ストーブリーグ


 「やっぱりよう、キャッチャーはビルしかいねえのさ。なんてったってミスター・アップルズだもんな」

 「ミネソタのパウエルなんか獲らなくて正解だったわね」

 「サンフランシスコのダニエル・コートなんてドーピングで来季出場停止さ。同じキャッチャーなのに、こうもビルと違うんだな」

 「この前あなた、彼について上手いこと言ってたわね」

 「おうとも。ミスター・アップルズにはハートがあるのさ」

  ハンナは夫を立てるべきところを立てる、古風な部分をもつ女性であった。なのでハンナ自身はあまり野球に詳しく無かったが、夫であるルイスの野球話にはきちんとした相槌を打った。

 「ただショートは若いのが欲しいよ。メディーナだってもう30歳だ。そろそろセカンドか外野をやらせるべきだよ」

 「ショートはマイナーに良いのがいるって聞いたわ」

 「フリーマンな。ヤツはおそらくトレードでブルックリンかロサンゼルスに行っちまうって噂さ。金を使わない球団の足元見てるのさ」

 「アップルズってそんなにお金ないの?」

 「ハニー、良い質問だな。使い方が下手なのさ。スタジアムや設備にばっかりカネをかけて、補強はちょっと。バランス感覚が無いのさ」

  恋女房をハニーと呼ぶ古風を通り越した夫へなぜなのか分からないことがある。どうしてルイスはこのタイミングで野球の話題しかしないのだろう。ベッドの上で互いに裸になって愛し合ってるというのに。

  「外野はクロヤマが入って締まるようになったな。ヤツは日本から来たサムライってところだな」

 「あの人はハンサムよ。背筋もピンとしてるわ。ちょっと緑は似合わないけど、日本でも女の子から大人気だったみたいね」

 「ハニーは本当にクロヤマが好きだな」

 「本当にハンサムよ」

 「確かにそうだけどさ」

 嫉妬するくらいなら、野球の話なんかしないでよ。確かに私もちょっと意地悪な言い方をしたけれど。互いの舌が唇に滑り込むと一瞬だけ野球話が中断し、静寂が寝室を支配した。

 「ピッチャーはリリーフが問題だな。サイモンはいるけど後はダメだ」

 「確かにそうね」

 「それこそマイナーから昇格させたデニス・ウォーカーや、ケビン・ミフネあたりを短いイニングで投げさせれば良いんだよ」

 「若手にチャンスをあげるのね」

 「他所から獲っても良いかもな。テキサスのオルセンとかシアトルのマイルズを獲得してリリーフにするのも面白いだろうし」

 デニス・ウォーカーの名前が出たあたりから手で男性器を弄り、血管がはっきりと浮き上がるまで指を激しく動かしているのにも関わらず、ルイスは野球の話を止めない。彼はアップルズの投手陣の話をしたまま自分の中に入り込むつもりなのだろうか。夫とはいえさすがに図々しい。耳元を防御率や被本塁打の数字が行き交うピロートークなんてどう考えてもおかしい。

  「いい加減にしてよ!」

 ここまで大きな声で怒ったのは所帯を持ってから初めてだった。一糸まとわぬ姿で夫の前に仁王立ちし、更に怒鳴り付けるなんてハンナの考える正しい妻の在り方では無かったが、流石に頭にきた。納得のいく返事が貰えないなら、夫を裸のまま寝室から追い出すつもりだ。

 「すまねぇ。まさかオイラとよぉ、子作りなんてしてくれると夢にも思わなかったから、照れちまって。……せっかくハニーとゴムをへだてず出来るのに、すぐに終わっちまったらよぉ、虚しいから、……野球の話で誤魔化してたのさ…」

 ルイスは決まり悪そうに下を向いている。暗闇の中でもわかるほどに真っ赤な顔をして、妻の裸体から視線をそらしているのがわかる。かつて互いの処女と童貞を差し出した時と全く同じで表情であった。以来男ばかりが変わらず、女ばかりが成熟していく。

 「許してくれ。もう言わないから」

 「次に野球の話したら、引っぱたくからね」

 ハンナは再びルイスの胸の内に戻った。夫のアップルズと自分に対する極端な純情さに免ずることにした。

 「もうしねえよ。……子供の話をしよう、ハニー。男の子と女の子、どっちが良いか?」

 「貴方はどっちが良いの?」

 「男の子なら…」

 何を言いたいか見当がついたので、すぐさま「私は女の子が良い」と夫の発言を遮った。

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