杉と蘭のシリーズその参
増田朋美
記憶
記憶
蘭の家。
お茶を飲んでいる蘭と杉三。と、市内からのマイク放送が鳴る。
放送「今日は、東日本大震災が発生した日です。ただいまから、」
蘭「もう、なんでこんな時に、、、。」
と、杉三の方を見る。みるみる涙を流していく杉三。
蘭「あのね杉ちゃん、いくら泣いたって、僕らには何もできないんだからね、」
杉三「そうだね、、、。」
と、両手で顔を覆って泣き出す。
蘭「ほら、またなく!」
杉三「あのときは、いろんなものが流されて、みんな壊されて、みんな汚かったねえ。」
蘭「ちょっとまって、みんな汚かったって、どういう意味なんだよ。」
杉三「政治家の人。でも、もしかしたら、ああいう人の本性が出たのかもしれないね。口できれいごとばっかり言っていざとなると何もできなくなるよね。あの時は、本当に笑えたよ。
あんな立派な建物に住んでる人が、みんなかなわなかった時だもの、すごく面白かった。本当に。」
蘭「杉ちゃんの感覚はわからないな。」
杉三「もう、何年たつのかな。」
蘭「六年。」
杉三「へえ、それだけか。」
蘭「いや、長かったと思うよ。」
杉三「ううん、長かったというのはね、百年以上たってからのことを言うんだよ。」
蘭「大丈夫かなあ、また変なことを言わないでくれ、こっちは困るだけなんだから。」
杉三「今でも、苦しんでいる人はいっぱいいるさ。偉い人はそれに全く気付かない。日本死ねという言葉は、こういう人にいう言葉だ。」
蘭「わかった、頼むから今日一日は出かけないでここにいてくれ。」
回想、ある公園。
演説者「つまり、この国の政治家は、嘘ばかりついております。この間の大地震の大地震があった時に何もできなかったのです。ですからいまこそ、わが党は、政権を取り戻さなければいけません。そのためにどうか清き一票を!」
杉三「みんな騙されないで!」
演説が止まる。
杉三「みんな騙されないで!この人は、何もわかってないんだよ。ただ、自分が議員になってお金をたくさんもらいたいだけで、こうしてかっこいい肩書をたくさん並べてるんだ。それだけなんだよ!みんな、それに騙されちゃいけない!こういう人こそ本当に悪人だ。みんな、政権奪還なんて語らせないで、悪人をやっつけよう!」
蘭「杉ちゃん!」
演説者「今何と言った!」
杉三「いうのはこっちだ。嘘ばっかり言わないで、被災した人たちの気持ちを考えろ!家族を亡くした人の悲しみも、故郷に帰れない人の怒りも、考えろ!そんなことも考えられないで、だた議席獲得のために、そうやって口ばっかり言ってみんなをだまして、、、。」
演説者「そういうのは、公職選挙法に、」
蘭「すみません、本当ごめんなさい、家に帰って黙らせますから、どうかこれだけはみのがしてください。お願いします!」
演説者「警察を呼べば逮捕できるんだぞ、」
杉三「逮捕されるのはそっちだろ!」
演説者「警察を呼ぶぞ!」
杉三「警察も偉い人とつながりがあるんだから同じ人だ。お前はうそつきだ!」
蘭「いい加減にして!僕が代わりに謝りますから、みのがしてください。この人、自閉症です。」
演説者「自閉症?」
蘭「そうなんです。だから僕が、こうしてついているんです。」
演説者「なんだお兄さんか。」
演説を聞いていた人も、なんだという顔をしている。
蘭「皆さんすみません、本当にすみません。」
と、わざと車いすを降りて土下座しようとする。
女性「もういいじゃない。許してあげましょうよ。」
演説者「仕方ない、、、。」
蘭「すみません、許してください、お金はいくらでも払いますから。」
と、演説者に一万円を手渡す。
女性「自閉症の人は、視点が違うのよ。それに、まえに学校訪問に行った時もいたじゃないの。それと同じなのよ。」
演説者「そうか、、、。」
女性「そうよ、ほら、、、ね。」
と、演説者に耳打ち。
演説者「まあ、今日のところはかえって良い。二度と来ないように。」
女性「だから、もう少し優しく。」
蘭「すみません、許してください。本当にすみません。」
女性「お兄さんも大変ね。」
杉三「僕は、蘭の兄弟ではないよ。友達だからね。」
女性「すごいわね、家族でなければ、体も不自由なのに世話はしないわよ。」
蘭「ほかに、彼を何とかする人はいませんから。」
女性「ほら、勉強のつもりで、あなたも何か言いなさいよ。」
演説者「そうだな。まあ、今日のところは許してあげよう。もうすこし、社会勉強をしようね。」
蘭「はい、わかりました。もう帰りますから、気にせず演説を続けてください。さ、いくよ杉ちゃん。」
杉三「でも、」
蘭「(スマートフォンをとって)もしもし、タクシー一台お願いします。えーと人数は二人です。ええ。じゃあ、よろしく。すぐに来てください。すぐに帰りたいので。」
杉三「待ってよ、蘭。」
蘭「これ以上いうと、拘束頼むよ。あるいは、今から入院する?そうしたら、どうなるかわかる?」
するとそこへタクシーが来て、二人を黙って乗せていき、その場を離れることに成功する。
回想、おわり。再び蘭の家。
蘭「杉ちゃんは、覚えているのかな。あのこと。」
杉三「相変わらず、偉い人は、嘘ばっかりついているんだよねえ。」
蘭「時はたっても、杉ちゃんだけは変わらないのか。」
杉三「蘭、買い物行こう。」
蘭「まって今日は、、、。」
杉三「カレールーがないから、買ってこないといけない。」
蘭「大丈夫かなあ。」
杉三「カレー、作らなきゃ。」
蘭「まあ、行ってみるか。もう、地震発生時間はすぎたしね。」
スーパーマーケット。買い物をしている二人。
蘭「じゃあ、一番大きいお金を、レジに出してきて。わかる?」
杉三「どれ?読めない。」
蘭「あの、着物を着ているおじさんが書いてあるお札だよ。」
杉三「これ?」
蘭「違うよ、それは五千円。」
杉三「ええ、、、?買えないの?」
蘭「そうだよ。」
杉三「なんで?」
蘭「これは、足りないんだ。」
杉三「足りないの?」
蘭「こっちのお札じゃないと。」
杉三「怖いよ。」
蘭「大丈夫!だから、この大きなお札を出せばいいんだ。」
声「あの。」
後ろを振り向く蘭。一人の若い女性が立っている。
女性「大丈夫ですか?」
蘭「あの、あなたは、」
女性「熊田と申します。熊田真紀子です。」
蘭「どんな職業の方ですか?」
女性「今、働いてないんです。でも、お二人のことは覚えていたので。」
蘭「覚えていた?」
真紀子「ええ。六年前、公園で演説していた議員の人に、つかみかかっていったのを思い出して。そちらのかたが、議員さんに騙されるなって言っていたから。」
蘭「待ってください。六年もたっているのに、なぜ覚えているんです?あなたは、何者ですか?」
真紀子「ああ、やっぱり、働いてない人間は、だめですね。」
杉三「僕のことを覚えていてくれたの?」
真紀子「ええ、あなたが嘘をついているって、いっていたけど、それ、私本当なんだなって思ったんですよ。本当はお話ししてみたかったけど、すぐ帰ってしまわれたから。それに、その格好でわかりますよ。車いすに、その大島紬。」
蘭「そうか、それがあったか。杉ちゃんはいつも、黒大島しか着ないし、」
真紀子「それに、麻の葉柄。」
杉三「わかってくれてありがとう!友達だよ!僕は影山杉三。こっちは伊能蘭。よろしくね。」
蘭「杉ちゃん、君って人は、えらいんだか馬鹿なのか。でも、真紀子さん、なんで彼の発言に感心したんです?もしかしたら、公務執行妨害になったかもしれないのに。きっと奥様だったと思うのですが、ああして親切にしてくれなかったら、僕たちは刑務所に入っていたかもしれないのに。」
真紀子「いえ、ああいってくれて、すごいなと思ったんですよ。だって、私たちは、偉い人に従うしかないでしょ。それが、ああして不祥事ばっかりしているんですから。それでは日本はいつまでたっても発展しないわけですよ。私、働いていないけど、よくわかります。」
蘭「ちょっと待って。あなたは、その顔から判断すると、二十代ですよね。仕事に勉強に打ち込んでいる時期なのに、そんな発言をするなんて、やっぱり、何かわけがあるのでしょうか?」
真紀子「ええ。私、こう見えても障碍者です。」
蘭「障碍者?僕たちみたいに、車いすに乗っているわけでもないのに?」
真紀子「ええ。そっちのほうじゃありません。精神のほうです。統合失調症。働けないんですよ。」
蘭「それ、大っぴらに言ってはダメですよ。僕たちもそうだけど、障害というのは、決して役に立つことはしません。だから、」
真紀子「そうなのかもしれないけど、私は、公表することにしているんです。偏見のある人はそういえばいいし、批判的にとる人は、批判すればいいのです。だから、それで。」
蘭「そうですか。でも、あんまり口に出して言わないほうがいいと思いますよ。」
真紀子「ねえ、お茶していきませんか?もちろん、お時間がなければそれでいいですけど。」
杉三「いいよ、行こう。」
蘭「杉ちゃん。」
杉三「お茶じゃなくて、人があまり来ないところでも、きれいなところにいこう。」
蘭「そんなのあるわけが、」
杉三「ある。」
と、勝手に車いすを動かし始める。
蘭「待てよ、どこへ行くんだよ。」
杉三「うちへ来てもらって、カレーを食べてもらうの。」
蘭「ああ、またそれか。」
と、頭をかいてついていく。
杉三の家。
杉三「カレーができましたよ。はいどうぞ。」
真紀子「いただきまあす。」
と、カレーを口にする。
真紀子「おいしい!」
杉三「ありがとう。今日は女性の方だから、辛さを弱くしたんだ。」
真紀子「細かい配慮ができるのね。」
杉三「まあ、僕は馬鹿だからね。」
蘭「そうやって、普通に会話ができるのだから、統合失調症には見えませんね。」
真紀子「まあ、よく言われますね。でも、怒りのコントロールが自分でできないから。」
蘭「いかりのコントロール?」
真紀子「ええ。引き金のようになって、周りに迷惑をかけてしまうので。」
蘭「でも、それを口にできるのなら、統合失調症とは言えませんよ。本当にそうなら、怒りをコントロールどころか、人に迷惑なんて自覚できないのですから。」
真紀子「まあ、そうかもしれないけど、いろんな人がいますから。」
蘭「いや、そうじゃなくて、もったいないと思うんです。まだ若いのに。なんで統合失調と?」
真紀子「ああ、あの地震の時なんです。」
杉三「誰かを亡くしたとか?」
真紀子「いえ。そんなんではありません。だって、この静岡では何も揺れなかったでしょ。ただ、大学受験に失敗して、何もしていなかったんですけど、地震のニュースを見て、高校時代に言われてきたことが、本当だったのかと、思ってしまって。」
杉三「何を本当だと思ったんですか?」
真紀子「ええ。私、大学受験するとき、国公立大学へいけば、災害を免れると教わっていたんですよ。で、あの地震があったとき、本当にそうなってしまったのかと思ってしまって。いくら忘れろと言われても、できないんですよね。」
杉三「ああ、やっぱり、偉い人ってバカですね。そうやって、自分の目標だけのために、そういう変な手段でおかしくするんだ。僕の観察眼は、間違いじゃなかった。」
蘭「つまり、マインドコントロールということですか。」
真紀子「そうなんですよ。でも、人間は不思議なもので、三年だけしかそこにいなかったのに、いつの間にかそういう風に私も考えてしまうようになってしまうんですね。高校に入る前は、通過点だから大したことないと思いますけど、いつの間にか、いうとおりにしなきゃいけないって思ってしまうようになるんですね。それがあまりにも苦しくて、自分のなかで処理できないんです。みんな、もう大人になったからと言って、わすれて前へ進めと言われますけど、私、どうしたらよいのか、わからないんですよ。その時にあの地震があったから、本当にそうなってしまったんじゃないかとおもってしまって、、、。」
蘭「なるほど、、、。ちなみに高校は、進学校ですか?名門の公立学校とか?」
真紀子「いえ、その逆です。いわゆる教育困難校。すくなくとも今はそうです。まあ、十年前だったら、名門といえたかもしれませんが、近くに私立の高校ができたから、それからはもう。だから、生徒も悪い人しかいません。みんなそれで普通だといいますけど、私は勉強しに来ているのに、まるっきりしようとしない人の心情が理解できなかったですね。それなら学校に来なければいいじゃないかと考えましたけど、先生も生活しなきゃなりませんから。まあ、授業が始まるのに三十分。信じられますか?」
蘭「ああ、わかりました。名前は言わなくていいですよ、それを聞いたらね、なんとなくわかります。僕も、仕事柄、そういう子を見たことありますからね。あなたは勉強は嫌いではなかったでしょ。」
真紀子「ええ。必要だと思ってましたよ。大学行くのには、高卒資格がないといけませんもの。でも、勉強をしない人たちのほうが多かったですから。私以外にスカートを切らない人は、ほかにいたかもわかりません。」
蘭「なるほどね。つまり、地震というよりも、そこへ行って、おかしな教育を受けたから病気になったんだ。」
杉三「きっと、そういうのはね、君が早くそのつらさから出てほしいと、君自身がそう言っているんじゃないかなと思う。怒りというのはね、悪いもんだといわれるけれど、それは間違いだと思いますよ。それはね、君が君に言いたいんだと思う。だから、他人が似たようなことをすると、怒りが出るんじゃないのかな。僕は名前を付けるのが嫌いです。でないと、それのせいで、生きてるのがつらくなりますから。」
蘭「杉ちゃんらしい答えだ。本当に、持っていくことが違うよ。」
杉三「だからね、他人に迷惑をかけるから入院してくれでは困るんです。必要なのは、ちゃんと言えることではないかと思うんだ。」
蘭「杉ちゃん、君って人は、本当にそういうことはすごいんだねえ。なんでそんな解釈ができるんだ?君も人に迷惑をかけるのにさ。」
杉三「だから僕、口にしないで我慢するのは嫌いなんだ。だから偉い人も嫌いなんだ。」
真紀子「すごいわ。誰もそんな発想してくれる人はいませんよ。だってみんなほかの人のことを考えてしまうもの。迷惑かけてしまったとか、悪いことしちゃったとか、そっちのほうしか頭に浮かんでこないもの。それに、勉強しかやらなかったから、何をやりたいかなんて思いつかないわよ。」
杉三「逆に僕は、そういう考えはできないよ。」
蘭「なるほどね。」
真紀子「杉三さんってすごいのね。そういう発想はなかなかよ。私、何年かかったら楽になれるのか、不安で仕方なかったの。でも、一つのヒントをもらったみたい。」
杉三「杉ちゃんでいいよ。そうやって、勘定するのも嫌いだよ。それに、僕は勘定はできないよ。」
真紀子「できないからこそ、そう考えられるんだと思うわ。」
と、真紀子のスマートフォンがなる。
真紀子「ごめんなさい。母から呼び出しが出ちゃった。もう帰るわ。」
蘭「すみません、用事でもありましたか?」
真紀子「そうじゃないけど、もう、晩御飯の時間だし。ここではタクシーは呼んでもらえますか?私、車の免許がなくて。」
蘭「そうか、そういえばそうですね。じゃあ、僕が一台お願いしますよ。」
と、スマートフォンをとって、電話する。
蘭「すぐ来るそうです。五分ぐらいで。」
杉三「また来てね!きっとだよ!」
真紀子「ええ、来させてもらうわ。」
杉三「ありがとう!」
数分後にタクシーがやってきたので、真紀子はそれに乗って帰っていった。
数日後、蘭の家。
アリス「蘭、電話よ。また新しいお客さんよ。」
蘭「あたらしい?どんな人?」
アリス「出てみればわかることでしょうが。」
蘭「そうだね。」
と、受話器を取り、電話に出る。
蘭「はい、お電話かわりました。あの、どちら様ですか?」
声「あの、彫たつ先生、お願いしたいんです。」
弱弱しい女性の声である。
蘭「お願いって、ああ、刺青ですか。僕は和彫りしかできないけど、それでよければ。」
声「ええ、かまいません。」
蘭「それに、マシーン彫りはやらないので、ほかの方より時間もかかりますし。」
声「かまいませんよ。だって、そのほうが文化的な価値も高いですから。私は、日本には日本の技術が必要だと思いますので。私、先生の住所は、タウンページで調べました。ちょっと遠いけど、大体わかります。」
蘭「へえ、今時珍しい。若い女性で、マシーンではできないといいますと、みんな驚いて馬鹿にするのが常です。じゃあですね、一度うちの仕事場に来ていただいて、何を彫りたいのかとか教えてくれませんか。僕も歩けないので、うちへきてもらう形になります。お名前、伺っていいですか?」
声「ええ、斎藤史です。歴史の史と書き、あやと読みます。」
蘭「わかりました。あやさんね。じゃあ、いつ頃お見えになりますか?」
声「今日の午後あたりいかがですか?」
蘭「また気が早いですな。まあ、いいですよ。どちらにしろあいてますので。」
声「一時でどうですか?」
蘭「わかりました。」
といって、蘭は時計を見る。あと三十分で一時になる。
声「じゃあ、今から向かいますから。」
蘭「あ、わかりました。じゃあ、準備して待っています。」
声「よろしくお願いします。」
と、電話は切れる。蘭も受話器を置いて、メモ用紙に、「斎藤史さん、新しいお客様」と、メモ書きする。
一時になった。
蘭「悪いけど、これからあたらしいお客さんが見えるから、ご飯の片づけをしておいてくれ。」
アリス「いいわよ。ただ、あんまり無理はしないでね。」
蘭「うちの住所を、今時タウンページで調べるなんて、もうかなりの高齢かと思ったよ。」
アリス「若い子だったら、スマートフォンで調べるわよね。」
蘭「いや、声の口調からだと、若い女の子だぞ。」
アリス「ええ?なんかずいぶん老けてるわね。」
と、インターフォンが鳴る。
蘭「どうぞ、あいてますよ。」
声「は、はい、、、。」
と、ガチャン、と玄関のドアを開ける音。蘭も、車いすで玄関先へ移動する。
蘭「えっ、、、。」
そこにいたのは、一人の女性である。しかし、どこか若すぎる気がするのだ。化粧もしているし、服装も会社員の服装なのだが、その目は明らかに、そうではないことを示していた。
蘭「斎藤史さん?」
史「ええ、そうです。斎藤史です。」
蘭「悪いけど、お年は?」
史「二十歳になったばかりです。」
蘭「違うでしょう?」
史「いえ、二十歳になりました。」
蘭「違うよね。本当は、高校生でしょう?」
史「学校には行ってないです。働いています。」
蘭「そうかもしれないけど、刺青は18歳以上でなければ彫れないと、法律で決められているし、僕も、彫ったらつかまってしまうので。免許証か、保険証とか持ってる?」
史「あ、はい。」
と、一枚のカードを差し出す。蘭はそれを受け取るが、目つきを変えて、
蘭「違うでしょう?これは、君のものじゃなくて、君のお姉さんのだ。」
史「でも、名前は私ですから、私のものです。」
蘭「いえ、ここに誕生日が、1991年と書いてある。今は2017年だから、君がもし二十歳だったら、1997年でなければならないはずだ。」
史「あ、、、。」
と、みるみる泣きそうになってくる。
蘭「そうやって、安易に彫りに来られてはこまるよ。やっぱり、どんなアウトローであっても、警察の世話にはなりたくないでしょう?きっと、何か苦しいことがあって、ここへ来たんだと思うけど、、、。」
史「それでは私は、どこへ行ったらいいんでしょうか、、、。」
と、うずくまって泣き出してしまう。
と、そこへ車いすの音がする。
杉三「蘭、ちょっと、行きたいところがあるんだけどさ、」
蘭「杉ちゃん!よりによってなんでこんな時に!」
杉三「こんな時って、単にスーパーマーケットがやっているからじゃないか。」
と、玄関の中に入ってきて、
杉三「この人は?」
蘭「それは、その、、、。」
杉三「どうしたの?僕は馬鹿だから何でも聞くよ。」
史「あなたは?」
杉三「影山杉三です。蘭の大親友なの。あきめくらの、ただの馬鹿です。」
史「本当に、聞いてくれますか?」
わらにもすがろうとする態度だったので、蘭は苛立ってくる。
蘭「もう、ここじゃなくて、杉ちゃんの家に行ったほうがよさそうだ。」
杉三「僕のうちに来てくれませんか?おいしいものだったら、僕が作るから。」
蘭「こうなったら杉ちゃんに任せるよ。」
杉三「じゃあ、行こう。」
と、史の肩に手をかけてやる。
史「はい。」
と、泣きながら車いすの杉三の後をついていく。
杉三の家。
杉三「はい、ありあわせで作ったカレーだけど、食べて。食べ物があったほうがお話もしやすいでしょうからね。」
と、テーブルに座っている史の前に、キーマカレーを置いてやる。
史「いただきます、、、。」
と、スプーンをもって食べる。
史「おいしい、こんなカレー食べたことない、、、。姉にも食べさせてやりたい。」
杉三「ああ、泣かないで。君は、お姉さんがいたんだね。」
史「ええ。もう、逝ってしまいましたけど。」
杉三「逝ってしまわれた?だって、まだ、若いでしょう、君くらいの年なら。」
史「ええ、そういわれるんですけど、この前の大地震で、」
杉三「ああ、先は言わなくていいよ。大体わかるから。」
蘭「なるほど。つまり、お姉さんの保険証を使って年をごまかして、刺青を入れようと思ったんだね。たまに未成年者がそうやってくることがあるって、そういえば聞いたことがあった。君、本当はいくつ?」
史「十六です。」
蘭「それでは立派な未成年者だ。しかも故人の保険証は、もう無効なのに、それを所持しているなんて、犯罪になってしまうよ。」
杉三「蘭、少し厳しすぎるよ。彼女には、何かわけがあったんだ、それを聞いてやろう。なんでもいいから、話してごらんよ。」
史「ええ、あの大地震があったとき、私は、まだ十歳だったんですが、、、。」
蘭「ああ、君は東北に住んでいたのか。」
史「いえ、福島です。」
蘭「そういえば、、、。」
杉三「原発はいらないよ!それを言いたいんだろう!」
史「え、ええ、、、。」
杉三「そうかそうか、わかった。本当につらかったね。でもね、僕も蘭も、何も怖い人ではないから、思いっきり君の悲しみ、いや、怒りといったほうがいいのかもしれないね。それを話してごらん!なんでも聞いてあげる!」
史「姉は原発事故の影響をもろに受けてなくなったのです!そして、私たちが住んでいるところは放射能がたくさんのこっているから危険だとして、私たちは、この街に避難してきました。私は、この近所の小学校に通いましたが、ものすごいいじめがあって、放射能が移るとか言って、からかわれて、先生も何も対処してくれなくて、学校に行けなくなりました。中学校に進んだけど、ほとんど通ってないんです。高校受験もする気になれなくて、今は家にいるんですが、生きているのも、もう嫌で、せめて強くなりたいとだけは思って、お願いしに来ました。いじめたやつらをどうしても、怖がらせてやりたかったのです。どうしてどうして、私は、わかってもらえないのでしょうか!」
蘭「なるほど、それで僕のところに電話をかけてきたんですね。でも、刺青を怖がらせる道具にはしないでもらいたいな。本来その目的ではありませんから。」
杉三「かわいそうだったね。つらかったね。本当なら嘘つき政治家に、今の言葉を聞かせてやりたいよ。それこそが、真実ですもの。みんな、ふたをしてごまかして、偉そうにしているだけだもの。真実ってのは悲しみでできているようなもんだから。」
蘭「杉ちゃん、あんまり同情するなよ。僕たちも、何もできないんだから。偉い人でなければ、決められないんだから。」
杉三「それは余分。なあ、史さん、今一体何が一番ほしい?」
史「話を聞いてくれる人がほしいです。具体的にどうしろというアドバイスもたとえ話も嘘が染みついていますから、それを一切抜きで、、、。」
蘭「そういう人はいないんじゃないのかな。もし、同じ原発事故の話を聞きたいなら、チェルノブイリに行くしかないかもしれない。僕らも、君の気持を、本当にわかることは、できないと思います。偉そうなことになってしまうけど、誰も、味方なんてないのが人間社会ですから。それに、」
杉三「いや、いる!」
蘭「何を言っているの杉ちゃん!」
杉三「あの人だ!彼女なら、わかってくれるかもしれない!」
蘭「誰のことだよ。」
杉三「熊田真紀子さんだよ!」
蘭「でも、どうやって彼女をつれてくるの?」
杉三「精神科に行けばいいじゃない。彼女がかかっている病院に。富士では精神科は少ないんでしょ?」
史「精神科、ですか?私、何回もお世話になったけど、先生と相性があわなくてやめてしまいました。」
杉三「それは、先生だから悪いんだ。もっと他に聞くのが上手な人はいるはずだ。蘭、タクシーとって。そして三人でいってみよう!彼女は、家族にもあまりよく思われていないようだから、きっと入院しているはずだよ。精神科ってそういう病院だからね。」
蘭「しかし杉ちゃん、」
杉三「早く!」
蘭「しかたないなあ、、、。」
と、スマートフォンをとってタクシー会社に電話する。
タクシーの中。
史「私たちはどうなってしまうのですか?一体私はどこへ?」
杉三「ここで一番新しい精神の病院はどこ?」
運転手「ああ、高山かな。」
杉三「じゃあ、そこへ。」
蘭「なんで高山なんだ?」
杉三「うん、入院するなら鉄格子があるような古いところではなく、若い女性だからきれいなところに行きたがると思うんだよね。」
蘭「なぜそう思うの?」
杉三「わからない。」
運転手「じゃあ、とりあえず、高山病院に向かってみますか。」
杉三「うん、じゃあ、急いでね。」
運転手「まいど。」
と、タクシーを動かし始める。
高山病院。何か異常な空気を醸し出している建物の前でタクシーは止まる。杉三たちは、運転手にてつだってもらって、病院に入る。
杉三「すみません、こちらに、熊田真紀子さんという方はおられますか?」
受付「失礼ですか、ご家族の方ですか?」
杉三「友人です。」
受付「ご家族以外の方は面会できないのですが、」
杉三「じゃあ、会わせてください。」
受付「だから、家族以外とは、」
杉三「でも、家族以外というんだから、いらっしゃるんでしょ?どうしても、やってほしいことがあるんです。」
受付「やってほしいこと?」
杉三「ええ。同じ悩み苦しむ者同士としてです。」
そこへ、男性の医師がやってくる。
医師「連れてきたらどうですか?」
受付「先生、何を言っているんです?このひとたち、変な人たちですよ。熊田さん、この前も大騒ぎを起こしたばかりじゃないですか。」
医師「彼女がそのくらい悪いということを見せたほうが、こういう人には、わかるでしょう。」
受付「ああ、そうですか。わかりました。じゃあ、五分だけですからね。ここで待っていてください。」
受付は、医師と一緒に、席を立ち、病棟のあるエレベーターに向かう。
数分後
受付「ほら、つれてきましたよ。いいですか、これだけ悪い状態なんですから、用事がすんだら帰ってくださいね。」
と、看護師に連れられた、真紀子がいきなり泣き出す。
受付「やっぱり、もどりましょうか?」
真紀子「いえ、やめてください。ここにいさせてください!」
受付「真紀子さん、そういうところが妄想なのよ!」
真紀子「いえ、彼女が、なぜここに来たのか、私、なんとなくですけどわかる気がするんです。きっと、何か悲しいことがあったんでしょう。私は、そういう人を見かけると、そばにいてあげたいっていう感情が自然に湧き出してしまうんですよ。だけどそれを、みんな妄想と言って、やめろというけど、私はどうしてもやめられなくて、仕方なくここの病院にいるようなものですから。ねえ、あなたは、どんな経歴のかたですか?」
と、同時に、史も彼女の顔を見て、普通の人ではないことが分かったらしい。
史「ええ、私は原発のせいで、この街にきて、すごいいじめを受けて、もう誰にも理解してもらえなくて、死のうと思っているんです!」
真紀子「そんなこと言わないで。私も、何十回もそう思ってきたし、家族にだって家においておけないからって、ここにいるの。本当に、寂しいのはつらいことよね。私も、あんまりにも寂しかった。高校行ったけど、何も得たものはなかったわ。本当ならわたし、あなたを私の学校に連れていきたいくらい。だって、試験の点数が良ければ、震災を免れるってどう考えても嘘だもの、それを教えてやりたいのよ、あの教師に!」
史「教師が、そんなことを言うなんて、私たちは見世物なんかじゃないわよ!」
真紀子「そうよ!そう思ってる。でもね、みんな信じてるのよ。信じさせるのよ!教育困難高ってのは!私を、国公立大学にいかせるために!みんな、何も感じないのよ、あんな大きな地震があって、それを国公立大学へ行かせるネタにするなんて汚いにもほどがあると思うわ!あなたの顔を見ればよく分かる!ええ、私は間違ってない!あれは高校が、ただ、名をあげるだけの手段に過ぎなかったんだわ!あなたの顔を見たらすごくよく分かった。でも、悲しいことにね、地震でどれだけ悲しみを抱いているのか、ああいう学校では何も教えないで、それより国公立大学に何人入ったかだけしか、見ないのよ!」
看護師「真紀子さん、病棟に戻ってお薬のもうか?」
史「ありがとう、そういうことをいってくれるひとが、この街にもいたなんて、信じられないわ。こうして怒ってくれたひとは初めてよ。きっと、私たちのことなんて、遠く離れたこの街では、嫌がらせの材料にしかならないと思っていたけど。でも、こうして、優しい人もいてくれるんだって思えば、私、心置きなくあの世へ行ける。」
真紀子「そんなことないのよ。私、ここから出れたら、ずっとあなたのそばにいてあげたいくらい。ずっと、あなたの話を聞いてあげたい。だって、こんな大地震を政治にしろ教育にしろ、みんな自分のカバンのための道具にしてしまうのよ!なんていう汚いことなのかしらと私は思ったわ!でも、悲しいことに、それを口にしていると、ほかの人は迷惑がって、こうして、こんな病院に、いれてしまうものなのよね。本当は、わたし、あなたのそばにいたい。あなたを、慰めてやりたい。そして、あなたが、本当のことを語っていくことを助けてあげたい。」
医師「そうかそうか。そう思っていたのか。君がそんな優しい心を持っていたなんて、信じられないくらいだ。」
杉三「本当はね、これを伸ばしてあげるほうが、一番なんですけどね。みんなつぶそうとしてしまうんですね。被災者は、史さんだけではありません。真紀子さんだって、被災者なのです。」
真紀子「ねえ、逝ってしまおうとしているようだけど、もう少しまってくれないかしら。」
史「待つ?何をですか?」
真紀子「私、まだ治療が必要だと思うの。だって、今だって、こうして騒ぎ立ててしまうでしょ。それは、いけないとおもうのよね。私、ここから出られたら、かならずあなたのところに行くから。そうして、いろんなところに行きましょうよ!そうすれば悪い思い出も、忘れられるわよ!」
史「真紀子さん、、、。」
真紀子「誰も、受け入れてはくれないって、思っているようだけど、私もずいぶん苦しかった。誰かの助けになれたら本望よ。それに私は、点数を取るためじゃなくて、自分が必要とされて、生きがいを持てるんだと思うの。だから、会いに来てほしいな。記憶って、どうしてもとれないから。それに対処するなら、新しい出会いしかないわ。」
史「本当にありがとう、、、。」
真紀子は、史を力いっぱい抱きしめた。
看護師「しかし、真紀子さんは、なぜ、彼女が被災した人物であることがわかるのでしょうか。」
医師「いや、それは、私にもわかりません。おそらくですけど、真紀子さんは、カウンセリングなどには才能があるのかもしれない。それを見つけ出すことができない教育環境にいたんでしょうな。この二人が、こうして引き合わせてくれなかったら、真紀子さんは、一生病院から出れなかったかもしれませんな。そう考えると彼らに感謝するべきでしょう。」
杉三「いいんだよ、僕はただの馬鹿だから。」
医師「いや、医者の私たちにも、できなかったことです。本当にありがとう。」
杉三「いいんですよ!」
いつまでも抱き合い、お互いに泣きあっている、真紀子と史を誰も止めようとするものはなかった。
医師「きっと、二人は素晴らしい記憶を、持ち続けることになるんでしょうな。」
どこかで、夕方の鐘が鳴った。
数日後。
「カウンセリング講座」と書かれた張り紙がしてある教室で、真紀子と史は二人そろって勉強をしているのだった。
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