第11話 動き出す男装の魔女たち

秋葉原アリスは16才の高校生。彼女は運命の女神ディスティニーちゃんと出会い、命を助けてもらう代わりに運命の騎士ディスティニーナイトとなることになった。アリスは今日も不幸な運命と戦うのであった。


第6話。


アリスは兄アーサーが引きこもりのダメ人間を卒業してくれたのが嬉しかった。爽やかな朝の目覚めと思いきや、アリスは、まだ周囲が真っ暗だが午前4時に起き、寝ている家族を起こさないように、静かにバイト先に向けて出発する。



ここはアンハッピネス城。悪魔の舞踏会が開かれていた。


「アンハッピネス様、この憤怒のサタンと踊っていただけますか?」

「喜んで。」


男装の魔女たちは燕尾服を着て男の髪型をし、女性の悪魔たちをエスコートして、舞踏会上で華麗に踊っている。音楽担当の悪魔たちが楽器の生演奏をして舞踏会を盛り上げる。その中でドレスアップした不幸の女神アンハッピネスと踊ろうと、片膝をついて憤怒のサタンが手の平を差し出し、その手の平にアンハッピネスが手をのせ舞踏会の会場の中心に歩いて行きワルツを踊り出す。


「アンハッピネス様が喜んでいただけるのなら、この憤怒のサタンが地上界を怒り、暴力、殺意、いじめに満ち溢れた世界にしてみせます。」

「まあ、サタンったら、頼もしいのね。」

「アンハッピネス様。なんとお美しい。」

「サタンたら、お世辞も上手なのね。」


不幸の女神アンハッピネスと憤怒のサタンが舞踏会を楽しんでいる頃、ワインの注がれたグラスを持ち周囲を見ながら退屈そうにしている男装の魔女がいた。傲慢のルシファーだ。


「どうもこういう場は苦手だな。暴食のベルゼブブはずっと料理を食べてるし、強欲のマモンは舞踏会で利益を出すお金のことしか考えてない。無のベリアルは踊れないのに踊らされて可哀そうに。」

「ルシファーは踊らないんですか?」

「お、嫉妬のレヴィアタン様の登場だ。ダンスなんて楽しんでいるのは不幸と短気だけだ。」

「もったいない、女性陣は君が舞踏会上に舞い降りてくるのを待っているのに。」

「なんで俺が踊らないといけないんだ。アンハッピネス様主催の舞踏会に出席していない奴もいるのに。」

「怠惰と色欲のことかい?」

「ん!? 怠惰はサボりだろうが、女たらしの色欲が来ていないのは珍しいな。」

「アスモデウスは地上界に行ったよ。」

「なんで?」

「運命の騎士ディスティニーナイトとダンスを踊ってくるそうだよ。」

「なに!?」


やる気がなく覇気がなかった傲慢のルシファーの眼の色が変わった。色欲のアスモデウスが運命の騎士ディスティニーナイトのアリスを口説きに行ったというのだ。自然と傲慢のルシファーの感情が乱れる。


「アスモデウスめ!? 俺の獲物に手を出そうとするとは許せん! いいだろう! ダンスを踊ってやるよ! タンゴでもワルツでも踊ってやろうじゃないか!」

「傲慢だな、ルシファーは。」


ルシファーはダンスを踊る気になった。しかし傲慢な態度で舞踏会上から帰ろうとする。嫉妬のレヴィアタンはルシファーと関わると物事がうまくいかないのを知っている。傲慢さで計画を破壊してしまうからだ。



ここは秋葉原。アリスのバイト先の「ミス・ドーナツ」の店の前。


「ここか。運命の騎士ディスティニーナイトが現れるというドーナツ屋は。」


色欲のアスモデウスは魔界での不幸の女神アンハッピネス主催の舞踏会をすっぽかして地上界に来ていた。目的は運命の騎士ディスティニーナイトだった。手の中に映し出した映像にディスティニーナイトが不幸の運命を破壊するシーンを見て、アリスに興味を持ったのだった。


「そこ! 列を乱すな!」

「ん? 私のことか?」

「いいか! 行列は近所の方々に迷惑をかけてはいけない! 1人のわがままの性で並べなくなってしまうぞ!」

「おお!」

「なんだ!? この団結は!? これも運命の騎士ディスティニーナイトの力なのか!?」


人間のことを理解していない色欲のアスモデウスは誤解している。午前5時前の秋葉原のドーナツ屋の前は決戦前の戦場なのだった。ある者は徹夜で、ある者はテントを張り、親衛隊長の指示の元、アリスのファンは統制がとれていた。


「アリスちゃんが来たぞ! アリスちゃんだ!」

「おお!」

「あれは運命の騎士ディスティニーナイトのカワイイ女の子! さっそく声をかけて手相を見るふりをして体に触れてしまえば、女なんてイチコロさ!」

「みなさん! おはよう!」

「アリスちゃん! おはようございます!」

「よし、お嬢さん。」

「こら! そこの列を乱すな!」

「え?」

「アリスちゃんには近づくのは禁止だぞ!」

「何を言っているんだ。近づかなかったら触れないじゃないか。」

「変質者だ! アリスちゃんを守れ! 取り押さえて警察に突き出せ!」

「おお!」

「なにを言っている? 人間の分際で!? うわああああ!?」

「・・・あはは。」


アリスは見なかったことにしてさっさと店舗の中に入っていった。色欲のアスモデウスはアリスファンクラブの鉄の掟を破ったので、親衛隊員たちに殴られ蹴られ取り押さえられ、ロープで吊し上げられた。


「なぜだ!? なぜ人間ごときが悪魔の私を殴ることができるんだ!?」

「アリスちゃんに近づく奴は許さない!」

「そうか!? こいつらの運命は運命の騎士ディスティニーナイトを応援することによって幸せの運命になっているというのか!?」

「L・O・V・E アリス! アリスちゃんのためなら、この命など惜しくない!」

「なんという騎士道精神だ!? 参った! 私の負けだ! 初めて来たんだ! 今回は許してくれ! 頼む!」

「分かればよろしい。これでおまえも今からアリスちゃん親衛隊だ。」

「隊長。」


人間に命乞いした色欲のアスモデウス。色恋沙汰には強いが武力行使には弱かった。そして気がつけば運命の騎士ディスティニーナイトであるアリスを守る歩兵部隊、アリス親衛隊の隊員になりアリスに近づくチャンスを狙う。


「今日は騒がしかったわね。」


ドーナツ屋の店の中ではアリスがドーナツを作るのに夢中だった。まさか色欲のアスモデウスが人間の親衛隊にボコボコにされているとは想像もしていなかった。アリスがドーナツを作り終え、ドーナツ屋の開店の時間を迎えようとしていた。



ドーナツ屋が開店した。


「おはようございます! いらっしゃいませ!」


アリスたちドーナツ屋の店員がお客様というアリスのファンを迎え入れる。ドーナツは次々と売れ、その異様な光景に観光に来た世界中の外国人もSNSで現代のアリス、秋葉原のアリスとして世界中に拡散させていく。


「チャンス! 警戒が緩んだ! これでお嬢さんに近づけるぞ!」


色欲のアスモデウスはアリス親衛隊の行列に隊員として組み込まれ列に並んでいたが、ドーナツ屋が開店すると列が前に進みだし、開店の慌ただしさからアスモデウスに対する監視の目が緩んでしまった。


「よし! 私の番だ! 待っていろ! お嬢さん! ・・・これは!?」


色欲のアスモデウスが見た者は、アリスを守る銃を持った自衛隊の兵士たちだった。これはアリスを守るために仕方がなく取られた国策であった。さすがのアスモデウスもアリスには近づけなかった。


「いらっしゃいませ。ドリンクは何になさいますか?」

「か、か、カフェオレを。」

「はい、カフェオレですね。」

「え!?」


アリスはお客様の注文を受けてカフェオレを紙コップに注ぐ。しかしアリスから直接手渡しではなく、おぼんに乗せてお客様の元にドリンクが届き、現金の支払いは他のバイトが行う。もちろんアリスとお客様の間には自衛隊の警備付き。


「アリスちゃん、ありがとうございます。」

「アリス様、ありがとうございます。」

「こいつら握手もできないのに、何を崇めているんだ!?」

「うちのアリスは、汚いおっさんの金儲けのために握手させられる可哀そうなアイドルとは違うのだよ! 絶対にアリスちゃんを守るぞ!」

「店長、心の声が出てますよ。」


アリスはドーナツ屋の店長やアリス親衛隊だけでなく、警察と自衛隊が、どちらがアリスを守るのかということで、秋葉原の町中で戦車と機動隊がリアルサバイバルゲームをする事態になっていた。アリス、罪な女である。


「やるな!? お嬢さん!? まさかこんな短期間に騎士団を結成しているとは!? 恐るべし運命の騎士ディスティニーナイト!?」


アリスは騎士団の団長に就任したらしい。団長のアリスを守るために副団長のドーナツ屋の店長や親衛隊の隊長、王族から貴族までアリスのために命を差し出す覚悟であった。


「だが手を伸ばせば届く距離!? このアスモデウス様の色欲のアンハッピネスをお嬢さんの体の中に注ぎ込んで、私の思い通りに動く人形にしてやる!? もらった!」


危ない!? アリス!? 色欲のアスモデウスは一瞬の間に手を伸ばし警備の自衛隊を抜けてアリスに触ろうと手を伸ばした。まだアリスは気づいていない。このままでは変態の毒牙にかかってしまう。


「おっと、お客様。うちのアリスはお触り厳禁ですよ。」

「いたたたたっ!?」

「俺の獲物に手を出そうなんて100万年早いんだよ。」

「ルシファー!?」


アリスの窮地を救ったのは傲慢のルシファーだった。もしルシファーがいなかったら、今頃アリスは色欲のアスモデウスの毒牙にかかっていたかもしれなかった。


「おい! 警備員はなんのためにいるんだ?」

「すいません!」

「こいつを連れていけ。」

「了解です。」

「クソ!? 覚えてろよ!?」


色欲のアスモデウスは両脇を自衛隊の隊員に取り押さえられながら連行されていった。やれやれと言った感じの傲慢のルシファーに、救ってくれたのがルシファーだと知らないアリスが声をかけてくる。


「フッ。ん?」

「ありがとうございました。」

「いえいえ、当然のことをしたまでです。おっと、忘れてた。俺はアリスちゃんとダンスを踊りに来たんだった。」

「え!?」

「こら! アリスちゃんに近づくな! おまえも変質者だな!?」

「違う! 俺はドーナツの本場、ニューヨークから来たドーナツ職人だ!」

「残念だが、うちの店の従業員は男は採用不可だ! 帰れ! 帰れ!」

「ならこれでどうだ?」


傲慢のルシファーは男装を解き、本来の自分の姿である女性へと変身していく。例を挙げると短くセットしていた髪が、長くきれいなロングヘアに変わった。どこからどう見ても女性であった。悪魔からすれば容易な変身であった。


「きれい!?」

「女だ!?」

「少しキッチンをお借りしますよ。」


そういうとアリスが早朝からドーナツを作り続け、きれいに片づけも終わったキッチンにルシファーが傲慢に入っていく。そしてドーナツなど作ったことがなく作り方など分からないんので、魔法を唱え出す。


「傲慢のアンハッピネス! 俺がドーナツを作れるようになれ!」


ルシファーはまるでダンスを踊るかのように、華麗な手さばきでドーナツの生地を捏ね、型を切り抜き、手際よく油に入れてドーナツを完成させていく。その優雅なドーナツ作りは見ている人々を魅了していき、最後に片腕を胸の前にもっていき一礼する頃には、アリスを始め見物客から盛大な拍手が起こっていた。


「素敵!」

「すごい!」

「カッコイイ!」

「いかがですか? よかったら試食もどうぞ。」

「こんな作り方でおいしいはずがない・・・なに!?」

「おいしい!?」

「サクサクでふんわりで、なんておいしいんだ!?」


当然だろ、俺が作っているんだからと心の中で自尊心たっぷりに傲慢のルシファーは思っていた。他者からの賞賛は、ルシファーの傲慢さに拍車をかけ、目の前のルシファーに感動しているアリスに挑戦するかのように声をかける。


「アリスちゃん。」

「は、はい!?」

「アリスちゃんに同じことができるかな?」

「で、できません。」

「きっとアリスちゃんなら、ドーナツ作りのレベルを上がればできるようになるよ。」

「本当ですか!?」

「俺は教えてあげたいんだけど、残念! 店長さんが許してくれないんだ。ジロっと。」

「ええ!?」

「て、店長! 私、この人からドーナツ作りを教わりたいです!」

「まあ、女性だし。アリスちゃんが、そこまで言うのなら・・・。」

「やった! 店長、ありがとう。」

「よろしくお願いします!」

「俺は厳しいよ。」

「私、がんばります!」


こうしてアリスはドーナツの作り方を教わることになった。まさか相手が自分を吹き飛ばしたこともある傲慢のルシファーとは夢にも思わなかった。調理台にドーナツの生地を置き、アリスが前に立ち、ルシファーがアリスの後ろに回り、アリスの手を取りドーナツ作りが始まる。


「いいかい、ドーナツ作りなんてものはワルツを踊る様に作るんだ。ただ作ればいいだけではなく、食べてくれるお客様のことも考えて、ドーナツを作っている姿も華麗で優美に作らないといけないよ。」

「はい、先生。」


アリスは作っている姿など気にしたことはなかった。ただ数を作ることに必死で、お金を払って食べてくれるお客さんのことなど考えたことがなかったのだ。

アリスは謎のドーナツ職人に大切なことに気づかされた。


つづく。

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