隠し球


  ゴルトシティの語源は明らかでは無いが、1番有力な説として”gold”が訛って”golt”になったとする説がある。1840年代のカリフォルニアのゴールドラッシュで多くの人々が南西部へ足を伸ばした。大陸横断鉄道が敷かれるほどの大事件のなかで、ブームメントに乗り遅れたことを後悔し、なんとか逆転をしようとして失敗する者がいつの時代もいるのである。北部でも金が採れる地域があるという胡散臭い噂に、多額の借金のある者や、法を犯して追っ手から逃げている者たちが群れを成して飛びついた。何人かはシルベスタ川の支流あたりで金を得たという言い伝えもあるが、大半の者が現在のセント・ダニエル山のふもとで、輝かない黄色の岩を得たのみにとどまった。

 「これじゃgoldのまがいもの、せいぜいgoltと呼ぶのが関の山だ」

  黄色いだけの「ゴルト」を持って、故郷に帰ったところ何も無い。何も無いくらいなら、何も無いこの場所に定住しようという運びになり、黄金の出来そこないに夢破れた者たちが未開の地を拓くことにした。

  この説を信じるゴルトシティ市民が多いのは、現在のゴルトシティの姿からも想像に難くないところにあった。僅かなインテリを除けば、ゴルトっ子は皆おしゃぶりがわりにタバコをくゆらせ、小学校で万引きとひったくりを授業で習い、15で親になり、25で酒に溺れ、35までに豚箱に入る者ばかりだからだ。



  ブルックリンのJ.C.トムソンは試合前に同僚からこの話を聞くと妙な共感を覚えた。彼もまたハーレムという悪場所で育ったからだった。そして自分が育ったのはゴルトシティなんてケチな街じゃ無いという、対抗意識のようなものも感じた。摩天楼のふもとで生き馬の目を抜くように暮らし、野球と人を騙すのを渡世の術として大人になり、今尚チームメイトから「曲者」と呼ばれている。いんちきやいかさま、ぺてんの類いで俺はゴルトシティなんかに負けないという気持ちになった。トムソンの胸の内に、ある企みが浮かんできた。

  アップルズの4番であるキャットフィールドがポテンヒットで一塁にやって来た。119キロの巨体をちょこちょこ動かす彼を標的にするのは、最初から決めていた。ミットに白球を掴んだまま投手に返すふりをする。塁審と少しだけリードを取るキャットフィールドの間に立ち、ミットに挟んだ球を塁審に分かるように背中からチラリと見せてから、何事も無かったように一塁キャンバスに戻った。

 「アウト!」

 球審のコールのあとに、右手で白球を天高く突き上げる。巨大ビジョンにリプレイ映像が流れると、ブーイングの大合唱が起こった。どんなもんだ。お前らとはおつむも手先の器用さも違うんだ。にやけてくるのを帽子のつばを握る仕草で隠した。被害者であるキャットフィールドに至っては、なにがあったのかすら分からないままベンチに引き上げていた。


  上機嫌でホテルの側のバーで飲んでいると、美しいブロンドが「あなた、今日隠し球をした人よね」と声を掛けてきた。

 「テレビで見たわよ。悪い人なのね」

 知性を米粒ひとつさえ感じない話し方だった。またテレビに出たり、少し悪いことをする男が好まれるというのは、ゴルトシティの男性の水準を暗に示していた。

 「君の隠して居る部分も見たいな」

 そして 歯が浮くような口説き文句の男であっても、酒さえ奢られれば裸をみせてしまうのが、ゴルトシティという土地の柄だった。だがこのいんちきな街での1日は、最後までトムソンの思うがままにはいかなかった。


 ホテルに着いたトムソンはブロンドの裸を見るなり絶句した。スカートの下に「隠し球」を持って居たのだ。

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