価値に価値が無くなったとき
そらきた――。
また、私の店の前に男が一人立った。男は、じいっと、並べられた商品を見ている。
「…」
「…」
沈黙。やがて男の目は、1つの商品に留まったようだった。
「これを売ってくれないか」
私は男の声を辿って、初めて顔を見ると同時に、目が合った。想像していたより、少しだけ老けた顔だった。だが、目には意志があった。
「売ることはできない」
私は平然と言った。いつものように。
「なぜだ。これは売り物だろう」
男は、当然といえば当然の質問を私に投げかけた。
「どうせ、カネを払うつもりだろう」
私は、面倒くさいと思いつつも、これまたいつものように言った。
「カネじゃ、これを買えない。カネには価値が無いからだ」
「なんだって。じゃあ何ならいいんだ」
「価値のあるものなんて、この世界には無い。だから、これを売ることはできない」
これで、男は物々交換という選択肢も潰されたわけだ。
「価値のあるものが無いなら…この商品もまた、価値が無いわけだ」
「…」
そこに気づいたのは、今までで3人目か。
「ならこの商品をくれ。価値が無いなら、もらっていく」
「それは駄目だ」
私は表情一つ変えずに言った。
「私は、これをあなたに譲る気はない。価値が無くとも」
「そうか」
男は、私よりも平然としてはいなかったか?
「なら―」
男は、今までの2人同様、私に襲いかかり、そして私の店の裏庭に埋められることになる、と思ったが、そうはならなかった。
「なら、僕は君と友だちになろう」
「…え?」
「そして、これを貸してもらうことにする。僕が必要なのは、これの所有じゃなくて、これの効果だから」
「……そう。好きにしなよ」
男は、無価値なそれを借りに来るようになった。そして、無価値な行為に使って、返しに来る。
そんなことに価値は無いのに。
短編銀河 銀狼 @Silberwolf
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