第2章 ちょっとやる気が出てきた


応募をしてから5日が経ったころ、1通のメールが僕に届いた。


「ご応募ありがとうございました。」

そう書き出されているメールを読み進めていくと

ゲームのダウンロードページのアドレスがあった。

このアドレスからゲームをダウンロードすればいいらしい。


今日は、会社も休み。

僕はいつもの“作業”を止め、そのゲームをダウンロードしてみることにした。

今思えば、ここでなぜそのメールを怪しまなかったのか不思議でならない。

運営会社も知らない名前だし、ゲームの内容についても一切触れられていなかった。

ただ、「ゲームを普通にプレイしてください。」とだけ。


指示通りにアドレスからダウンロードを開始し、

デスクトップに追加されたアイコンを眺めた。

地球のような青い球体にたくさんのビルが立ち並び、

そのうえを飛行機やミサイルのようなものが飛び交っているようなアイコンだ。

僕はそのアイコンを見て、RPGなのかはたまたシミュレーションなのかを想像した。


結局、自分なりの答えが見つからないまま

アイコンをダブルクリックした。


フルスクリーンで起動したようだ。

真っ黒な画面が広がり、しばらくすると言葉が浮かび上がった。



―あなたの世界を作ってください



「僕の世界?」



―あなたが望む世界を見せてください



「なんだこれ。」



僕は頭で「シミュレーションゲームか。」と答えを出した。

アイコンと同じ絵が画面に出てきた。

それと同時にゲームスタートの文字が浮かび上がる。

ほかには選択できる部分はなさそうだ。

僕はゲームスタートを右手の人差し指でクリックした。



地球のような青い球体からどんどんズームし

僕が住んでいる日本に近づき、どんどんピンポイントに映し出されていく。

映し出されていくにつれてその景色は見慣れたものになっていった。


「僕が住んでるところ・・・?」


最終的に示したのは、いくつかの住宅区画を真上から映したようなゲーム画面に

キャラクターのアイコンが家の上に表示されている。

おそらく、このキャラクターが僕が操作するキャラクターなのであろう。

それにしても、僕は驚いた。

表示されている住宅のエリアは、今僕が住んでいる実家の周辺の地図と

ほぼ同じなのだ。

青い球体の引きの映像からズームアップされ、僕の住んでいる国に近づき、

住んでいる都道府県に近づき、住んでいる都市に近づき、住んでいる場所を正確に示している。


「GPS機能とか・・・か?すげーな、コレ。」


位置情報を使ったゲームは特に不思議ではなかった。

だが、ここまで正確なのには驚いた。


そして、チュートリアルのようなものが始まった。

言われたとおりにクリックしたり、ドラッグしたりしてみる。

すると突然質問を投げかけられた。


―今、あなたが望むことはなんですか?


「望むこと?」


僕は一瞬悩んだが、ひらめきで入力した。


「通勤時間を短くしたい」


とはいえ、通勤に何時間もかけているわけではない。

バスに乗って40分ほどといったところか。

そこまで苦痛でもないのになぜこの答えを選んだのだろう。

入力した後、特にその答えに触れることはなく

チュートリアルが進められていく。

一通りやってみた結果、どうやらこのゲームは

突然投げかけられてくる質問に答えたり、

ゲーム内で起こる問題を自分の答えを入力して解決するゲームのようだ。

とても自由度の高いゲームだと僕は思った。

ただ、それ以上にすることもなかったのでひとまず僕はそこでそのゲームを止め

いつものに戻ることにした。


今日は、水曜日。

不動産屋は話が水に流れるのを嫌うことから水曜日を定休日とするのは有名な話だ。

ほかの人が働いているド平日に家の中でゴロゴロなんて贅沢の極みだと思いながら、僕は一通りのをこなし昼寝の態勢に入った。


僕がうつらうつらしたころ、マナーモードにしたままの携帯がどこかで鳴った。

それを手探りで探し、画面を見たときに珍しい人からの着信に僕の目は覚めた。


「お疲れ様です。菅井です。」

「おう、お疲れ。すまんな、休みに。今大丈夫か?」


電話の相手は店長だった。


「はい、大丈夫です。どうかしましたか?」

「いやぁさ、ほんっと急で申し訳ないんだけどさ、他店舗で人手が足りなくなったって連絡入ってな。確か、その店舗お前の最寄りの近くだった気がするからちょうどいいかと思ったんだが、明日からそっちに行って力貸してやってくんねぇかな。」


僕は話を理解するのに時間がかかった。

人事の季節でもないのに、突然すぎる異動命令。

命令というほどのものではなさそうだが・・・

僕は一瞬考えたが、最寄りならと思い、

「わかりました。大丈夫です。」と答えた。


僕が明日から行くことになった店舗は

僕の最寄り駅にある店舗だ。

入社当時からそこに入りたかったが、人手は足りてるとのことで配属されず、

少し遠い今の店舗に決まったのだ。

それが急な人手不足で異動とは、いったいなにがあったのか、そっちが気になって仕方がなかった。


電話を切った僕は、明日いつもよりも早く出て

今までの店舗に行き、自分の荷物を引き上げに行こうと決めて

ふたたび昼寝をすることにした。



「急な異動かー。んまっ、近いから家出るのもゆっくりだし、いっか。」




「ん、待てよ。まさかな。」


僕はふと、さっきまでやっていたゲームのことを思い出していた。


―今、あなたが望むことはなんですか?


通勤時間を短くしたいという僕の望みが

入力してから少し経った今、急に叶えられたのだ。


「たまたまだろうけど、すごい偶然だな。」


天井を見上げたまま少し考えたが、

偶然以外の答えは見つからなかったので

そのまま目を閉じることにした。

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