第3章 かなりやる気が出てきた
翌日から、新しい店舗で仕事をすることになった僕は
前の店舗に置いてあった自分の荷物を少しずつ移動させながら
しばらく店舗を行き来していた。
急に人手が足りなくなった理由をどうしても知りたくなった僕は、
異動先の店長に聞いてみることにした。
「急に人やめちゃったんですか?」
「女の子が結婚と引っ越しで2人もやめちゃってね・・・ベテランの男性社員も体壊して働けなくなっちゃったって急に連絡が来て、もうプチパニックよ・・・。」
店長は、ロングヘアーをおだんごにまとめている30代前半ほどの若い女性。
いろんな店舗に助けを求めて、僕がその救世主としてきたんだとお茶をすすりながら話す。
あっちの店長からは、僕が「仕事にやる気をもっているヤツ」だと説明されているようで、期待されてしまっている。
新しい職場の人たちとも慣れてきた頃、いつもの近所のコンビニで見知った顔と遭遇した。
「あ、たっちゃん。」
「ああ、ユリか。」
「なに、その残念そうな顔。」
「別に。」
「今日はお帰りが早いんですね。」
そういって話しかけてきたのは、
中学からの同級生の佐々木ユリ。
僕らは大した仲じゃなかったが、親同士が同じ職場だったことで
家族ぐるみの付き合いをしていた。
もっとも、高校に進学してからは特に会うこともなくなったが、
家が近所なのでこうしてたまにバッタリ会うこともある。
「また、いつものお茶にいつものマンガ。変わってないね~」
「そりゃ、どうも。」
「仕事忙しいの?」
「別に、変わらずってとこかな。」
「じゃあ、今度のバーベキュー来れそう?」
「え、なにそれ。」
「え、おばさんから聞いてないの?」
「なんも。」
「菅井家と佐々木家恒例バーベキューパーティだよ。」
「またやるの?」
「もちろん。来週やるんだけど、まったく話聞いてないの?」
「全然。なんも聞いてない。」
「うまく話が伝わってなかったのかなぁ・・・改めて概要送っとくよ。」
「あぁ、わかった。」
恒例のバーベキューパーティ・・・恒例っていうほど毎回やった記憶がないんだけど。
自分の記憶を掘り起こしながら、ユリと別れ僕は家へと向かった。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
「バーベキューやるんだって?」
「あっ!!!」
いかにも忘れてたと言わんばかりに目を丸くして
言葉をつづけた。
「そう、そうなのよ。えっと、来週?再来週?だったかしら・・・まぁそこらへんでバーベキューやることが決まったのよ。達希、今年こそは参加できるわよね?」
今年こそは、という言葉に妙にとげがある。
そういえば、僕はここ2年ぐらい参加していなかったことを思い出した。
なにか用事があったわけではなく、単純に面倒だったからだ。
さすがに面倒だから行かないというわけにもいかないので、
休日出勤だの具合が悪いだのと何かと理由をつけて行かなかった。
「考えとく。」
僕はそう一言いうと、階段を上り自分の部屋へと入った。
いつも通りの作業をとるか、いつもとは違う用事をとるか
大したことじゃないのに僕は真面目に悩んでいた。
来ていた服をそこらへんに脱ぎ捨て、パソコンを立ち上げて
あのゲームを起動する。
―今ほしいものはなんですか?
画面に出てきたキャラクターの上に吹き出しが出た。
「僕のほしいもの・・・んー。」
僕はしばらく考えていた。
何がほしいんだろ。
ゲーム?...いやほしいゲームは一通り買った。
休み?...休みはほしいけど、今すぐほしいものではないし・・・。
そんな風に考えていると、携帯が鳴った。
ユリからだ。
『来週の土曜日ね。西公園のバーベキュー広場!9時からだからご家族みんなで来てよね~』
バーベキューに行く気がまるでない。
いつしか、行かない言い訳を考えていた。
「あ。そうだ。」
ひらめいた僕はゲーム画面に入力した。
―僕の分身がほしい。
自分で入力しておいて、ふざけた答えに笑ってしまった。
入力したからと言って、何か反応があるわけでもなく
ゲームは進んでいく。
とても単純なゲームだが、僕の入力次第でストーリーの展開が違う。
ストーリー・・?なのか、これは。
―家の近所にテレビで話題のカフェがオープンしたようです。
おしゃれなカフェだけど、その話題から周りはすごい行列。
行列に並んでいるお客さんが、騒いだり、ゴミをポイ捨てしたりと
近隣の人に迷惑をかけているみたいです。
どうしたらいいと思いますか?
そう投げかけられたゲーム画面の僕の家の近くに
真新しいお店のマークが浮かんでいる。
僕はしばらく考えて、一つの答えを出した。
―そんな店はこの街にいらない。
回答になっていないと、自分でも思った。
僕は、自分で自分の答えがおかしくなって鼻で笑った。
入力すると、画面からそのお店のマークは消え
何もなかったように今までと変わらない景色に戻った。
僕はその辺でゲームを閉じて、いつもの作業を始めた。
出勤時間が遅い分、夜更かしする時間も伸びた。
朝起きて家を出る時間までパソコンでネットサーフィンをする。
出勤をして歩いて勤務先まで行く。
いつもどおり、タイムカードを切って同じ仕事をこなす。
定時に上がって、帰り道の途中のコンビニで買い物をして家に帰る。
そしていつもの作業を始める。
僕の生活サイクル自体が作業になっている気もするが、まぁいい。
そんなかわり映えのない日常が3日ほど経った頃の仕事からの帰り道。
僕はいつもと違う道で家へと向かっていた。
いつものコンビニに僕が求めていたものが売っていなかったからだ。
別の場所にあるコンビニに向かい、そこでお目当てのものを買い
やっと家へと向かったその途中のことだった。
「いい加減にしなさいよ!何度言えばわかんのよ!これどうにかしてよ!」
怒鳴り声が耳に入ってきた。
「すみません・・お客様には注意をしているのですが・・・」
「そんなんじゃ甘いわよ!見なさいよ!この道路のゴミ!毎朝、私たちが掃除してんのよ?!」
「本当に申し訳ありません・・」
最近できたらしいお店の前で、おばさんと店員らしき人が話している。
話しているというよりは一方的に怒られているようだ。
どうやら、ご近所トラブルの一種みたいだ。
僕がその店に近づいたころには、そのおばさんは足早にグチグチ言いながら去っていった。
「昼間もうっさいし、ゴミもひどいし!ちゃんとできないなら店なんか出すんじゃないわよ!まったくもう!」
いかにも若者向けなおしゃれな店だからだろうか、
そのおばさんの場違い感が半端ない。
肩を落とした店員らしき女性は店の中に戻っていった。
僕はその店を通り過ぎ、家のあるほうへ歩いていく。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。土曜日行けるわよね?」
「んー、まだわからん。」
「全然参加できてないんだから、今回こそちゃんと来なさいよ。」
「考えとく。」
そんなやりとりをして、僕は部屋へと入り作業に入る。
「バーベキューめんどくさいなー。仕事になったっていってばっくれようかな。」
ほぼほぼ、僕の気持ちは固まっていた。
携帯を握って、ユリに返事を送ろうとしたがなかなかいい文面が思いつかない。
そうしているうちに僕は眠ってしまった。
翌日、通りを通るサイレンの音で目を覚まして仕事に行く準備をする。
すっかりユリに返事することを忘れている僕はそのまま仕事へ向かった。
火事だろうか。焦げ臭い臭いがあたりに漂っている。
僕の中のヤジウマ根性が騒ぐ。
いつもの道とは反対のほうから向かうことにした。
僕と同じようなヤジウマたちの先には、赤い消防車が数台。
黒煙をあげている建物を見つめている。
「あれは・・・」
昨日、帰り道に通りかかったあのおしゃれなお店だ。
そこまで外観の印象は覚えていなかったが、オープンを祝う大量の花が火で焦げ落ちたりあたりに散らかっている。
「オープンしたてなのに災難だなぁ・・・かわいそうに。」
僕は、黒煙から白い煙へと変わったその店を横目に、会社へと向かった。
今日は金曜日。
仕事の終わり際に、職場の人に週末の予定を聞かれ僕はハッとした。
「・・・ユリに返事するの忘れてた・・・」
昨日、眠ってしまい返事ができていないことにようやく気付いたのだ。
帰り道、家に向かいながら僕はユリに返事を返すことにした。
「ごめん、ユリ。やっぱ土曜日、僕は参加できそうにないや。
休日出勤になっちゃって。ほんとごめん。」
それ以上のことは言わないのが一番だと思い
シンプルに返すことにした。
ユリからの返事はとても早かった。
『今年もダメか・・・オッケー、もし顔出せそうなら出してね~』
僕はうまく回避できたことの安心感と、
我ながら自然な断り方に惚れ惚れしていた。
家につき、母親にバーベキューに参加できないことを伝えると、
「やっぱりねー、だと思ったわよ。」
と、端から期待していなかったようだった。
それと同時に、僕は明日の過ごし方を考えていた。
さすがに仕事と伝えた以上、家にいるわけにはいかない。
かといって出かける用事も、目的もないのだ。
僕はしばらく考えて、いつも通りに出勤し、親が出かけたころを見計らって帰ってくる作戦にすることにした。
休みなのにいつも通り起きるのはなんだか癪だが、
嘘をつきとおすためなら仕方がない。
バーベキューの時間までの辛抱だ。
そう思いながら、行きもしない会社の支度を軽くして
僕はいつもの作業をこなした。
あのゲームは、今日はなんだかやる気にならなかった。
そのままパソコンを落として、僕はベッドに横になることにした。
案外、深く眠れた。
アラームで目を覚ました僕は、何食わぬ顔で仕事に行く準備をして家を出る。
どこで時間をつぶそうか。
僕は昨日火事になっていたあの店の前を通ってみることにした。
工事の車両だろうか、真っ黒になって焼け落ちた建物の前にトラックが止まっている。
修繕をするようには見えない、おそらく立て壊すのだろう。
オープンから日もたたず、近隣住民に怒鳴られ、挙句の果てに火事で店がなくなるとは・・・運が悪いというかなんというか。
僕は店の前を通り過ぎ、駅近くのマックで時間をつぶすことにした。
ジュースとポテトだけを頼み、一番奥の端っこのテーブルで
携帯ゲームで時間をつぶす。
大体1時間半ぐらいだろうか。
確認のために、一度家電にかけてみる。
誰も出ない。
僕は家に誰もいないことを確認して家に帰った。
誰もいない家は快適だ。
誰ともしゃべらなくてもいい。
自分の時間を素直に楽しめる。
今頃家族は、ユリの家族とバーベキューを楽しんでいるのだろう。
僕がいないことをとやかく言うのはきっと最初だけ。
家族が帰ってきたら仕事が早く終わったから帰ってきたと言えばいい。
なんてたって、僕は出勤したのだから。
僕はいつも通りのことをした。
しいて言えば、いつもと違うのはぐっすり昼寝することができたことか。
昼寝から目が覚めたとき、時間はすでに夕方ごろだった。
携帯を見ると、ユリからメッセージが来ていた。
『たっちゃん、来てくれてありがとね。仕事あるのに、顔出してくれて本当にありがとう!うちの家族も、久しぶりにたっちゃんに会えてよかったって喜んでたよ。かなりお酒飲んでたけど大丈夫だった??あんなたっちゃん初めて見たよ。笑
また、ご飯食べに行ったりしようね~!』
「なんだこれ・・・」
僕の頭は状況が飲み込めずにいる。
―僕がバーベキューに?
いや、僕は行ってない。
だって今の今までぐっすり夢の中だったんだから。
追いつかない思考回路。
でも、確かにメッセージには
僕がバーベキューに顔を出したと書いてある。
ユリが嘘を?いや、そんな嘘をついてどうするんだ。
でも、僕はバーベキューになんか行っていない。
そんな風にパニックになっていた時、
玄関の扉が開く音が聞こえた。
親が帰ってきたようだ。
僕は、階段を下りリビングへ向かう。
まだ寝ぼけてるんだと思い顔を洗うためだ。
僕の姿を見てすぐに母親が反応した。
「んもう、飲みすぎよ。あんなにベロベロになっちゃって。
そりゃあ、気持ち悪くなるわけよ。どう?気分は良くなった?」
「は?」
僕がそう返すと、母親は笑いながら
「これは二日酔いコースね~」
と荷物をテーブルに置いた。
それに続いて父親もハッハッハと笑いながらリビングのソファーに腰を下ろす。
「何言ってんの?」
「何って、こっちのセリフですよ。仕事のあとに顔出したと思ったらすごい勢いでお酒飲むんだもの。ユリちゃん家もみんな心配してたわよ?
ベロンベロンになったと思ったら、先帰るって。」
「僕が?」
「そうよ、なに?もう数時間前の記憶もないわけ?そんなにお酒弱かったの?」
父親と顔を見合わせながら笑う母親。
僕はその状況も理解できず、笑い声を背に上へと向かった。
「僕がバーベキューに?いや行っていない。
僕が酔いつぶれて先に帰った?そんなはずない。
なんでだ、みんなして僕をからかってるのか?
僕はずっと家にいた。昼寝してたんだ。
なんでだ?どういうことだ・・・。」
考えれば考えるほどわからなくなる。
僕は夢を見ているのだろうか。
頬をたたいてみても変わらない。
髪をくしゃくしゃにしても変わらない。
―僕がここにいるときに、僕はバーベキューをしていた。
簡単な一文がとても難しく思える。
でも、それを簡単に理解することができる答えが一つだけあった。
「もう一人、僕がいる。」
けれど、その答えはありえなさすぎて一瞬にして消し去った。
そんなはずはない。
きっと悪い冗談だ。
みんなからかってるんだ。
けれど、そんなことして何になるんだ。
考えれば考えるほど思考回路がショートしそうになる。
その時に、僕はふと思った。
「あのゲームが関係あるのか・・?」
興味本位で始めたあのゲームをやって以来、
僕の周りではいろんなことが起こり始めている。
それも、あのゲームに問いかけられたことが
現実になっているんだ。
通勤時間を短くしたいと願った僕の通勤場所は急な異動で最寄りの片道15分の距離に変わり、分身がほしいと答えた僕は行ってもいないバーベキューに参加していて、テレビで話題の店が近隣に迷惑をかけていることに対してどうしたらよいのかと聞かれた僕の答えは「―そんな店はこの街にいらない。」
実際、僕の家の近所に新しくオープンした店が近隣トラブルで怒鳴られているのを目撃、その翌日黒焦げになって店ごと無くなってしまった。
これがすべてあのゲームに問いかけられ、自分の答えを入力したあとに起こっていることをこの時の僕にはとても偶然には思えなかった。
「うそだろ・・僕が望んだから・・・異動に?バーベキューに?店もつぶしたのか?」
確かな証拠はない。
自分がおかしいだけかもしれない。
けれど、一つの可能性が出てきた今。
僕はその可能性を信じるほかなかった。
ベッドに力なく座っていた僕はパソコンを見つめる。
そして、パソコンの電源を入れ、椅子に座り直し
静かに、ゆっくりと、見慣れたデスクトップにあるあのゲームのアイコンをダブルクリックした。
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