小鳥を好きになった女

小鳥を好きになった女

ある晴れた日。杉三と蘭が公園を散歩している。

杉三「やっと桜が咲いたね。」

蘭「今年は遅かったな。ずっと寒かったもの。」

杉三「普通に季節が来るのも、そのうちなくなるのかなあ。」

蘭「そこまで考えるのはどうかと、、、。」

と、頭上からかわいらしい小鳥の鳴き声。

杉三「あれ、なんという鳥かな。」

蘭「目白じゃない?桜の木にとまっているのは大体目白でしょ。」

杉三「でも、目白はああいう容姿ではないと思うけど?」

蘭「容姿ではないって、」

と言って頭上を見上げる。確かに桜の木の上に小鳥が止まっている。

蘭「珍しい鳥だな。こんなところに、こんなきれいな鳥が止まりに来るのか。人間になれているのかな。僕らが近づいても驚かないじゃないか。」

杉三「あの鳥、なんていう鳥かな。」

蘭「僕もしらないよ。」

杉三「なんかで調べられない?」

蘭「そのくらい自分で、って、そうか、読めないのか。」

と、仕方なくスマートフォンを出す。

杉三「あっ!」

蘭「どうしたんだよ。」

杉三「行っちゃった。」

蘭「まあ、僕らが噂していたら、逃げて行ったんだよ。」

杉三「悔しいな。もう少し詳しく聞きたかったな。せめてなんていう鳥なのか、教えてほしかったな。」

蘭「教えるって、鳥は人間を怖がるものさ。それに鳥が自分の名を名乗るはずもないでしょ。さ、あきらめて帰ろ。」

杉三「名前くらい覚えたい、、、。」

蘭「そんなこと言わないで、もう、早くしないと、時間も無くなるよ。」

杉三「せめて名前くらい、、、。」

蘭「もう忘れちゃったよ。どんな姿の鳥なのかも。」

杉三「なんで忘れるんだ?」

蘭「だって、杉ちゃんが、、、。」

杉三「僕がどうしたって?」

蘭「いや、何でもないよ。さ、帰ろ。」

杉三「教えて。僕がどうしたって?」

蘭「ああ、こうなると、杉ちゃんを止めることはできない、杉ちゃん、いい、僕は杉ちゃんの兄弟ではないけれど、」

声「あれは、ヤマガラですよ。」

杉三「ヤマガラ?」

二人が振り向くと、一人の少女が立っている。まだ学生だろうか、化粧もしておらず、髪はポニーテールに結っている。

少女「あの桜の木に立っていたのは、間違いなくヤマガラです。よくおみくじを引く鳥として有名ですよね。」

杉三「そうか、僕も神社で見かけたことがある!」

少女「そうなんですよ。おみくじを引く鳥だけでなく、釣瓶上げとか、鐘つきとか、調教して覚えさせていた鳥です。珍しいところでは、那須与一という芸もできるんですよ。」

蘭「那須与一?」

少女「ええ。でも、そのせいで乱獲が絶えなくて、遂には絶滅危惧種にまでなってるんです。実際に、絶滅してしまった、ダイトウヤマガラという鳥もおります。ヤマガラかごというかごがあって、ペットとして飼っていた時代もあったんです。」

蘭「はあ、そんな鳥なんですか。」

少女「ええ。飼育していたのは江戸時代が全盛期でしたね。でも、平安時代から、飼育されていることが文献で確認されているんです。」

杉三「へえ、そんなに物覚えのいい鳥がいるんですか。」

少女「ええ。あるいは、輪の中をくぐる輪抜けの芸もやるんです。鳥獣保護法で禁止されちゃいましたけどね、でも、そうやって、人間とかかわりの強い鳥なんですよ、ヤマガラは。」

杉三「それは面白いな。」

少女「たとえばね、説明しますと、釣瓶上げという芸は、ヤマガラかごにわざと小さな桶のようなものを糸でつる下げるんです、」

杉三「ふむふむ。」

蘭「あの、僕たちそろそろ、帰らないと、、、。」

しかし、少女は蘭の顔は見るが、話を続ける。

少女「それを、ヤマガラがくちばしにくわえて、引き上げるんです。面白いでしょ?それにもともと愛嬌があるかわいらしい鳥ですから、そうやって芸をすれば、喜ぶこと間違いなしですね。」

蘭「あの、僕たち、、、。」

少女「鐘つきという芸は、」

蘭「すみません!」

初めて少女の独演会が止まる。

少女「なんですか?」

蘭「僕たち、帰らないといけないんで、、、。」

少女「でも、説明は、まだ終わってはおりません。もう少し聞いて行ってください。」

杉三「わかった、もう少し聞くよ。」

蘭「そうなんですけどね、僕らも、帰らないと、用事がありますので、、、。」

少女「用事?なんの用事なんですか?」

蘭「なんの用事って、あの、それ、ありえないリアクションだと思うんですけど、、、。」

杉三「面白いじゃない、聞いてこうよ。」

蘭「杉ちゃん、そうやってすぐに同情しないの。こういう人にはちゃんと善悪をはっきりさせなくちゃ。この人はきっと、」

と、そこへ、スプリングコートを着込んだ、中年の女性がやってくる。

女性「こら!姫子!またそうやって人に迷惑をかけて!」

杉三「ああ、姫子さんっていうんですか。」

女性「ええ、娘の鳥海姫子です。私は母親の鳥海美子といいます。」

杉三「どうもありがとうございます。僕は、影山杉三です。よろしくどうぞ。」

美子「すみません、こうして独演会を何回も繰り返して。もう、この子、鳥のことを話し出すと、こうして止まらなくなるんです。もう、中学生になるっていうのに、勉強もそっちのけで鳥のことばっかりで。私は、この悪い癖で、何回恥をかいたでしょう。こうして、ありとあらゆる人を捕まえては鳥の話をえんえんと語り続けるので、私は、近々精神科に連れていくつもりです。発達障害でもあるのかと。」

杉三「そんなことはありません。だって、僕が鳥の名前を教えてくれと言って、彼女に教えてもらっただけですから。悪いのは僕のほうです。」

美子「何を言ってるんですか。どうせ、娘が人を捕まえて、手当たり次第に鳥の話をしているのでしょう?しかも今回は歩けない方に、」

杉三「それならご心配ありません。僕は、ただの馬鹿で、僕がわからないから質問しただけで、」

美子「いいえ、この子は一度話し出すと止まらないんですよ。この間なんて、隣の家のおじいさんに、カラスの話を三時間以上し続けたんです。」

杉三「すごいじゃないですか。そんなに勉強したなんて。」

蘭「杉ちゃん、変な議論はしないで帰ろう。」

杉三「でも、彼女がかわいそうじゃん。」

と、姫子の顔を見る。確かに涙を流している。

美子「謝りなさい!お二人に!」

杉三「怒鳴る必要はないですよ。」

美子「いいえ、この子は、そうしなければ覚えない子ですから!何回叱っても鳥のことばっかり話して、一日中うるさくてたまらないわ!」

姫子「お母さんはそうしか、私のことみてくれなかったんだ!」

美子「当り前よ!中学生にもなって、勉強もしないで一日中鳥の図鑑ばっかり見ている人はどこにもいないわよ!」

蘭「まあまあ、落ち着いてください。お話はよくわかりました。僕たちも障害を持つ身ですから、受け入れたくないってのはわかります。とりあえず、精神科を受診していただいて、調べてもらったほうがいいとは思います。もしかしたら、中学校も変わったほうがいいかもしれないし、高校受験も望まないほうがいいですよ。でも、決して劣っているわけではないとは思います。トーマス・エジソンとかに近いんじゃないですか?きっと。」

杉三「大丈夫だよ。僕みたいに、読み書きができなくても、ちゃんと生きている人もいるんだから!」

姫子「もう、私は死ぬしかないのね!」

美子「またそれを言う!それで逃げられると思ってるの!」

蘭「怒鳴るだけでなくて、もうすこし、彼女にそってあげたらどうです?」

美子「ええ、そうしましたとも、何回も!でも、いつまでも鳥の話ばかりで、私の話なんて聞いてくれたことは一度もありませんよ!」

蘭「いちど、お母さんだけでゆっくり考えてみたらいかがですか?」

美子「いくら考えても答えなんて出ませんわ!私は馬鹿にされてしかられるばっかりだし。私は、世界一悪い母親だって、みんなそういうんですね!」

蘭「ああどうしよう、、、。」

美子「とにかく、うちへ帰りましょう。姫子、来なさい!」

と、泣いている少女の手を引っ張って母親は行ってしまったのであった。

杉三「なんなんだろう。」

蘭「おそらく、ADHDか、アスペルガーとか、そういうのだよ。彼女は鳥のことを説明した時に、僕たちが相槌を打つ、間を用意しなかったし、目を見ているのに、僕らの表情を読み取って話を進めるとかもしかなった。きっと、あのまま中学校にいったら、間違いなくぐれるか、自殺してしまうかもしれない。」

杉三「助けてあげられないかな。」

蘭「どうかな、、、僕らは家族でも、親族でもないからね。」

杉三「何とかして助けてあげたい。」

蘭「杉ちゃんも、他人のことにすぐ首を突っ込まないの!じゃあ、僕らも帰ろう。」

二人、車いすを動かして、公園を出る。


数日後。杉三の家。

蘭「まだ閉じこもったきりなんですか?」

美千恵「そうなのよ。」

蘭「もう、ひと月ぐらいたちますよね。」

美千恵「助けてあげられないんだって大泣きして、ずっとそうなの。」

蘭「どういうつもりだ、、、。」

美千恵「まあ、忘れてくれるまで待つしかないわね。」

と、インターフォンがなる。

華岡「おーい、蘭、いるか。」

蘭「ここは、僕の家じゃないよ。」

華岡は、どんどん玄関のドアを開けて入ってきてしまう。

華岡「おばさん、風呂を貸してくれませんかね。」

蘭「またそれか。」

華岡「いいじゃないか。俺のうちは風呂桶なんかないんだから。」

蘭「あるじゃないかよ。ユニットバスが。それに湯を入れて入れ。」

華岡「いや、あんな狭い風呂じゃ風呂に入ったとは言えない。風呂というのは、お湯をあふれるくらい入れた風呂桶に、肩までつかって、ゆっくりするものだ。カーテンで閉めているんじゃ、お湯すらためられないよ。」

美千恵「いいわよ、華岡さん。ゆっくりして頂戴。どうせね、24時間風呂にしたって、入る人は私と杉三と二人しかいないんだし。」

華岡「ほらみろ、お母様はちゃんとわかってくれているぞ。じゃあ、ありがとうございます。入らしてください。」

と、華岡は、鼻歌を歌いながら、浴室に移動する。しばらくすると、浴室から大きな声で、

声「うーみはあーらーうーみー、むーこーうーはーさーどーよ。」

と、歌っているのが聞こえてくる。

蘭「全く、華岡の奴、長風呂で困ったものです。本当にすみません。」

美千恵「まあ、いいにしてあげましょう。警察のお仕事って本当に大変だろうし。たまにはこうして休まないとダメな時もあるのよ。」

蘭「そうですね、、、。」

声「華岡さん、来てるの?」

と、杉三がやってくる。

美千恵「あら、いつの間に?」

杉三「うん、声がしたから。」

蘭「よかった。もう一生部屋から出ないかとおもったよ。」

美千恵「蘭さんも、体が良くないんだから、ゆっくりしてってね。」

蘭「ありがとうございます。」

と、苦笑する。

声「みーんなよーべーよーべー、おーほしさーまーでーたーぞー。」

杉三「華岡さん、砂山歌ってる。中山晋平だ。」

蘭「よかった、杉ちゃんがその顔をすれば、もう大丈夫。」

と、ため息をつく。


同じころ、「たたらせいてつ」と、貼り紙をしてある懍の家では、深刻な問題が発生していた。

懍「だから、何度も申しましたでしょうが、ここではそのような方はお預かりできませんね。必ず、親元へ帰っていただかないと。そのためにここがあるんですから。」

美子「だったら、私はどうしたらいいんですか?もう、たまんないんですよ。毎日毎日、勉強もしないで、鳥の図鑑ばっかり読んでいる娘をもって、何回も先生に叱られて、もうこの学校には来ないでくれと言われて、ほかの学校にもあたってみたけど、転校も認められなくて。もう、疲労困ばいです。娘ではなく、私のほうが死にたいくらい。学校の先生だって、娘を何とかするのはお母様の仕事でしょって、責めるだけなんですよ。」

懍「それなら、先ほども言いましたけど、娘さんをきちんと診断させて、はっきりと自覚させるのも親の務めですよ。」

美子「教授、あなたは、子供さんを持ったことがないでしょう?だからそういえるんですよ。」

懍「いいえ、僕は、なくしました。息子が一人いましたけど。だから、僕みたいになってほしくないので、そういったのです。」

美子「へえ!それは、きっと教授が息子さんにたいして、何もしなかった証拠ではないですか!それなのに平気で鉄の研究をしていて、挙句の果てに厚生施設をやってるなんて、全く本物の福祉じゃありませんね。もう、いいですよ!あの子を置いていきますから、私を少し休ませてください!」

懍「しかし、ここは遂の住処にはしてはなりませんよ!」

美子「そんなことどうでもいいんです!私、もうあの子の母親をやめさせてください!」

と、これまでにない怒りの顔をして、応接室を出て行ってしまう。

別の部屋で待っていた姫子は、その言葉を聞き、涙がみるみるあふれ出す。

お茶を持ってきた水穂は、お茶をテーブルの上に置き、彼女の隣に座る。

姫子「私、生まれてくるべきではなかったのでしょうか。母にあんなに迷惑をかけてしまったのたら、、、。」

水穂「いいえ、人間は、必ずどこかに役に立つ場所があるはずですよ。姫子さんが持っている、鳥の知識だって、どこかで役に立つんじゃないかなと、僕は思いますけどね。」

と、いい、姫子の反対側を向いて咳をする。口を拭った紙に少しばかり血が見える。

姫子「お体、お悪いんですか?水穂さん。」

水穂「まあ、そういうことですね。でも、こうして雑用係をやらしてもらってるので、まだいいかと思いますけど。」

姫子「水穂さんも、なんかつらそうなのに、無理やり生きている気がする。そんな体では、何もできなくて、いやになるんじゃないですか?」

水穂「でも、僕はたった一人だけだけど、妻もいますからね。」

姫子「どこにいるんですか?」

水穂「刑務所ですよ。でも、刑期が終わったら、迎えに行くつもりです。それまで待ってなきゃ。そのために、毎日毎日、こうして雑用をして。そうしないと、どんどんダメになっていくんじゃないかな、と、思うのでね。」

と、言いながらさらにせき込む。

姫子「大丈夫ですか?」

水穂「気にしないでください。そうやって気遣いができるんですから、あなたは異常ではありません。今は、できなくても、自分で変わろうと思うきっかけができれば、きっと変わることができるでしょう。お母さんは、それを待っているんじゃないかな。でも、不器用な方のようだから、そうやって怒鳴ってしまうんだ。今度はあなたがお母さんを助けるべきです。」

と、いい、せき込みながら座り込み、赤い血をたらたらと流す。そのうち自分でも止められなくなってしまったようで、延々とせき込み続ける。

と、ドアが開いて、懍が入ってくる。

懍「鎮血の薬。水穂さんに。」

ほかの寮生も入ってきて、手早く吸い飲みをもってきて、水穂に薬を飲ませると喀血はとまる。それには、眠気を催す成分もあるのか、水穂は眠ってしまい、体の大きな寮生が、彼を背負って、彼の部屋に連れていく。

姫子「先生、私、、、。」

懍「お母様はおかえりになりました。しばらくの間、こちらにいることを許可しましょう。ただ、前述したとおり、ここを遂の住処にしてはなりません。ほかの寮生にも言っているけれど、ここである程度心の整理ができたら、かえってもらうことになります。特に、帰るまでの制限時間は設けませんが、永住してはなりませんよ。では、お部屋へどうぞ。」

と、居室のカギを彼女に渡す。

姫子「わかりました、、、。」

懍「安心しなさい。ここの寮生も、水穂さんも、悪い人では全くありません。多少乱暴だったり、弱かったりするけど、みんな傷ついてきている人たちだから、悩みがあるなら遠慮なしに言ってくださいね。彼らは良き相談相手となるでしょうからね。お母様から離れて、多少寂しいかもしれないけれど、そこから解放されたことに気が付けば、素晴らしいリフレッシュになるでしょうから。」

といい、廊下から、応接室へ戻っていく。

姫子はもらったカギをしっかり握って、自分の部屋を探しに行く。


数日後。雨が降っている。

杉三の家。夕食を食べている、杉三と蘭、美千恵。

杉三「久しぶりに雨が降ったな。また寒くなったね。」

蘭「まあ、今年は遅いからね。天気予報でもそういってたよ。」

と、インターフォンが鳴る。

美千恵「あら、どなたかいらしたのかしら。回覧板でも来たのかしらね。」

と、玄関に移動し、ドアを開ける。

美千恵「まあ、青柳教授!どうしたんですか?こんな時間に。」

外にいるのはまさしく懍であった。

懍「いや、用事で近くまで来たんですよ。アボガドが取れたから使ってもらおうかと。先日、寮生が育てていたものですが、何しろ、寒かったのが長くて、急に暖かくなったものですから、いきなり大量に実をつけてしまって。うちで使いきれなくなったので、杉三さんなら使ってくれるかと思いましてね。」

と、紙袋を出して、美千恵に渡す。

美千恵「まあ、どうもありがとうございます。ささ、あがってください。ちょうど夕食を食べていましたから、教授も何か食べていってください。」

懍「いや、そんなこと、、、。」

美千恵「いいえ、お礼ですから。」

と、懍の車いすをきれいに拭いて、無理やり、中に入れる。食堂に行くと、杉三が食事を用意して待機している。

懍「どうもすみませんね。杉三さん。」

杉三「杉ちゃんでいいですよ。」

懍「じゃあ、いただきますよ。」

と、杉三からもらった箸をとって、みそ汁を口にする。

蘭「教授、どうしたのですか?何か悩んでいるようですけど、、、。」

懍「まあ、仕事だから何とかしないといけないのは確かですが、どうも最近は横暴な親というか、親になり切れない親が急増しているような気がしてならないんですよね。」

蘭「ああ、また変な子が来たんですか?恋愛問題を起こしたとか?」

懍「恋愛問題どころではないですね。何しろ、暇さえあればずっと鳥の写真ばかり見て、鉄を作らせても何もできないし、ご家族にお伝えしても、全く返答がないんです。きっと、彼女を捨てたのでしょうな。最近の親でそういう人は多いんですが、問題を起こしてどうしようもなくて僕らのところへ連れてくる前に、子供が何に関心があり、何を求めているのかを全く知らないんですよ。それって、ある意味無責任というか、育児放棄にもつながるでしょう。やはり、子供のことをある程度知っておいてくれないと、こちらでも、予測がつかないで大変なことになります。彼女がどのような性格で、どのようなことで悩んでいるのかを、親がちゃんと知っておかないと。それをしないでただ、何とかしてくれと懇願するだけでは、親とは言えない気がするんですよね。」

杉三「ちょっと待ってください。鳥の写真ばかり見ている女性といいますと、鳥海姫子さんではありませんか?」

懍「はい、その通りですが、どうして名前をまえもって知っているんです?」

杉三「やっぱり!僕たち彼女に会ったことがあるんです。その時にお母様が来て、彼女を無理やりしかりつけて帰っていきました。確かお母様は鳥海美子、、、。」

蘭「なるほど。そういうところへやったわけか。お母様も、あの時いっぱいいっぱいだったもんなあ。僕たちがお会いした時、お母様も娘さんも、本当に困った顔をしていました。なるほどねえ、そうやって、子捨てをしてしまったか。ついに。」

美千恵「で、その娘さんが今、教授のところにいるんですか?」

懍「はい。その通り。その扱いに困っているというわけです。」

美千恵「で、その方は今どうしているんです?一番の被害者ですよ。」

懍「とりあえず、入寮してもらって、水穂が話を聞いていますが、彼女も心が傷ついたと思います。水穂も、一生懸命話を聞いて、彼も、そういう才能があるなと思うんですが。」

蘭「水穂、どうなんでしょう。体のほうは。」

懍「そうですね。奥さんをいつまで待ってられるか、心配なところはありますけど。」

インターフォンが鳴る。

美千恵「あらら、誰かしら。今日はお客さんが多いわねえ。」

声「おーい、いるかーい。」

蘭「また華岡か。」

と、いうより早く、部屋に入ってくる華岡。

蘭「お前なあ、人のうちなんだから、なれなれしく入ってくるなよ。」

華岡「そうなんだけどよ、なんだかとても切ない事件に遭遇してしまって、、、。あ、青柳教授もいたんですか。」

懍「いて、悪いですか?」

華岡「い、いや、そんなことはありません。」

杉三「華岡さんは、青柳教授が苦手だよね。」

華岡「杉ちゃん、それは言わなくていいんだよ。」

美千恵「まあいいじゃないの。その切ない事件とは何なの?」

華岡「いやあ、まあ、単純なことです。公園の池で女の子の遺体が見つかりましてね。その犯人がいつまでもわからないので、、、。」

美千恵「女の子?まあ、かわいそう。」

杉三「ひどい話だね。女の子って何歳ぐらい?」

華岡「まだ中学生だ。一年生だよ。」

懍「犯人、といいますのは、もう、死因や凶器は発見されているということですか?」

華岡「いや、それはまだわかりません。検死に出したばっかりでして。」

懍「華岡さん、殺人と決めつけるのは早すぎます。まだ、それすらわからないのであれば、犯人と呼ぶべきではありません。」

華岡「は、はい、わかりましたよ。青柳教授。でも、殺人とおもうんですけどね。」

蘭「どうしてそう思うんだ?」

華岡「だって、中学生が自殺なんて。しかも、一年生だぞ。絶対にそんなことはあり得ないと思うんだけどなあ。」

蘭「そうなんだけどね、最近は小学生でも自殺してしまうからね。この前も、群馬だっけ、小学生の女の子が自殺したし。」

華岡のスマートフォンがなる。

華岡「なんだ、今大事な話をしているんだから、電話なんて、かけるなよ。」

声「警視、あのうちにいるんでしょ。早く戻ってきてくださいよ。まったく、疲れたからってそこに逃げるのは、みんな知ってますから。早く署へ戻ってください。」

華岡「全く、なんでまた。あーあ、穴があったら入りたい。」

蘭「使い方が間違ってるよ。そもそもなんでお前みたいな情に厚い男が、警察なんかになったのか不思議で仕方なかったよ。適材適所というけれど、お前、向かないんじゃないのか?警視は、単にサラリーマンと言われてもいるんだし。」

華岡「わかったよ、あーあ、切ない俺の気持、わかってくれるやつっていないんだなあ。」

声「警視、そんな間延びしたセリフを言ってるんだったら、早く捜査へもどってください。それに、いま検死の結果も出ました。」

華岡「何、それは本当か!」

声「そうですよ。だから戻ってください。」

華岡「面倒くさい。今ここで言え!」

声「もう、仕方ないんだから。彼女の死因は溺死だそうです。外傷も、毒物も何もないって言ってました。」

華岡「わかった、すぐ戻る!」

と、スマートフォンを切り、椅子から立ち上がって、急いで家を飛び出していく。

美千恵「華岡さん、靴!」

といっても振り向かない。

美千恵「傘も忘れてる。」

蘭「これで何回目だよ。」

美千恵「しかも、とりに来たことは一度もないから、華岡と名前の書かれている傘が、うちに何本あるのかしら。」

懍「ほんとにおもしろい方ですな。」

蘭「面白いというか、迷惑ですよ。」

杉三「それでいいんじゃない。」

美千恵「全くね。」


翌日。買い物帰りに杉三と蘭は、公園に立ち寄る。

杉三「今日は誰も遊んでないね。」

蘭「あんな事件があったら誰も来なくなるよ。」

杉三「事件?」

蘭「そう。きのうの例の中学生、この公園の池で発見されたからね。ある意味仕方ないよ。安全を考えれば。」

杉三「やっぱり事件なのかなあ。」

蘭「わからないね。昨日ニュースで見たけれど、中学校では、すごく優秀だったみたいだし、部活もまじめにやっていたって。学校でアンケートとったけど、いじめがあったとは、出なかったんだって。」

杉三「へえ、平和な学校だね。」

蘭「でも、一人死んでいるとなれば、やっぱり違うのかなあ。まあ、学校は隠すのが名人だからなあ。」

杉三「そうだよね。それって本当に、怒鳴りつけてやりたいくらいだよ。学校ってさ、絶対生徒さんのためを思って作ったもんじゃないな。」

蘭「まあね。僕らも早く帰ろうか。」

杉三「ヤマガラがまた鳴いてるよ。」

蘭「ヤマガラ?」

杉三「ほら。僕らを見てる。」

と、桜の木を指さす。確かに枝の上に一羽止まっている。

蘭「いつ覚えたんだ?」

杉三「あの、姫子さんに教えてもらった時からだ。」

蘭「ああ、あの子か。覚えている杉ちゃんもすごいよ。僕はとっくに忘れてしまったよ。」

杉三「かわいいね。あの女の子がなくなった時もいたのかな。」

蘭「どうだろ。」

杉三「そうだよなあ。きっと、あの小鳥がしゃべってくれたら、彼女を止めてくれと叫んでほしかったなあ。」

蘭「杉ちゃんは自殺だと思うの?」

杉三「なんかそんな気がするんだよね。あの鳥がなんだか僕らに語り掛けているような気がして、たまらないんだよ。」

蘭「杉ちゃん、ありえないことばっかり考えるのはよしなよ。さ、早く帰ろ。遅くなっちゃうよ。」

杉三「うん、、、。」

と、名残惜しそうに公園を出ていく。


製鉄所

寮生「君君、困るよ、早く木炭を搔き出してもらわないと。鳥の声は確かにきれいなんだけどね。」

姫子「ご、ごめんなさい。つい、モズの声がきれいだったから、聞き入ってしまったんです。」

寮生「君は本当に鳥が好きなんだね。でも、製鉄もやってもらわないと。」

姫子「ごめんなさい。」

寮生「必要以上に謝らなくてもいいんだよ。」

姫子「ごめんなさい。村下さん。」

寮生「いや、さらに謝るのではなくて、製鉄をやってもらいたいんだけどなあ。」

姫子「あ、あ、、、。」

寮生「混乱してしまうのか、、、。」

姫子「どうしたら?」

寮生「とにかく、木炭を集めてきてくれ。」

姫子「は、はい、わかりました。」


夜、一人でしくしく泣いている姫子。

と、部屋の戸をノックする音。

姫子「どなたですか?」

水穂「はいりますよ。あんまり泣いているから、お茶を持ってきました。」

姫子「あ、ありがとうございます。」

水穂「お構いなく。」

と、湯呑を机に置き、咳をする。

姫子「大丈夫ですか?」

水穂「お、お構いなく。」

と、言いながらさらにせき込んで座り込んでしまう。再びその指が赤く染まる。

姫子「ああ、もう、出るだけ出してしまったほうが、いいでしょう。」

と、彼の背をたたいて、血が出るのを促す。しばらくすると落ち着いたらしく、咳は止まる。

水穂「失礼しました、あなたは、鳥が好きなのを消そうとしているようですけど、それはいけませんよ。それは、ほかの誰にもないあなたの長所ですからね。あなたは、ありとあらゆるところで、鳥の鳴き声を聞き分けることができるなら、それを生かした生き方をしたほうが、きっと楽に生きれるはずです。無理して、一般社会に出る必要はないのですよ。」

姫子「本当にそうでしょうか。それは、できるんでしょうか?」

水穂「できますよ。ただ、それを見つけるのは、若い人にしかできない。僕みたいに、こうなってからでは遅すぎるんです。だって、このような体では、何もできないでしょ。」

と、いい、再びせき込む。

水穂「僕が、生きているのは、その教訓を伝えるためなのかもしれませんね。」

姫子「あ、ありがとうございます。」

と、いい、再び背中をたたく。

水穂「そういう細かいところに気が付くのも、よいところなんですよ。学校の点数をとれる人が偉い人ではありませんから。」

姫子「薬、もってきましょうか?」

水穂「これ、」

と、言いかけた時に血があふれ出してくる。姫子は、いけないことだと分かっていたが、彼がもっていた薬を無理やり彼の口に入れ、茶を流し込む。そうすると、数分後に咳はとまる。

姫子「気にしないでいいですよ。私、後で拭いておきます。水穂さん、今日はありがとうございました。お部屋に戻れますか?」

水穂「何とか。」

と、立ち上がる。

姫子「私につかまって。」

水穂が手を出すと、彼女は自分の肩にそれを乗せ、水穂を部屋に連れていく。

姫子「横になってください。大丈夫ですから。」

水穂「ええ。ありがとう。」

姫子「水穂さんも、優しいんですね。」

と、布団に座らせてやる。

水穂「そうですか?ありがとう。」

姫子「横になったほうがいいですよ。そのほうが、お体も楽なんじゃありませんか?」

水穂「そうですね。」

と、崩れるように横になる。姫子は掛け布団をかけてやる。

姫子「じゃあ、ありがとうございました。私、戻りますから。」

水穂「ありがとう。」

姫子は静かに障子を閉める。


一方。

蘭「また、そうやってぐちぐちと、、、。」

杉三「いいじゃない、なんぼでも言わせてあげよう。」

華岡「杉ちゃん、優しいな。俺が今までそうやって聞いてもらったのは、杉ちゃんだけだ。」

蘭「で、今度は何の愚痴?」

華岡「いや、こないだの事件さ。なんと、女の子の残した電話があったんだ。」

蘭「で、電話?」

華岡「そうなんだよ。彼女のスマートフォンに残ってた。」

杉三「なんて残ってた?」

華岡「うん、いじめられてもう生きていけない。私は地獄でみんなのことを見守っています、と。」

蘭「やっぱり自殺だったのか。」

華岡「そうなのかな。俺は信じられないんだよ。」

蘭「馬鹿。お前、信じられないって言ったって、事実は事実だろ?それを警察の人間が受け入れないでどうするの?本当に頼りない警察官として、笑われるぞ。」

華岡「そうなんだけどね、俺は、あんなかわいい女の子が、たった13歳で死んでしまったというのが信じられないんだ。今のところ、犯人らしき人物もいないし、きっと自殺なんだろうと今固まりつつあるが、学校でいじめがあったという証拠がつかめない。だからいつまでも、解決できないんだよ。」

杉三「学校に乗り込んでみれば?」

華岡「いや、杉ちゃん、俺は高校へ抜き打ちで乗り込んだことがあるが、学校は隠すことの名人だ。生徒も教師も、まじめを演じて、証拠をつかむことができなかった。きっと、北朝鮮のマスゲームみたいにして演技指導をしたんだろうな。学校ってのは、そういう場所だからな。」

杉三「じゃあ、その女の子の残した録音を聞かせてもらうことはできないのかな?」

華岡「うん、捜査用に残してあるが。」

杉三「じゃあ、うちのプレイヤーで聞いてみるか。」

蘭「杉ちゃん何を言ってるの?」

杉三「だったら僕も聞いてみたい。」

蘭「いやいや、そういうものは、警察さんのやることだ。僕らは手を出すことじゃないよ。」

華岡「いや、蘭も聞いてみてくれ。俺は、犯人が言わせているような気がしてならないが、杉ちゃんなら解釈も違うかもしれない。」

蘭「わかったよ。」

と、華岡からディスクを受け取り、近くにあったCDプレイヤーに入れて、再生する。

声「お父さん、お母さん、学校の皆さん、本当にありがとうございました。私は、いじめられてもう生きていけません。死ぬしか助かる方法がない人もいると思います。じゃあ、ありがとうございました。さようなら、、、。」

蘭「なるほど。切ない録音だ。」

杉三「まって、もう一回かけて!」

蘭「どうしたの杉ちゃん、いきなり。」

杉三「もう一度!」

蘭は、もう一度再生する。

杉三「ヤマガラだ!」

蘭「ヤマガラ?」

杉三「ヤマガラの鳴き声が入ってるんだよ!」

蘭「杉ちゃん、めちゃくちゃなこと言わないでよ!」

華岡「いやまて、それがもし本当なら、この録音は、」

杉三「きっとどっかの野外で録音したものだよ。でなければ、こんなにはっきりヤマガラの声は聞こえない。」

蘭が、もう一度再生すると、確かに、声と一緒にピーピーと鳥たちが鳴きかわすような音が入っている。

蘭「なるほど。僕は、単なる機械の音かと思っていたが、ヤマガラの鳴き声だったのか。言われてみれば聞き覚えがあるな。杉ちゃん、君はすごいねえ。」

華岡「よし!これをもう一度解析に出してみよう!ヤマガラという鳥は、どんなところに住んでいるんだ?」

杉三「公園の桜の木の上にいた。芸も覚えるらしいから、割と人間になつきやすい鳥みたいで、確か僕らが見かけた時も、怖がらなかったような。でも、ヤマガラの住める場所は、かなり限られているらしいから、、、。」

華岡「よし、わかった!もう一度解析に出してくるぞ!」

と、ディスクを取り出して、家を飛び出していってしまう。


ある中学校。

教師「さあ、授業を始めるぞ!」

と言っても、登校している生徒はわずかしかいない。中心には花がおいてある。と、そこへ

華岡「警察ですが、今日は、お宅の中学校を調べにやってきました。」

校長「開ける必要はありませんよ。私たちは、普通に教育をしていますし、いじめもございませんので。」

と、ごますりしているが、

華岡「いや、先生方の証言は疑わしいので、入らせていただきます!」

といい、教室のドアをバーンとあける。


同じころ、蘭の家。テレビを見ている蘭。

アナウンサー「えー、富士第三中学校にて、女子生徒がいじめを苦に自殺した問題で、彼女は、亡くなる前に、録音を残していました。それが、中央公園で収録したものと解析が出て、彼女はこの録音の直後に池に飛び込んで水死したとみられます。中央公園は、ヤマガラが生息していましたので、この鳥の鳴き声が、多数みられたことから、この録音はこの公園でとられたものと断定され、今回のような結論に至りました。」

蘭「なるほど。やっぱり、いじめはあったのか。」

と、インターフォンが五回なる。

蘭「杉ちゃんだ。どうしたんだろう。」

杉三「蘭、姫子さんのところに行こう。」

蘭「製鉄所に何をしに?」

杉三「お礼をしたいんだ。今回の事件を解決できたから。」

蘭「お礼?」

杉三「華岡さんがいっていたんだ。お礼してくれって。」

蘭「今日に?」

杉三「うん、善は急げで。」

蘭「もう、夕方だよ。」

杉三「いいじゃないか。タクシーもかえってすいてるよ。」

蘭「わかったよ。」

と、スマートフォンをダイヤルする。


製鉄所。二人は、ねむそうな顔をした運転手に卸してもらって、製鉄所に入っていく。

懍「どうしたの?こんな時間に。」

杉三「あのね、姫子さんのおかげで事件が解決できたんです!だから彼女にお礼を言いに来ました。」

懍「おはいりなさい。今、お母様と一緒です。」

杉三「あのへんなお母様ですか。」

蘭「余計なこというなよ。」

懍「まあいい。とにかく入って。」

二人、応接室に入る。

美子「なんですか。あなたたちまで。いつまで私は、世界一悪い母親と呼ばれなければならないのかしら?」

杉三「悪い母親じゃありませんよ。姫子さんを産んだ人なんだから。」

美子「そうやって、また私に責任を押し付けるのですか!私は、そんなに悪い母親なんですか?もう、あの子をしばらくここにやれば、すこし頭を冷やすかなと思ったのに、冷やすどころか、さらに鳥の勉強をし始めたそうですね。一体、教授も、何の目的で、ここをやっているのか、私には見当もつきません。これから、あの子を引き取って、精神病院まで連れていくつもりです。」

杉三「それは、ただ、彼女の本当の部分を見逃してるから、そう見えちゃうんじゃありませんか?だって、彼女の鳥の知識のおかげで、事件を解決できたんですよ。」

蘭「いじめられていた、あの女子生徒さんは、本当にかわいそうな方でした。だって、あの中学校、30人クラスで、10人が休学しているのです。それはいじめがあったからでしょ。

そのせいで自殺者がでても、ひたすら隠してる。」

美子「事件と、あの子のことは関係ありません!」

杉三「そうですか?でも、ヤマガラの鳴き声を識別できる人が果たして何人いるんですかね。

僕も、蘭も、青柳教授も、みんな知らなかったことを彼女は知ってる。それ、すごいことだって、思えないんですか?」

美子「でも、私は、そのせいで、すごく恥をかきました!」

杉三「それはお母様のほうでしょ。姫子さんに罪はないと思いますけど。」

美子「だったら、なんであの子には重たい支援をかけて、私には何もしてくれないんです?日本の福祉ってそういうところがかけてますよね!」

杉三「その押しつけが、姫子さんに一番負担なんじゃないですか?」

美子「押しつけって、私は、常識的なことを教えているだけです!」

懍「あのですね、僕らもよくご覧ください。僕も、杉三さんも蘭さんも、みんな理由は違うけど、歩けないでしょ。そういうことと一緒なんですよ。娘さんはね。まず、受け入れてあげてください。そして、普通の学校いくのはもうあきらめてください。」

美子「そのためにはどうしたらいいんですか!」

懍「簡単なことです。放置してしまえばいい。」

美子「そんなことしたら、育児放棄っていわれてしまいますわ!」

杉三「そういいながら、娘さんを、こちらで何とかしてくれって放り出してますよね!」

蘭「杉ちゃん、そんなに怒らなくても。」

杉三「いや、だめだ。育児放棄といいながら、もう嫌なんて、ほんとに、変な人だよこの人は。何かわけがあるのかも。」

懍「そうかもしれませんね。家にかえって、もう一度確認してみたらどうですか?」

杉三「本当だ。」

美子「私が?」

懍「そうですよ。お互い、さらけ出したらどうです。そういう、弱いところ。そうすれば、娘さんだって、納得してくれるのではないでしょうか。」

美子「そんな、私が、、、。」

懍「可能性はありますね。」

美子「なんで、、、。」

懍「多くの人はみんなそういいます。でも、これまで見逃されてきた「障害」を持っているのに気が付かないばかりに、多くの人が損をしてきました。でも、娘さんのように、そうやって、驚くほど高い能力を持つ人もたくさんいるんですよ。僕も、そういう人たちをいろいろ見てきましたが、決して人間として劣っているわけではないんです。それをしないためには、お互いをさらけ出すのが一番なんですよ。だから、娘さんと一緒に治療を受けにいくつもりで、一緒に生きていけば、分かち合えるのではないでしょうか。」

美子「私、、、。」

杉三「そんな苦労話はここでしなくていいよ。それを聞かせてやる人はそこにいるもの。」

美子の目つきが変わる。

美子「そうですね、、、。」

杉三「二人三脚でさ!」

美子「わかりました。じゃあ、私、娘を連れて帰りますから。」

と、娘が待っている、居室に向かって歩き出していく。


遠くで、また咳の音。蘭はそれを心配そうに見つめていた。












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