カナリア
杉三の家。美千恵はまだ帰ってこない。留守番をしている杉三は、一人で着物を縫っている。ラジオから、パッヘルベルのカノンが流れ出たので、思わずはじめから終わりまで口ずさむ。
すると、そとから拍手がおこる。
杉三「なんですか、蚊でもいたんですか?冬なのに。」
と、窓をあけると、一人の女性が立っている。まだ若い女性だが、厚化粧のせいで、どぎつい女性であった。
女性「はじめまして、私、こういうものです。」
彼女は名刺を差し出す。
杉三「こんな小さな紙切れ、もらっても仕方ありませんよ。」
女性「それが、仕方なくないかもしれませんよ。よく名刺をみてください。」
杉三「僕はあきめくらだから、読めないのです。」
女性「あきめくらなんて、わざわざ差別用語を使う必要はないわよ。ディスレクシアってちゃんと認識されている時代なんだから。」
杉三「じゃあ、読んでください。」
女性「城田明子。しろたあきこよ。職業は、音楽プロデューサー。」
杉三「なんですか、それは。」
明子「歌手のひとに、歌う曲を作るのが仕事よ。」
杉三「はあ、そんなひとが何で、僕に声なんかかけるんですか?」
明子「ええ、あなた、ディスレクシアでなかなか前向きになれないんじゃない?」
杉三「目は後ろにはすすめません。」
明子「あのね、前向きに生きてみない?」
杉三「だから、前向きにいきてますよ。目は、後ろに進めないとさっきも言いましたけど。」
明子「感づくはずなんだけどな。そこまで歌う才能があると。」
杉三「あきめくらのただの馬鹿に、才能なんかありませんよ。」
明子「じゃあいうけど、パッヘルベルのカノンをそうやって綺麗に歌える人は、なかなかいないわよ。その能力を、せっかくなんだから、みんなに聞いてもらおうとおもわない?」
杉三「思いません。勝手に口ずさんでいるのが、一番いいからです。」
明子「あなた、気がついていないのね。ご自身の能力に。この際だから、CD出してみない?たくさんの人の心に響くはずよ。」
杉三「そんな能力はありませんよ。」
明子「じゃあ、うちの事務所にいまから行こうか。」
杉三「は、はい。」
と、杉三は急いでラジオをとめ、玄関に出て、明子のいる外へでる。
明子は彼の車いすにてをかける。
杉三「あ、短時間なら自分で。」
明子「いえいえ、今は福祉の時代よ。」
杉三「そうですか。じゃあ、お任せします。」
明子に押してもらいながら車いすで移動する。目の前に軽自動車が1台あり、明子は慣れた手つきで彼を車いすごと乗せる。車の窓には、黒いフィルムが貼られ、外は、何も見えない。車は、商店街を抜け、小さな建物にいきつく。表札には大根とかいてあり、庭にリンゴの木が植えられていた。
明子「ここよ。個人の家だけど、一つ余っている部屋があって、そこを録音スタジオにしたり、ミニライブやったりするの。」
と、彼を六畳ほどの部屋に連れていく。そこには、小サイズのグランドピアノがある。
杉三「僕はピアノも、何もひけませんよ。古筝なら下手くそだけどひけますが。」
明子「ちょっとまってて。上のひとをつれてくるわ。」
と、階段を上っていく。二人の人物の声が聞こえてくるが、一般の人には何を話しているのか不詳である。
数分後、先程の明子と、もう一人の女性が降りてくる。
女性「はじめまして、私は柳川恵子といいます。この、レコード会社の取締役です。」
杉三「会社名は?」
恵子「大根。」
杉三「なんですか、それは。」
恵子「マイナーレーベルだから、印象的にしたいのよ。ここは、自主製作の人が多いから。大根は誰でも食べれるでしょ?音楽もそうなってほしいという祈りをこめて。」
杉三「僕は、どうするんですか?」
恵子「自主製作で、パッヘルベルのカノンを録音して発売したいのよ。」
杉三「パッヘルベルのカノン?」
恵子「あなたは歌うだけでいいわ。他はできないだろうから。」
杉三「そうしてください。僕は古筝しかひけません。」
恵子「こうなると、伴奏をつくらなきゃダメね。明子ちゃん。つくれない?」
明子「簡単なものなら作れるわよ。なるたけなら、彼の声を生かすようにしたいわね。」
恵子「そうね。素晴らしいテノールよ。」
杉三「僕の声は、そんなにすごいんですか?他の人には気持ち悪いと言われていますが。」
恵子「気持ち悪いなんてとんでもない。素晴らしい声よ。じゃあ、明子ちゃん、はやく伴奏つくって、音源を彼のうちまで郵便で送ってちょうだい。」
明子「わかりました。」
恵子「じゃあ、手付金として、五万払ってくれる?」
杉三「五万なんて、どのお金なのか、わかりませんよ。」
恵子「一万円札はわかる?」
杉三「どれですか?」
と、持っていた巾着から、財布を差し出す。
恵子「これよ。」
と、一万円札を取り出す。
杉三「それですか。」
恵子「じゃあ、五枚あるから、いただいていいわね。 領収書かくわ。もし、なにかあれば、この番号に電話して。」
と、領収書をかいて手渡す。
ふすまを隔てた台所。一人の男性が、お茶を入れていた。恵子と明子のこえが聞こえてきて、彼は、耳を塞ぎたくなった。 さらに、杉三の声まで聞こえてきた。
男性「またやってる。」
一方、恵子と明子は杉三に、契約書を手渡していた。
杉三「僕は字が書けないので、サインはできません。」
恵子「拇の指紋でいいわ。」
と、杉三に朱肉を渡す。杉三は、それを受け取り、右手の拇を契約書につける。
恵子「ありがとう。大型新人さん。じゃあ、音源が届くのまっててね。」
杉三「もう帰ってもいい?」
恵子「いいわよ。明子ちゃん、また送ってあげて。」
明子「わかりました。じゃあ、帰りましょう。」
杉三は、明子に車いすを押してもらいながら、外へ出る。男性はそれをじっとみつめている。
杉三の家。杉三が戻ると美千恵が帰ってきていた。
美千恵「遅くまでどこにいっていたの?」
杉三「なんだか、僕の歌が発売されるらしい。」
美千恵「どういうこと?」
杉三「CDになるんだって。」
美千恵「どこかの会社?そういうことは、こちらでもかなり高いお金を払わなきゃいけないのよ。そんなお金なんてないわ。」
杉三「まず、伴奏音源が届くって。」
美千恵「お金を渡してきたの?」
杉三「五万だしてきた。」
美千恵「なんという会社?」
杉三「これ。」
と、領収書を手渡す。
美千恵「ちょっとかけてみるわね。」
と、それに書かれている番号をダイヤルする。
アナウンス「お掛けになった番号は、現在使われておりません。番号をご確認のうえ、もう一度お掛け直しください。」
美千恵「この番号、でたらめよ。」
杉三「そんなことないよ。実際、いってきたんだから。」
美千恵「いい、うまい話なんてないのよ。あんたは読み書きができないぶん、ひとを信じすぎる所があるから、気を付けなさい。すぐに、その話にのっていかないの。そういうことは、疑ってかかりなさい。」
杉三「二人とも、悪い人には見えなかったよ。」
美千恵「それがあんたの悪いところよ。早く悪い癖を直しなさい。今回はしかたないけど、こういうことは、大切なことなんだから、気を付けなさい!」
杉三「はい。」
美千恵「晩御飯を食べようか。」
杉三「はい。」
翌日、いつも通りに郵便はやってきたが、音源はこなかった。その翌日もこなかった。
杉三「郵便は?」
美千恵「来てないわよ。」
杉三「そうなんだ。明日かな。」
美千恵「その台詞、何回言えば気が済むの?」
杉三「何回でもいいよ。」
美千恵「こまったわね。送り主は何て言う人?」
杉三「城田明子さんという、音楽プロデューサー。」
と、電話をとる。
美千恵「もしもし、蘭さん?調べてほしいんだけど。」
蘭「はい、何を調べるんですか?」
美千恵「しろたあきこという人について調べてほしいの。杉三が、何だか騙されているみたいで。うちにはパソコンがないから。じつはね、」
蘭「わかりました。しばらくお待ちください。結果が出たらそちらに伺います。」
美千恵「悪いわね。よろしくお願いね。」
と、電話を切る。
数時間後、インターフォンがなる。蘭が血相を変えてやってくる。
蘭「いやはや、杉ちゃん、これは本当に危ないところだったね。あやうく、君のうちが、破産するかもしれなかった。2ちゃんねるなんかで調べたけれど、城田明子と、その姉の柳川恵子は、選ばれたと思わせて、登録料なんかを騙しとる悪人だったんだよ。サインをしたら、しつこくつけ回されて、PTSDに為った人までいるらしいから。君は、指紋を押しただけの契約だから、まだよかったかもしれない。」
杉三「あの人は、悪い人じゃない。そんなような顔じゃなかった。」
蘭「杉ちゃん、君は文字がないから、顔つきで判断するしかないと思うけど、顔つきだけで百パーセント善人ということは、絶対にないよ。それを知っておかなくちゃ。」
杉三「そんなことないよ。二人とも、悪い人なんかじゃない!」
蘭「君はどこまでお人好しなんだ!あのね、君がお人好しでいられるのは、回りの人にかなり迷惑がかかっているゆえに成り立つのを、しっかり知っておいてもらいたいね!」
杉三「だったら、蘭の方がつめたすぎるよ。みんな、生活するだけで精一杯だと、君はいったよ。生活するので精一杯であるのなら、一生懸命やっているから、それでいいじゃないか!」
蘭「じゃあ、君は悪人まで善人というんだ。ほんとに、そういう思想、理解してくれる人なんて誰もないよ!君は、理解されずに、孤独になるよ!そうなったら、どうやって生活する?しっかりと、考えてからものをいいな!」
美千恵「すみません。もっと、しっかり厳しく仕付けますので。ごめんなさい。」
蘭「たまにわからなくなりますね。事実は事実ですが。」
美千恵「そうね。そこが個性だと無理やり思わなければいけないのが辛いところなのよね。」
杉三「そうだよね。あきめくらの人間なんかにてを貸してくれる人なんていないから。」
蘭「へえ、わかるのか。」
杉三「僕、いってくる。」
蘭「どこに。」
杉三「城田明子さんのところ。」
蘭「は?」
杉三「城田明子さんに、もう一度あって、確かめてくる。」
蘭「勝手にすればいいだろう!一人じゃなんにもできないくせに、もう、知らないから!」
杉三「じゃあ、行ってくるから!」
と、玄関から出ていってしまう。
蘭「杉ちゃんも困るな。」
美千恵「いいのよ、一度爆発すると、ああなるのは、昔からそうだから。蘭さん、いつもの、」
蘭「電話しましょうか。」
と、スマートフォンをダイヤルする。
一方、杉三の方はなんと、例の家を見事に探しあててしまった。と、いうのは、商店街の人たちが、愚痴をいっていたからである。
魚屋「あの人はこまるなあ。音楽家なんていうから、信用してみたけれど、この魚屋のテーマソングを作ったって売り上げは延びてはいない。」
杉三「へえ、それは誰のことですか?」
魚屋「城田明子と、柳川恵子という女だ。なんだか、親子なのか、兄弟なのか、よくわからないんだよなあ。柳川のほうは、既婚者のようだったんだけど、それは、本当なのかな。」
杉三「どこにすんでるんですか?」
魚屋「ああ、この商店街の突き当たりといった。車のまどには、黒いフィルムが貼られていて、何も見えなくなっていたが。」
と、となりの肉屋も声をかける。
肉屋「なんだ、お前のうちもそうなのか。うちにも来たぜ。」
魚屋「へえ、いつ頃?」
肉屋「先月来たばかりだ。なんとも、プロモーションビデオを作るといって、サンプルをくれるといっておきながら、よこさなかった。」
魚屋「それって、お金がかかった?」
肉屋「手付金で、五万払ったよ。」
魚屋「気を付けろ、お前が解約するといわないと、すげえ大金をとられるぞ。うちは、一月してから、請求書がきて、すごい大騒ぎだった。」
杉三「どこにすんでいるんですか?」
肉屋「どこなのかは知らないが、庭にリンゴの木があったのは、覚えているよ。」
杉三「庭番はいましたか?」
肉屋「どうかな。庭番を雇っているのかは、よく知らないが、リンゴの木はたくさんの実をつけていた。あんな悪人の家であるのを否定するかのようにね。」
魚屋「相当、大きな家だよな。」
杉三「屋根はなに色でしたか?」
肉屋「ああ、青だったかな。」
魚屋「瓦屋根では、なかったよな。」
杉三「ありがとうございます!」
肉屋と魚屋は、まだ愚痴をはなしていたが、スキをねらい、杉三は、商店街の中を通り抜けることに、成功した。
杉三「ここだ。このリンゴの木だ。」
確かにリンゴの木があった。実は鈴なりだ。剪定も摘果もしっかりとされている。健常者が手入れしても、ここまできれいにはならないのではないか、と、思われるほどだった。
顔をあげると
杉三「あおい屋根だ。」
インターフォンを押す。しかし、応答はない。
ドアの向こうでは、お茶をいれていた、あの男性が、ドアの方に近づくと、
明子「いいわよ、薫くん。どうせ訪問販売とかよ。」
インターフォンがもう一度。
声「訪問販売じゃありませんよ。」
明子「誰なのかしら。」
声「杉三です。」
明子「あら、ほんとに。」
恵子「大丈夫よ。自閉症なんだから、いくらでも打つ手はあるわ。」
それを見ている薫。
明子「あなたのためでしょ?」
恵子「不平をいうもんじゃないわ。」
薫「でも、」
恵子「わがままをいうのなら、全てばらしてもいい?」
薫「あ、、、。」
恵子「お通ししなさい。」
薫「杉三さん、どうぞ。」
と、ドアをあける。
杉三「あの、あなたのためというのは、なんのことなんですか?」
薫は、答えがでなくなってしまう。 黙って彼を居間につれていく。
恵子「これはこれは。よくいらしてくれたわね。」
杉三「ええ。商店街の魚屋さんと、肉屋さんに教えてもらいました。」
恵子「どこの商店街かしら?商店街は一杯あるわよ、この富士には。」
杉三「魚屋さんに、多額の請求書を送った商店街です。」
明子「魚屋さんに請求書ね。たしかに、うちでは、魚屋さんのCMもたくさんやってきたけど、どの魚屋さんにも請求書はおくったわよ。その中のどれなの?」
恵子「あなた、あきめくらなんでしょ?どれがその魚屋さんの請求書になるのか、わからないくせに、言わないでもらいたいわ。」
杉三「そうですか。」
恵子「わかったら、帰ってもらえないかしら。次の仕事もありますから。」
杉三「わかりません。薫くんのために、そういうことをしているのなら、薫くんにとっては、かわいそうすぎます。 」
明子「薫の?は、バカなことをいうのね。薫のためなんかじゃないわよ。それに、薫は、あたしたちからみたら、赤の他人だし。」
杉三「はい、他人は血も涙もありませんからね。だから、できるんです。」
明子「だからできる?薫に?あたしたちは薫の兄弟じゃないわよ。」
杉三「シンデレラみたいなものですよね、薫くんは。」
明子「シンデレラ!うまいこというわね。たしかに、薫は、母がつれてきた子で、あたしたちは父のつれ子。それが、どうかしたの?」
杉三「薫くんの養育費を稼ぐために、音楽を利用して詐欺をしているんだ、そうでしょ。薫くんは、なにか、異常でもあるのでしょう?」
明子「もう、言っちゃいましょうか?」
杉三「やっぱりそうなんだ。」
薫「やっぱり死んでおけばよかったんだ!」
杉三「薫くん、しっかり!」
薫「明子さんも、恵子さんも、そんなにジャマなのか、僕のこと!」
杉三「お姉さんとは、いわないんだね。」
薫「当たり前だ。お母さんを、僕から持っていってしまったから。」
恵子「しかたないじゃない。この世はあんたを中心に回ってるわけじゃないの!」
杉三「それで、みんなからお金をむしりとったんだね。」
恵子「ええ、奴隷がひとりいなくなった分、働いてもらわなきゃこまるでしょ。それができないんだから、ほんとに、邪魔ったらありゃしないわ!」
杉三「でも、どうしてなんですか?お金がひつようなら、他のことをすれば、それでいいじゃない。」
明子「他のこと?それどころじゃないのよ。もし、あたしたちが外へ働きにでもしたら、薫は、何もできなくなるじゃないの!」
薫「僕は、服も着れるよ、ラーメンも作れるよ、窓の明け閉めもできるようになったよ!」
恵子「そんなことだけで、生活はできない
のよ。」
明子「ほんとに、あたしたちはどうして他の人がやっているような幸せがもらえないのかしらね。みんな、仕事して、好きな子つくって結婚してさ。あたしたちは、一生弟の世話ががりよ!ほんと、あたしたちの親だってバカだわ。自分達は勝手に死んでいけるからいいけど、残ったものがどうなるか、考えてから、再婚してもらいたい!せめて空想では、仕事していたいのに、似たような障害を持つ男が、邪魔をしに来るとはね!」
薫は、わっと泣き出す。
杉三「いったい、何があったんです?なぜ、そんなにいかみあうというか、対立するのですか?」
薫「僕が、障害があったからだ。だから、二人が悪いことをしているんだ。」
杉三「障害?僕みたいな?」
明子「薫!いっちゃダメよ!」
薫「隠しても、杉三さんには通じないよ。僕は、はじめて明子さんと、恵子さんにあったときに、、、。」
回想、新築した自宅。はじめて家族五人で食事をしている。
義父「いやはや、これからは、なかよくしていこうな。何かあったらみんなで、助け会えるような、家庭にしよう。」
まだ、幼い薫は、母親の隣に座っていた。その顔に、鼻水が垂れていた。
義父「その鼻水、なんとかなりませんか?」
母「何度教えてもだめなんです。」
義父「そうか。まあ、まだ、これからだからな。では、よろしくね、薫くん。」
薫「このお姉さんたちと、暮らさなきゃならないの?二人とも怖い目をしてるから、嫌だよ。」
一瞬、食堂が静かになる。
義父「いやいや、なんにも怖い人じゃないよ。これからは、なかよくやっていこうな。ははは。」
再び、現在に戻る。
明子「あんたは、きっと忘れているでしょうね。でも、それであたしたちが、どうなったか、なんて誰も気がついてはくれないでしょう。本人は気がつかないから幸せよ。だけど、一緒に暮らす人には、なにもてを貸してくれはしないのが、日本の法律だわ。」
恵子「そうすると、悪事だけが生き甲斐になってくるようになるのよ。」
薫「じゃあ、僕は、ここで暮らしていてずっとそういう風に見られていたのか。」
明子「ええ。もちろん。何かにつけてあんただけが優先的だったから、あんたを傷つけたくてたまらなかったわ。」
杉三「どういうことなんですか?ゆうせんてきって。」
回想、幼い頃。家族で、東京ディズニーランドに旅行したとき。
あるアトラクションの前。
恵子「これ乗ろう。」
明子「かなり水に濡れるものね。」
母「ああ、保護者同伴のアトラクションね。」
薫「僕、怖い!嫌だ!」
恵子「え、、、。」
薫「高いところから、飛び降りるなんて怖いよ。」
明子「いや、大丈夫よ。ちゃんと、安全ベルトもあるんだし。」
薫「怖い、嫌だよ!止めて!」
恵子「とりあえず並んでみましょ。薫くん。」
薫「嫌だよ!」
と、アトラクションの係員がやってきて、
係員「すみません、このお子さんは、」
父「ええ、ちょっと発達障害がありまして。」
と、療育手帳をちらりと見せる。
係員「ああ、そのようなかたは、このアトラクションに乗るのはご遠慮いただいております。申し訳ありません。」
父「そうですか、わかりました。お前たちもいこう。」
母「ごめんなさいね。」
明子と恵子は、むくれている。
父「お前たちも、我儘はいけないぞ。薫くんのような人は、そういうことはざらに、あるんだから。少し我慢することを学びなさい。」
杉三「僕が友人からきいた話ですが、いまでは、アトラクションごとに、そのような障害があるかたのための、別室があるらしいですよ。もう、そういうことは、少しずつですけど、受容されているんじゃないですか?」
明子「受容されてるって、そのときあたしたちは、何ていやな思いをしたのか、少しも聞いてくれたりはしないわ。」
恵子「あのあとから、みんなやることなすことが薫のためだった。みんな、薫には優しいのに、私たちには冷たかった。もっと優しくなれ、もっと強くなれ、もっと受け入れろ、それだけしかない。父と母が亡くなって、あたしたちだけになったら、ほんと、毎日が地獄のようだったわ。ほんと、いい子でいるってつかれるわね。世間では薫をいじめてるという評価しか浮かばなかったし、あたしたちが、いかにつらいかなんて、何もないんだもの。」
薫「そうだったんだ。」
恵子「今頃?気がつくのが遅すぎよ!」
薫「僕は、明子さんと、恵子さんに助けてもらいながら、日常が送れることに、すごく感謝していたのに。」
明子「なにバカなことを言っているの!」
薫「本当の事ですよ。だって、僕が何もわからなくなってしまったときに、助けてもらえたじゃないですか。あのとき、ああして教えてくれなければ、、、。あの、訃報が回ってきたときに。」
恵子「いつの話?」
薫「具体的にはわかりません。僕が、どこにも行かないで、家で留守番をしていた時に、急にインターフォンが鳴って、訃報回覧が回ってきたんです。でも、僕は、隣の家の奥さんが、僕のことを嫌いだとは知っていました。だから、とても、怖くなってしまったんです。恥ずかしい話ですが、
本当にそうだったんです。僕は、焦って、恵子さんに電話をしました。そうしたら、恵子さんも明子さんも、戻ってきてくれて、代わりに届けてくれたんです。あの時は、本当にうれしかった。」
恵子「まあ、そんなこと、私たちがいつしたかしら。」
薫「母が亡くなって、すぐだったと思います。」
恵子「お父さんはその時、」
薫「仕事で不在でした。お父さんは帰ってきたら、僕に優しくしてくれたんだなと言って、明子さんと、恵子さんを誉めてました。」
明子「どうしてそんなことを覚えているの?」
薫「恵子さんと明子さんの笑顔が素敵だったから。」
恵子「そんなの、でたらめよ!なんでそんなに、綺麗なことばかり覚えているの!日頃から、勉強も運動もできなくて、私は、お前の弟は馬鹿だから、殺してもかまわないと、学校でさんざんいじめられたの。だから、あんたを傷つけたくて、仕方なかったのよ。」
明子「あたしたちは、我慢しろとかいい子いろとか、お父さんもそうしか言ってくれなかったから、あたしたちは、一生懸命耐えたのよ。それなのに、薫だけがべたべたにかわいがられて、憎たらしかったわ。なんだか、大事にしていた家族を薫に取られてしまうと思った。」
杉三「ドアが開く!」
明子「また、何を言うの?」
声「こら、開けろ!今度こそ逮捕する!やっと、潜伏先を見つけたぞ!」
杉三「華岡さんだ!」
明子「逮捕するってあなた、」
いきなり、チェーンがばらばらと外れる音がして、華岡と、何人かの刑事が玄関に押し掛ける。
華岡「城田明子、柳川恵子、いまから家宅捜索を行います。」
と、刑事たちが入ってきて、パソコンや書類などを押収していった。
明子「ああ、どうしてもう、、、。」
恵子「一貫の終わりだわ。私たちは、薫の家来になるしか、行き場はないのね。」
杉三「家来なんかじゃありません!少なくとも薫君は、お二人のことを感謝していますから!そこを、、、もっと読み取れれば、悪事なんかに手をださなかったはずだ。」
恵子「そんなら、私たちの人生はどうなるの!一生弟の世話ががりでなければならないの!」
華岡「当り前だ!そんな我儘がそもそもおかしいんだ。だれでも、生きていれば必ず厄介なものはついて回るように、世の中ってのは、動いているんだよ!」
恵子「刑事さんは悪い人ばかり見てるから、変な正義感ばかり押し付けるのはやめてくれませんか。私達。それでは、死んだほうがよかったのかしら。」
華岡「それはね、薫君の顔に書いてあるんだよ。」
恵子「どういうことですか!もう、私たちは一生花を見ることはできないんですね!本当に勝手に死んでいった親たちが憎たらしいわ!こんなものを、私たちに押し付けて、自分達は勝手にあの世へ行ったんだから!」
杉三「恵子さん、どうしてご両親が亡くなられたのか、話してくれませんか?」
恵子「本当に、、、勝手すぎるくらい勝手に、逝っちゃった。薫が、学校でいじめられて、毎日泣いて帰ってくるようになって。」
杉三「だったら、養護学校に行くとか手はなかったんですか?」
明子「ううん、今ほど、発達障害というものが、認識されていなかったの。きたない汚いって、毎日からかわれていたわ。薫は集団行動ができなくて、学校の先生が、ちゃんとしつけていかないと、困るっていって、うんと厳しい態度で接っしたけど、薫は逆に人を怖がるようになってしまったの。それに便乗していじめがひどくなって、、、。あたしたちは近所の人たちにも、白い目で見られるようになったのよね。」
恵子「まあ、昔の村八分ね。そんな中で、お母さんが過労で倒れてしまって。私たちが学校から帰ってきて、急いで救急車を呼んだけど、助からなかったわ。事実上、殺されたのよ。それから、お父さんもお酒に走って、、、。私達が仕事に着くまではよかったんだけど、それから、大満足したかのように、ぽっくり、逝っちゃった。」
杉三「時代が、悪かったんだな。」
と、両手で顔を覆って泣き出す。
杉三「僕が、しあわせだった時間を、薫君に分けてやってもよかった。僕は、蘭もいるし、母もいるし、華岡さんも、あと、青柳教授もみんないる。でも、薫君には誰もいないんだもの。寂しいって言うほどの辛いことはない。そして、恵子さんと明子さんも寂しいと思わなければ、もしかしたら、事件なんて、起こさなかったかもしれないよね。」
恵子「私達も、、、。」
杉三「恵子さんたちも寂しかったんだ、さびしかったと口に出して言えば、みんな幸せになれたはずだ。薫君は、間違ったことは何もしていない、、、。だから口に出して言えばよかったんだ。」
恵子「口になんて、、、。」
明子「子供は間だもの。」
杉三「どうして、お母様と、お父様が、再婚されたと、思いますか?」
恵子「金のためでしょ。きまってますよ。今更言わなくても。」
杉三「もちろん、それもあるとおもいます。結婚をもうしこんだのは、お父様ですか?」
明子「そうみたいですわ。父が経営していた会社に、母が入社してきて、それから交際が始まって、結婚したと聞いています。」
杉三「僕は、イタコではないので、亡くなった人の話はきけません。でも、お父様が、結婚を申込んだのは、お母様が、薫君のことで、すごく困っていて、お父様が、助けてあげたいなって、思ったからでは、ないでしょうか?」
恵子「そうよね、私たちは、その邪魔者だものね。」
杉三「そんなことないですよ。僕も経験したことがあるからわかるけど、障害のある
人ってね、ほんとに、全然違うことを、嬉しいと思うんですよ。でね、それがない人には、馬鹿馬鹿しいかも知れませんが、一緒にいてくれた人がいるとね、嬉しくて飛び上がるようなもんなんです。」
明子「それを共有しろってこと!」
華岡「わかりますよ。その感動はすばらしいからなあ。」
恵子「警察のかたまで、そうなるのですか。あたしたちは、、、。」
華岡「こればかりは、杉三さんの勝ちです。言葉ほど、今の家族をつなげるものはありません。こうして電子機器ばかり発達しているなか、崩壊する家族の、いかに多いことか。障害のある人は、それを食い止めてくれる、素晴らしい方々だ。貴女たちは、それを感じることが、できなかったんですな。では署までご同行願います。」
恵子「わかりました。」
と、肩を落として、両手を差し出す。
明子「仕方ないわね。」
二人の両手に手錠がはまる。
薫「待って!」
華岡が止めようとするが、
杉三「言わせてあげようよ。」
薫「必ず帰ってきてね!ありがとう、お姉ちゃん!」
護送車に乗り込んでいく二人の顔に初めて涙が浮かんだ。
華岡「ほ、本当に、心がきれいな人なんだな。薫くんは。まるで、カナリアだ。」
部下「警視、警視まで涙を流さないでくださいね。」
薫「おねえちゃん!必ずだよ!」
彼は、思いっきり手をふっていた。
蘭の家のテレビに、恵子と明子が逮捕されたと字幕がでて、蘭たちはほっと、胸をなでおろし、杉三が帰ってくるため、玄関のカギを開けた。
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