アップルズ偽史

 なんじゃお前は。人の顔ばかりじろじろ見おって。わしの話が聞きたいのか。ゴルトシティで一番信用の出来る老人と言われる、このわしの。見たところあんたはアップルズのファンだろうな。すぐにわかるぞ、冴えない格好だからな。まあいい。せっかくワシのもとに来たんだ、アップルズの往年の名選手の話でもするかな。


 一番昔の名選手といえば、アダムとイブじゃな。その当時は意外にも女性の選手がいたんじゃよ。良い二遊間のコンビじゃった。ところがイブの方がスネークスの選手に、リンゴを食べながらプレーをするとリラックスできるという「知恵」をそそのかされて、2人はエデン・リーグから永久追放処分になった。当時は試合中にリンゴを食うことはリーグの規定違反だったのじゃ。二人はそれを知らず大恥をかいたんじゃ。今でもガムやヒマワリの種を喰う選手は居っても、リンゴを喰う選手がいないのはその名残じゃ。しかし二人の功績は大きい。イチジクの葉っぱという、ユニフォームを始めて導入したのが二人じゃからの。


 ウィリアム・テル。ヤツもとてつもないコントロールを持った投手じゃった。息子に捕手をやらせ、数多のストライクを稼いだもんじゃ。あるときゲスラーという審判が、試合前にあいさつをきちんとしなかったとか言って難癖をつけて、息子を出場停止にさせようとしたことがあった。ウィリアムの人気が気に食わなかったようじゃな。頭にきたウィリアムは球を2つ持ってマウンドに上がったのじゃ。「この打者を三振に出来なければ、お前にぶつけるつもりだった」と言ってな。以来ウィリアムは伝説になったんじゃ。近頃話が弓矢にすり替わっているのは、野球を知らない欧州の人々が伝道し易いよう改変したんじゃな。


 アイザック・ニュートンも素晴らしい投手じゃった。初めて万有引力という変化球を投げたのは彼じゃ。今やマウンドに立っている全ての投手は万有引力を模倣した球を投げておる。これは間違いない。あらゆる球は投げた地点から下に向うじゃろ。ナックルやパームのような落ちるボールばかりではないわい。カーブもシュートも、変化球のみならずフォーシームだってそうじゃ。時としておかしなフォームで投げては、万有引力の影響下にない投球を試みる者も現れたが、例外なく失敗しておる。

 

 3人に共通しているのは、野球ファンさえも野球選手だったことを忘れるほどの偉人になったという点じゃな。だが忘れてはいかんぞ。こいつらはわしらのアップルズで育ったんじゃ。古巣への恩を忘れるような選手はロクなもんじゃないわい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る