしまった手前、ピーチジュースを久々に口にしたせいにも出来ず、悶々とした気分のまま今日もバットが空を切った。

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