第4話 少しやる気がなくなってきた

パソコンに向かった僕は、何かを確かめるようにあのゲームを起動させた。



―あなたの世界を作ってください


―あなたが望む世界を見せてください



ゲームを立ち上げたときに浮かび上がるあの文字。

自分の鼓動が聞こえてくる。

今から僕は何か恐ろしいものを見てしまうのではないか。

踏み込んではいけないところまで行ってしまうのではないか。

見慣れ始めているゲーム画面が今日はなんだか怖く感じる。

今度はどんな問いかけをしてくるのだろうか。

僕はどう答えればいいのか。

今までは直感とひらめきで答えていたくだらない回答も、

今ではとてつもなく恐ろしい事態を引き起こしてしまうのではないかと

不安に駆られる。



「なに、びびってんだ。偶然だよ、偶然。」



自分に言い聞かせるように笑みを含んでみる。

ちっとも効かない。

突然現れた問いに僕はまぬけにも飛び跳ねてしまった。




―今、あなたが会いたい人は誰ですか?




「僕の・・・会いたい人。」


僕はしばらく考えた。

もし本当にここに書いたことが現実に起こるのなら

僕がこれから入力しようとしている人が

僕の目の前に現れるってことだ。

これといって好きな有名人がいるわけではない。

彼女がいるわけでもない。

会いたくても会えないような人がいるわけじゃない。

簡単な問いかけにすら答えられない僕はこの質問を投げかけられてから

時間は優に20分を越えていた。

もし、本当に目の前に会いたいと願った人が現れたら・・・

僕はどうするだろう。


一瞬、僕は恐ろしいことを考えた。



「僕の会いたい人。それは・・・僕の分身」



だが、その回答はEnterキーを押される前に消された。

もし、本当に自分の前に分身が現れたら。

僕はパニックになるに決まっている。

そこまで、怖いものを見る勇気はない。

悩みに悩んだ僕はまたもやひらめきで回答を入力した。



「佐々木ユリ」



よりによって身近な人を入力してしまった。

けれど、僕はある決意を固めていた。

それは、

用がなければ来ることもないだろうし、

どうやって現れるのか気になった。

バーベキューに現れた僕の分身のように

自然に現れるのか、空間に歪みが発生してその割れ目から

突然現れるのか。

入力を確定してすぐに僕は別の質問を投げかけられた。



―その人とはどういう関係ですか?



今度はどんな関係かと聞かれた。

言ってしまえばただの同級生だ。

それ以上でも以下でもない。

恋愛感情なんてものもちっともない。

そういう風にユリを見たこともない。

それは僕が恋愛とは無縁な生き方をしていたのが原因なんだろうが。

少し考えて僕はゲームに嘘をつくことにした。



「恋人」



そう入力すると住宅区画の画面でハートのマークが新しく表示された。

そこにカーソルを合わせてみると「佐々木ユリ」と表示される。

どうやらこのゲームの中で、僕とユリは恋人同士になったようだ。

僕は慣れないという響きに痒くなりながらも少しニヤけていた。

ゲーム画面をしばらく見つめていると、ハートのマークが動き始めた。

道路を進み、少しずつ僕の家に向かってくる。



「おい・・そんなわけ・・」



ハートマークは僕の家の前で止まり、そして。




ピーンポーン


ピーンポーン




僕の家のインターホンが鳴った。

そして、それから待たないうちに母親の声が

僕の部屋にまで届いた。



「達希ー!ユリちゃん来たわよー!」



僕は動けなかった。

今ここで起きている状況を理解するのに時間がかかっている。

けれど、確かに今僕の目の前でパソコンの中と同じことが現実に起きた。

連動しているのか?

それともこれも偶然なのか?

僕の頭の中はさらにぐちゃぐちゃにかき回された。

一歩一歩ゆっくりと階段を上がってくる音が聞こえる。



・・・来る。

ユリが上がってくる。



回されたドアノブをただ見つめることしかできなかった。

開かれたドアの先にいたのは、間違いない。

ユリだった。

自分は平然を装おうと必死だった。


「どうした?」


とっさに出た言葉だった。


「どうしたじゃないでしょ?」

「え?」

「たっちゃんが呼んでおいてなんですかーその言い方!」

「僕が?」

「ほらっ!」


そういうと、ユリは自分の携帯をこちらに見せてくる。

そこには、僕からユリに送られたメッセージが表示されている。



『ユリ、会いたい。今から来て。』



「こんなこと言う柄じゃないって思ってたから、急にきてときめいちゃった!」


そう言って、ユリは僕の膝の上に座ってくる。

もちろん僕はそんなメッセージを送ってなどいない。

僕は目をパチクリさせるしかできなかった。

そんな僕を見て、ユリは面白そうに言った。



が来たのがそんなにうれしかったんですか?」



愛する彼女。

確かにユリはそういった。

僕とユリは現実のこの世界で恋人ではないはずだ。

それなのに、ユリは自分のことを彼女だという。

この時、僕の中で確信に変わった。



「やっぱり、そうだ・・・」

「ん?なにが?おーい」



聞いてくるユリをそっちのけで

僕は自分の世界に入っていた。

間違いない、やっぱりこのゲームが現実になってるんだ。

しかも、今の今まで友達だったユリが彼女になっている。

僕が入力したとおりに、現実が変わっているんだ。

僕は一つ気になってもう一度ゲームに目をやった。

いつも、ゲーム側から質問を投げかけられて、僕がそれに答えていた。

質問されなくても入力するのかを確かめたかった。

・・・どうやらそれは無理みたいだ。

どこにも入力できそうな欄は見当たらない。

つまり、僕が現実を変えたい場合、その都度質問を投げかけられた時にしかタイミングがないということだ。

今、僕が「ユリは友達」と現実を変えたくてもそれはできないということ。

僕はしばらくユリとのをしなければいけないみたいだ。



ユリはしばらく僕の部屋にいて、いわゆる恋人らしいことをして

満足げに帰っていった。

僕はユリが帰ってからもずっとゲームを立ち上げ続けた。

いつ次の質問が来るのだろうか。

次の質問は何だろうか。

状況が飲み込めた今、僕は楽しみ始めている。

次はどんな回答をしようか、どんな世界にしようか。

まるで自分が創造神にでもなったかのようだ。


僕の答え次第で世界が変わっていく。

素敵なようでとても恐ろしいことだ。

自分でもわかっているはずなのに、それでも僕は楽しみ始めている。

自然とニヤけている自分に気が付いた時、ついに質問が投げかけられた。



―今、あなたの世界から排除したいものはなんですか?



なんて重い質問だろうか。

答え次第ではとんでもないことを引き起こしてしまうのではないか。

僕の世界から排除したいもの。

犯罪?傲慢な国のリーダー?嫌いなやつ?

そんなとき、BGM代わりにつけていたテレビのニュースから

とある内戦の止まない国の話題が聞こえてきた。



「これだ。」



僕は、その国の名前を躊躇なく入力した。

争いが止まないなら消してしまえばいい。

なんて簡単な考えだろう。

どんなふうに国がなくなるんだろうか。

僕は楽しみで仕方がなかった。

その日ずっとテレビを見続けたが一向にその国のことは触れられない。

もしや、もう消えてる?

僕はネットでその国の名前を入れてみた。

いや、まだある。

ちゃんと存在している。



「なーんだ、まだあるじゃん。消えるのいつだよ。」



一つの国が消えるのを今か今かと心待ちにしている僕は

まるで魔王だ。

自分でもわかっているのに、やめられない。

ドキドキが心地いい。


いつの間にか僕は眠ってしまっていたらしい。

目が覚めた時には窓から陽の光が入り込んでいた。

つけっぱなしのテレビから流れてきた速報。

僕が排除してほしいと望んだあの国が、

この世界の中心でもあるあの国に、

飲み込まれたらしい。

そう、僕の望み通り、あの国の名前はこの世から消えたのだ。

だが、僕は納得しなかった。

僕が望んだのは国がまるごと無くなること。

こんな生ぬるいやり方じゃなかった。


僕の中にはもう悪魔しかいなかった。

もっと消したい。もっと望み通りの世界にしたい。

誰も僕が変えているなんて知らない。

変えられていることにすら気づいてないのだから。

僕はこのゲームの本当の恐ろしさを知ってから

このゲームの楽しさを理解してしまった。


誰も僕を止められない。

誰も知らない。




『誰か、僕を止めて。このままじゃ・・・』


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世界は僕の思うまま 鮭原とら @nyanyaeru

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