水乞鳥

銀行。蘭が、振込用紙を持って、窓口に行く。まだ、九時でオープンしたばかり

なのに、先客がいる。

先客「だから、いったでしょ、あれは確かに孫の声だった。」

店長「本当に良く確かめたんですか?」

先客「そうだ。確かに孫は、借金の連帯保証人になってしまったから、お金が必

要だと、この私にいった。」

店長「そうですけど、あなた、補聴器をはめてるじゃないですか、ちゃんと聞き

取れてないでしょう?」

先客「絶対にそんなことはない。」

店長「ではですね、携帯電話を見せてください!」

先客「もう、しかたないんだから。」

店長「お孫さんの番号はどれですか?」

先客「これだよ。080、、、。」

店長「じゃあ、掛けますよ。」

と、携帯電話をダイヤルする。

店長「もしもし、ええ、ええ、わかりました。おばあさまに連帯保証人になった

と、伝えた覚えはないんですね。」

と、電話を切る。

店長「ほら、やっぱりそうだ。おばあちゃん、本当に気をつけてくださいね。あ

と一歩で、自己破産するところだったじゃないですか。いいですか、私なら騙さ

れないって、おもっていると、騙されてしまうものですよ!本当に、気をつけて

ください!」

先客「ああ、あたしも、もうだめだよ!こんなことになるなんて!」

店長「次に気をつけたら良いでしょうが!これを教訓にすればいいんですよ!」

先客「ああー、、、。」

といい、泣き崩れてしまう。

蘭が困った顔で、まっていると、別の店員がでて来て、

店員「お待ちのお客様こちらの窓口でどうぞ。」

蘭「ああ、すみません。実は僕も振込みを希望しておりまして、、、。」

店員「いくらですか?」

蘭「二千円です。和裁教室に。」

店員「それは、実在する企業ですか?」

蘭「企業じゃありません。個人の講座です。僕は代理人でして。」

店員「代理人ですか、本人を連れてくるわけにはいきませんか?」

蘭「でも、本人は読み書きができないので、無理だと思います。」

店員「読み書きができない?」

先客「どういうこと?読み書きができない人の代理だなんて、あんたさんも騙

されているんじゃないかい?」

蘭「いや、彼は僕の友人です。」

店長「こういうことが起こったばかりですので、できれば本人を連れて

きていただけないでしょうか?」

蘭「わかりました。呼んできますので、、、。」

と、いったん窓口を出て行く。

杉三「おかえり、ありがとう。」

蘭「いや、まだ終わってないんだよ。本人を連れてきてくれって。丁度、振り

こめ詐欺の現場に遭遇してしまって、、、。だから、いてくれるだけで良いか

ら、来てくれる?」

杉三「わかったよ。」

二人、もう一度中へ入る。

蘭「つれてきましたよ。」

店長「ああ、ありがとうございます。」

杉三「影山杉三です。」

店長「では、振り込む理由を教えてください。」

杉三「はい、和裁教室の月謝です。」

店長「それは、もう、確認できているのでしょうか?」

杉三「はいとっくに。もし、変だと思ったらカールおじさんに電話すれば。」

店長「カールおじさんとは誰でしょう?」

杉三「カールおじさんは、呉服屋さんです。」

蘭「杉ちゃん、説明するときには、あだ名ではだめだよ、あの、増田呉服店を

経営されている、増田カールさんです。こういうんだよ。」

店長「そうですか、やっと、なぞが解けました。」

蘭「すみません、この人は自閉症なんです。だから、こういう風にしかいえな

いのです。」

店長「そうですか、それは失礼いたしました。では、これから、もし御用がご

ざいましたら、遠慮なく仰ってください。振込みの作業はこちらで代行いたし

ます。」

と、振込用紙を受け取り、振り込み作業を行う。

杉三「ありがとうございます。」

店長「いえいえ、又利用してくださいね。」

蘭「迷惑をおかけしました、今度お詫びに来ますので。」

店長「いやいや、こういう障害を持つ方が利用することはなかなかありません。

これからも、どうぞご利用ください。」

蘭「ありがとうございます。親切にしていただいて。じゃあ、杉ちゃん、お買

いもの行こうか。」

店長「二人とも、不自由なのに、仲良くされているとは素晴らしい。」

杉三「僕は蘭の主人ではないですよ。友達ですからね。じゃあ、又きます。」

二人、窓口を出ようとすると、

先客「ちょっと待った!」

杉三「どうしたの?」

先客「あんたたちはあんなに親切にしてもらって、私の時はなんで、あんな、

ぶっきらぼうに言うんだい。」

杉三「たまたまじゃないですか?」

先客「たまたま?私があんなに乱暴に扱われたのも、そのせいなの?」

杉三「僕は読み書きはできないから、、、。」

蘭「ああ、耳が遠いから、そういう風に見えたのか、すみませんでした。」

杉三「まって。いの、何で僕らが謝るの?」

蘭「このひと、振り込め詐欺になりそうになったんだ。」

杉三「だ、大丈夫でしたか?」

先客「は?何をいっている?」

杉三「取られたお金とかありませんでしたか?」

先客「ああ、何をいっているのかわからないな。」

杉三「だから、取られたお金はありませんでしたか?」

蘭「杉ちゃん、もっとゆっくり喋って。このおばあさん、耳がものすごく遠い

んだよ。」

杉三「と、ら、れ、た、お、か、ね。」

先客「年寄りをからかうんじゃないよ、そんな馬鹿にするような口調で言わな

いで貰いたいね!」

蘭「帰ろうか。」

杉三「だって心配だよ。耳鼻科につれてってあげよう。」

先客「全く。若い者は年寄りを馬鹿にして、こまった者だわ!」

と、杖を頼りに帰ってしまった。

杉三「ばかにした訳じゃないんだけどなあ。」


そのころ。ある家。表札には菅沼とかいてあるが、何か普通ではない、

雰囲気がある。

男「そうか、だめだったか。」

部下「はい、あそこの店長はかなりの堅物です。」

男は、一見すると普通の会社経営者のようである。しかし、左手には小指が

ない。部下たちも、表向きは営業マンのような格好をしているものの、どこ

か、面持ちは異なっていた。

部下「それでは、もっと、ましな金融機関に振り込まないといけませんな。

銀行は堅物が多いから、操作の簡単なゆうちょ銀行にしましょうか。」

部下「そうですねえ。あそこのほうが、年寄りには向いてますな。」

部下「最近はコンビニ振込みもできるぞ。」

部下「いや、コンビニは出入りが激しいですから、やめたほうがいいですよ。

それに、コンビニは、年寄りが出入りする確立はあまり高くありません。」

男「そうか。では、郵便貯金でいこう。沙穂子、シナリオを書け。」

と、一人の女性に言う。この女性は、まだ若く、二十代そこそこである。

沙穂子「わかりました。今度はどんなケースを作れば良いかしら。」

男「作家志望のお前なら、直ぐできるだろ。いいか、お前にやりがいがある

仕事を出してあげているのはこの俺なんだぞ。それを、忘れるな。」

沙穂子「ええ、わかりました。菅沼社長。喜んで書きます。」

菅沼社長と呼ばれた男、菅沼祐作は、机をバン!と叩き、

祐作「いいか、今月中に一億円稼ぐんだ、良いな!」

部下全員「はい!」

祐作「では、金融機関の調査、そこの近隣の住人で機械文明に慣れていない

者を探して来ること!」

部下全員「はい!」

と、いい部屋を出て行く。

祐作は、早速原稿用紙に書き始めている沙穂子を見る。

祐作「ぜひ、良い台本を書いてくれよ、、、。」

沙穂子「いいわ。」

と、彼のかたに腕を回す。祐作は、彼女の豊胸に口を近づけ、それを丁寧に

腹へ回していき、、、。

そこへドアが開く。中年の女性が入ってくる。彼女の髪は、鮮やかな赤い色

をしている。その表情は、疲れきっている。彼女、つまり菅沼頼子は、部屋

の中から聞こえてくる、気持ち悪い声色を聞いて、買い物袋を落としてしま

う。適当に買ったものを冷蔵庫に詰め込むと、彼女はいてもたってもいられ

なくなって、自宅を出る。

公園にやってくる。と、ぼんやりしていたのか、電話ボックスに頭をぶつけ

る。ボックスの中では、若者が一生懸命でんわをしている。

若者「もしもし、おばあちゃん、俺だよ。タカシ。今携帯電話を落としてし

まって、これで掛けているんだ。実はよ、バイクで事故を起こしちゃってさ。

示談金として、百万円をこっちへ送ってくれないかな。ああ、ありがとう!

じゃあさ、いまから俺の講座教えるから。メモをして。0、、、。」

頼子は、きっとこの若者も、自分の夫と同じ事をしているのだなと直ぐわか

る。しかし、止めることはできなかった。自分の名が知られたら、大変なこ

とに、なるからだ。頼子は公園のベンチで泣きはらした。

雨が降ってきた。

頼子「ああ、大変、洗濯物しまわなくちゃ。」

と、やむをえず家に戻ることにした。歩いているうちに車軸を流すような大

雨になった。

頼子「ああ、どうしよう、、、。」

と、思わず、近くにあったある店の軒下に入る。そこの入り口は閉まってい

たし、営業中と知らせるものもなかったので、店舗ではないと、思ったのだ

った。しかし、いきなりドアが開いて、

声「雨でさぞ、お困りでしょう?」

頼子「え、、、。」

声「お貸しします。」

振り向くと、綺麗な和傘が見える。そこにいたのは杉三であった。

頼子「いえ、もう、かえるから。」

杉三「あと、三十分もしたら雨は止むそうですよ。ここへ来たのは初めてな

んですから、せっかくですから着物を見てから帰ったらどうです?」

頼子「ここ、着物屋さんだったんですか!店舗ではないと、思っていたわ。

ごめんなさい。」

杉三「そんなこと、言わなくていいですから、入ってください。とても、着

物が似合いそうです。髪が黒ではないひとも、たくさん着ていますから。」

頼子「この髪で、、、ですか?」

杉三「だって、綺麗じゃないですか。紅葉みたいな綺麗な赤茶色で。」

頼子「綺麗って、そんなこと言わないでよ!これのおかげで、何回苦しい思

いをしてきたと思っているんですか!」

杉三「そうかなあ、その色って綺麗だと思いますけど。情熱の色で。そう解

釈すれば、すごくおしゃれだと思いますけどね。ねえ、カールおじさん。」

カールおじさんと呼ばれた、イスラエル人の男性は、彼女の顔を見て、

カール「ああ、そうですねえ。髪が鮮やかだから、落ち着いた着物が似合い

そうだ。これなどいかがです?」

と、一着の着物を出してくる。

カール「着てみてください。御着物は初めてですか?」

頼子「あ、あたし、着物は、、、。」

カール「いやいや、日本の女性なんですから、着物を着なければもったいな

いでしょう。当店はリサイクル品専門なので、一万円、運がよければ五千円

あれば、着物一式購入できますよ。いかがでしょう。」

杉三「カールおじさん、この人は、お着物のことはあまり知らないみたいだ

から、説明してあげて。」

カール「はい、わかりました。こちらはですね、訪問着という部類の着物で、

目上の人や、他家を訪れるときに着用する、品のよい着物です。歴史はまだ

浅く、明治時代に西洋のドレスを模して作った着物だそうですよ。」

それは、深く輝くような、青い地色の着物だった。裾には見事な山百合が染

められていた。

杉三「ぜひ、騙されたと思って着てみてください。絶対似合いますよ。ね、

カールおじさん。これであれば、その柄が非常に派手ですから、赤い髪に視

線は少なくなります。」

頼子「赤い髪に視線が少なくなるんですか?」

カール「はい、そうです。二尺袖ですから、より若く見せることができます。

多分三十代ですね。それではまだ、二尺も大丈夫ですよ。」

頼子「わかり、、、ました。」

と、恐る恐る着物を羽織る。カールは直ぐに腰紐をつけてやり、胸紐も付け

て、着物を着せる。

カール「素敵じゃないですか、よく似合ってますよ。ほら、鏡を見てくださ

い。」

と、鏡を持って来る。鏡の中の自分をみて、、、。

頼子「自分じゃないみたい!」

カール「はい、大体のお客様がそういいます。」

杉三「素敵ですよ!僕はここの古株だから良くわかるけど、呉服屋さんって、

自分が自分を取り戻す場所でもあるよね。」

頼子「あの、これ、おいくらでしょうか、お高いんじゃ、、、。」

カール「始めてのお客さまなので、千円で結構です。」

頼子「せ、千円ですか、こんな綺麗な着物が!」

カール「はい、それだけ沢山在庫があるということです。ここで店を始めて

三年になりますが、本当に着物を手放す方が多すぎます。それだけ日本を形

作ってきたものなんですから、本来はもう少し、関心を持ってほしいな。事

実、なつになると、皆涼しいと言ってびっくりしますよ。着物が日常着にな

れば、いまの、灼熱の暑さも、乗り越えられるんじゃないかなあ。」

頼子「えっ、涼しいんですか!そうは見えないけど、、、。」

カール「皆そう言いますけどね、着物で生活したほうが、熱中症のわりあい

も減るそうですよ。袖から風が抜けてほんとうに気持ちが楽になるって、皆

さん言ってますよ。」

頼子「あの、これ、頂いてもいいでしょうか?」

カール「良いですよ。帯もご入用でしたら、、、。」

頼子「はい、でも、いくらなんでしょうか?」

カール「名古屋帯でしたら、500円からあります。」

頼子「わかりました、、、でも、帯は結べるでしょうか。」

カール「もし、結ぶのが自信が無いなら、作り帯教室もやってます。お太鼓

から立て矢結びまでできます。作り帯の仕立て直しもお受けしておりますよ。」

頼子「それなら、お太鼓に仕立て直してもらおうかな。あ、でも着付けはど

うしたら、、、。」

カール「着付け教室もありますよ。」

頼子「外国のかたなのに、お着物を本当によく、研究されているんですね。」

カール「いやいや、日本の方は、こんな素晴らしいものがあるんだから、もう

少し気が付いてほしいものです。銃声ばっかりのイスラエルには、こんな美し

いものはありませんから。変なものを追っかけるより、こういう素晴らしいも

のがちゃんとあるんだと、自信をもってほしいものですな。本来なら、外国人

の僕が作り帯の講座をするなんて、ありえないはずだ。」

頼子「そうですよね、、、。着物なんて私、成人式の振袖くらいですわ。主人

と結婚したときも着物は着用しなかったし。でも、こんな素敵なものだとは、

私も知りませんでした。じゃあ、名古屋帯をひとつください。それを、作り直

ししてもらえますか?」

カール「わかりました。」

杉三「これがいいよ。」

と、麻の葉を入れた赤い帯を出してくる。

カール「良いね杉ちゃん。君はいつも個性的だ。じゃあ、締めてみましょうか。」

と、愛子の体に帯を巻いて、お太鼓に結ぶ。

カール「こんな感じですが、いかがでしょう?」

頼子「本当に自分じゃないみたいだわ!嬉しい!」

杉三「まって、カールおじさん。ちょっと、サイズが大きすぎないかい?おは

しょりが、」

カール「確かに、おはしょりが、だぼだぼになってしまうかも知れないな。」

杉三「ちょっと、裾を切ったほうが良いかも。三センチくらい切ったら、、、。」

カール「そうだね、じゃあ、暫くお預かりして、お送りしますよ。住所教えて

くれる?」

頼子「あ、、、。(と、一度考えて)私、近いうちに茶会に出たいから、、、。

明日当たり取りに来るわ。それじゃだめ?」

カール「明日までにはできないな。ほかの方の依頼もあるからなあ。」

杉三「カールおじさん、僕が縫ってあげる。」

カール「そうだ!それはいい。杉ちゃん。是非、縫ってあげてくれ。ああ、お

客さん、この人はちゃんと和裁ができる人だから。大丈夫ですよ。腕前は保障

します。じゃあ、明日の何時ごろ、こちらに来られます?」

頼子「十時半でどうかしら。」

カール「わかりました。じゃあ、そのときに杉ちゃんと二人で待ってますから。

そのときに来てくだされば。」

杉三「じゃあ、それまでに直しておきます。お着物お預かりしますね。」

カールは手早く、帯をほどいて着物を脱がせ、畳む。

カール「では、帯が500円、着物は1000円で、合計1500円です。」

頼子は、財布から千五百円を手渡す。

カール「はい、領収書はご利用になりますか?」

頼子「いえ、結構です。ありがとう。明日、取りにきます。」

カール「はい、お待ちしています。楽しみに待ってますね!」

頼子「ええ、ありがとうございます!」

カール「はい、毎度ありがとう!」

と、玄関ドアを開けると、外はまだ雨が少し降っていた。

カール「今日はよく降るなあ。」

杉三「ああ、なんだか台風が夕立だったかな。あ、傘、お貸ししますよ。どう

せまた、明日に会うんでしょ。一日くらいぬれねずみになっても、大島だから。」

と、和傘を差し出す。

頼子「ありがとうございます。明日必ずお返ししますので。」

と、彼の傘を受け取って、外へ軽やかに走り出す。

杉三「僕も帰らなきゃ、直ぐにお直しに取り掛からなければ。このスマートフォ

ンで、いのに電話してくれないかな。」

カール「わかりましたよ。」

と、スマートフォンをダイヤルする。


杉三の家。夕食を食べている、蘭、美千恵、アリス。杉三は、帯を縫い続けてい

る。

美千恵「もう、ご飯が冷めちゃうわよ。いい加減なところで切り上げなさい。あ

んまりやりすぎると、体にこたえるわよ。」

杉三「ううん、明日までに仕上げなきゃいけないから。」

蘭「しかも、杉ちゃん、君の着物も、干さないとだめじゃないか。何で雨が降っ

ているときに、傘を誰かに貸して、ぬれねずみになって帰ってもいいって、いう

のかな?」

アリス「杉ちゃんには、通じないのよね。損得は。なんだかまるで、絵本の中の

登場人物みたいだわ。」

杉三は黙ったまま、ひたすらに着物を縫い続ける。

美千恵「ああ、全く。誰に似たんだか。一度はじめると、終わるまで、絶対その

場を離れないんだから。ご飯も食べなくて平気なほど夢中になるのね。」

三人、ため息をつく。

その日、一晩中杉三の家は、明かりが消えなかった。


翌日。どこかで鶏が鳴く。

杉三「できた!」

別室で寝ていた美千恵がその声で目を覚まして、居間にやってくる。

美千恵「声が大きいわよ。一晩徹夜したんだから、休みなさい。付け帯と、裾直

しなのに、なんでそんなに時間が。」

杉三「うん、バラして、仕立て直ししたんだ。結構あの人のサイズを考えると、

バランスが悪くなるって、思ったから。帯もね、通常のお太鼓ではつまらないか

ら、銀座結びにした。」

美千恵「まあ、随分かわいい着物にしちゃったじゃない。」

杉三「うん、だって、あのひと、着物を着たとき、わあ、自分じゃないみたいっ

て、泣いているくらいだったよ。だから、もっと、自分じゃないみたいって、お

もってほしくて。なんだかつらそうな顔をしていたんだ。着物を着たときだけで

も、自分じゃないって思ってもらいたくて。」

美千恵「ほんとに、あんたってひとは、変わっているというか、心が綺麗という

か、、、。全く、誰に似てるんだか。」

杉三「今日、届けてあげるの、楽しみだな。あの人の笑顔が見えればいいな。お

金はどうでもいいから。」

美千恵「いつ取りに来るの?」

杉三「十時半だって。」

美千恵「じゃあ、朝ごはん食べなさいね。」

杉三「はい。」


増田呉服店。介護タクシーで送ってもらい、杉三は、店に入る。カールと二人で

着物をたとう紙で包む。

カール「そろそろ来るかな。」

と、時計を見る。

声「こんにちは!」

と、頼子がやってくる。

頼子「杉三さん、昨日はこの傘、どうもありがとう。」

杉三「お着物、一度ほどいて仕立て直ししてみました。より、かわいらしくなる

ように、柄の位置とか変えて。もう一度着てみてください。」

頼子「全然違うわね。」

杉三「そうですよ。こういうほうがお顔に合うと思いましたから。」

頼子「私に着れるかしら。」

カール「ええ、できると思いますよ。」

頼子は、その着物を羽織ってみる。カールは、手早く着付けをする。

カール「杉ちゃん、付け帯はできたの?」

杉三「勿論だよ。ほら。」

と、付け帯を出す。見事な銀座結び。

カール「さすが杉ちゃんだ。君は絶対、定型的なものは作らないよね。」

杉三「僕、固いの嫌いなんだ。」

カール「そうだねえ。あんまりお太鼓に拘らないほうが、良いのかもしれない

よね。じゃあ、つけてみようか。」

と、頼子の背中につける。

カール「おお、すごい!」

杉三「頼子さんが一番綺麗な人になれるようにって。」

頼子「自分じゃないみたい、、、。これで、街を歩いてみたいわ。」

杉三「いいねいいね、それでは、実際にやってみようよ。」

頼子「いまですか?」

杉三「勿論さ!」

カール「よし、二人でデートしておいで。」

頼子「まあ、私は既婚者よ。」

カール「そうは見えないよ。二人ともベストカップルに見えるよ。公園を散歩

しておいでよ。」

頼子「はい、ありがとうございます。直ぐ戻ってきますので。」

カール「ああ、ゆっくりしてきな。」

杉三「はい、いってきます!」

二人、店をでて、近隣の公園に向かう。


公園

桜の木の上で、赤い鳥が鳴いている。

杉三「ああ、アカショウビンだ。」

頼子「杉三さんって、鳥の鳴き声も詳しいのですか?」

杉三「馬鹿の一つ覚えですよ。僕がしってることは、皆馬鹿の一つ覚え。」

頼子「でも、かわいい鳥ですね。」

杉三「まあ、可哀相な伝説のある鳥ですけど。」

頼子「伝説?」

杉三「アカショウビンは、水乞鳥といわれているんです。つまり、雨が降って

来てほしい、という意味で鳴くんですよ。」

頼子「雨を求める?鳥らしくないわね。」

杉三「ええ、水に映ると、あの赤いからだが火事みたい見えて、恐ろしくて、

水を飲めないんですって。だから、木の葉から落ちてくる雫でしか、飢えをし

のげないのですよ。それで、雫が落ちてこない晴れた日に、ああいううるさい

鳴き声をして、雨を求めているんです。」

頼子「どうしてですか?」

杉三「犯罪者の妻だったからです。博労のかかあ、と、呼ばれていたそうです

よ。」

頼子「ばくろうのかかあ?」

杉三「ええ、馬泥棒の奥さんということです。毎日、馬泥棒が悪事をしていた

のを、黙ってみていた罰で、彼女はアカショウビンになったんですよ。傍観は

同罪ってことなのかな。」

頼子「杉三さん、、、私、、、貴方と出会ってから、不思議な気持ちになった

ことが多いんだけど、、、。まるで私もアカショウビンだわ。」

杉三「へ、どういうことですか?」

頼子「だって、私も、博労のかかあですもの。」

杉三「博労のかかあ?そんなことないですよ。着物をほしがるひとに、悪い人

はいません。着物をほしがるということは、美しいものへの感性があるという

ことですからね。」

頼子「主人は、、、何の罪もない子達をつかって、、、。かけ子とか、受け子

とか、やらせて、、、。」

杉三「ああ、そういうことですか。」

頼子「私も、こんな赤髪ですし、もしかしたら、アカショウビンになってしま

うかもしれない。」

杉三「なってからでは遅いですよ。」

頼子「そうよね、、、。」

杉三「まだ、人間の形をしている間に変わることができれば、アカショウビン

にはならないでしょう。」

頼子「そうね、、、経済的にも大変だけど、何とかして、自分の場所を見つけ

なければ。」

杉三「僕は、何かできることがあれば、手伝いますよ。」

頼子「ありがとう、杉三さん。少し勇気が出たわ。」

杉三「よかった。」

頼子「ええ、呉服屋さんに戻るわ。そして、家に帰って夫と話してみる。」

杉三「本当だね。」

頼子「ええ。」

二人、増田呉服店に戻って行く。


数時間後、洋装にもどり、着物を持った頼子が自宅に戻る。

頼子「ただいま。」

誰もいないのか、物音がしないので、頼子は部屋に入る。突然

祐作「どこにいっていたんだ!」

頼子「ああ、ちょっと、呉服屋さんに行っていたわ。」

祐作「早く飯を炊け!」

と、頼子を殴りつける。

頼子「わ、わかりました!」

と、直ぐに台所にはしっていく。こうしなければ命を狙われるかも知れない。

直ぐに米をといで、ご飯を炊き、簡素なサラダを作る。杉三と、しゃべった

ことはすっかり忘れてしまった。

隣の部屋から、声が聞こえてくる。

かけ子「おい、ばあちゃん、俺だよ、たかし。あのさあ、借金の連帯保証人に

なってしまってさ、そうしたらその友達が、放置したまま逃げてしまって、行

方がわからないんだよ。だから、俺が払ってやらなきゃいけないわけでね、今

すぐこの番号まで、振り込んでくれないかなあ、、、。」

かけ子たちは、こうして、次々に電話を掛けている。


そのころ、蘭の仕事場。一人の女性客が来ている。

蘭「うーん、犯罪に使う場合は彫れませんね。ほかをあたってください。」

客は十八歳ほどの若い女性。

女性「犯罪じゃありません。ただ、電話を掛けてくれればいいという、バイト

なんです。」

蘭「で、何て電話を掛けろといわれましたか?」

女性「はい、困っている人の代理です。喋れない人がいて、その人がどうして

も、お金が必要なので、代理で掛けてやってくれ、というものでした。」

蘭「そこの事業主はどんな人なんですか?」

女性「わかりません、インターネットを使っての業務ですから。」

蘭「それじゃあ、ますます怪しいなあ。具体的に、どこら辺にそんな会社があ

るんです?」

女性「知りませんよわたし。とにかく、その会社のロゴマークである、菊紋を

彫っていただきたい。」

蘭「菊紋は、天皇家とそれに准ずる者しか身に着けてはいけないんです。だか

ら、そんな会社なんてあるわけないでしょう?目を覚ましてくださいよ。」

女性「そ、そうなんですか!じゃあ私、、、。」

蘭「見事に騙されたということですよ。紋というのはね、単にロゴマークでは

なくて、ずっとずっと昔からある、大事なものなんです。ちゃんとした会社な

ら、そういうことはしっかりしっているはずなんですよ。もう、過去のこと

だと諦めて、ちゃんと、生活してください。」

女性「そうだったんですか。やさしそうなひとだと、思っていたから、実在す

るのかと、思ってしまいました。」

蘭「これからは、気をつけてくださいね。因みに応答にでた人は、なんていう

ひとだったんですか?」

女性「名前ははっきりと聞き取れなかったのですが、すがぬま、と。」

蘭「菅沼ね。今度そこから電話がかかってきたら、直ぐ取り消してくださいね。」

女性「はい、わかりました。彫り師さん、ありがとうございます。」

蘭「悔い改めて、しっかり生活してくださいよ。」

女性「はい、わかりました。ありがとうございます。」

と、一万円を渡すが、

蘭「お金はいりませんよ。もっと、大事なことに使ってくださいね。」

女性「はい!本当にありがとうございます!」

蘭は彼女を玄関まで送っていく。

女性「ありがとうございました!」

と、一礼して帰っていった。


杉三の家。

夕食を食べている、杉三と、蘭。

蘭「きょう、お母さん遅いな。」

杉三「うん、職員会議だってさ。」

蘭「そうか、大変だなあ。」

と、インターフォンがなる。

声「おーい、杉ちゃん、いるか。」

杉三「ああ、華岡さんだ。いいよ、入って。」

言い終わる前に華岡は食堂へやってくる。

華岡「お、うまそうなカレーだな。食べさせてくれよ。」

杉三「いいよ、そこに座りな。今出してきてあげるから。」

と、台所へ移動する。

蘭「お前、警視までなったのに、何で毎日ここに来るんだ?警察は暇じゃ

ないだろう?」

華岡「いやあ、こうなると、殆どの操作は部下任せだからな。退屈でしか

たないよ。それに、犯罪ばかり見ていると、悲しくてしょうがないから、

いつも笑っている人の顔が見たくなるわけよ。」

杉三「はい、華岡さんのカレー。」

と、カレーの入ったお皿を置く。華岡はスプーンを取って、

華岡「上手い上手い。うまいなあ!」

杉三「ありがとう。」

華岡「なあ、蘭、ちょっと聞きたいんだけれど。」

蘭「どうしたの?」

華岡「お前のところにさ、菊紋を依頼した者はいなかったか?」

蘭「ああ、今日、女の子が一人来たな。なんだか、ボランティアと騙され

て、かけ子になったみたいだけど、、、。」

華岡「そうか!その子は、その組織の名を口にしなかったか?」

蘭「組織名は知らないが、菅沼という人が雇っているらしい。」

華岡「そうかそうか!それは良い事を聞いた。菅沼、つまり菅沼祐作は、

前代未聞の、有能詐欺師だ。そうやって、居場所がない若者を騙して雇

い、振り込め詐欺の受け子やかけ子をさせるんだよ。しかも、どこかに

本拠地を構えてはいないで、皆スカイプでやらせるから、具体的な居所

がつかめない。少なくとも結婚はしているらしいが、その妻もどこにい

るのか、まだわからないんだ。」

杉三「もしかして、、、その人って。」

蘭「杉ちゃん、どうしたの?」

杉三「そのひとは、菅沼頼子?」

華岡「そうだよ!何で君は知っているんだ!」

杉三「うん、カールおじさんの呉服屋に来てた。僕が、着物と、帯を仕

立て直してあげた。」

蘭「そういえば徹夜でやっていたな。」

杉三「彼女は、カールおじさんが、お届けしようかと言ったが、自分で

取りにきたんだ。それはきっと、彼女が自分の家を知られないようにと

言うことなんだと思う。」

蘭「そうか、自分のいるところがわかるといけないから、言わなかった

んだね。」

杉三「でも、彼女は立ち直る。だって、アカショウビンにはならないっ

て、自分で言ったんだよ!」

華岡「よし!直ぐに彼女の行き先を調べれば、今度こそ逮捕だ!」

杉三「ちょっと待って!」

蘭「どうしたの?」

杉三「彼女はアカショウビンになりたくないといった。きっと、まって

いれば、必ずたちなおるよ、それまで待ってて!」

蘭「そうだけど、悪いことをしたんだから、罰は受けてもらわないと。

それに、アカショウビンと何の関係があるの?あれはただの鳥でしょう

が。」

杉三「うん、悪人の妻だから、アカショウビンになるんだよ。」

蘭「よくわからないなあ、、、。」

華岡「で、その、アカショウビンは、今どこに?」

杉三「しらない。僕は住所まで聞いてこなかった。」

蘭「呆れた。仕立て直ししたとき、何で依頼人の住所を聞かないの?も

しかして、本当に騙したかも知れないんだよ!」

杉三「そんなことはないよ!絶対にないよ!ほんとうだよ!悪い人なん

かじゃない!」

と、顔を覆って泣き出す。

蘭「そうか、、、読み書きができないから、書くという習慣がないんだ

ね、、、。ああ、又やってしまった。」

華岡「でも、おかげさまでいい情報が入ったな。杉ちゃん、君は十分役

に立っているぞ。これからも協力してね。」

と、急いでカレーを食べて、

華岡「うん、杉ちゃんのカレーはいつ食べてもうまい。」

と、急いでお茶を飲み、

華岡「よし、部下を集めて、早速捜査に当たらせよう。」

と、出て行ってしまう。

蘭「ちょっと、華岡!」

と、よびとめるが、華岡は振り向かずに出て行ってしまう。

蘭「ああ、結局僕が貧乏くじを引くんだ。杉ちゃん、どこの伝説なのか

は知らないけれど、人間がアカショウビンに生まれ変わって、罪を償う

なんていうのは昔のことだよ!今は、アカショウビンになる前に、刑務

所に、行くほうが償いになるの。そんな事も知らないで、綺麗な伝説に

感動しないでよ!」

それでも杉三は泣き続ける。

声「ただいま。あら、どうしたの?」

と、美千恵が入ってくる。

美千恵「ああ、またやったのね。いいわよ、私が後は慰めるから。蘭さ

んは、家に帰ってゆっくりやすみなさいな。」

蘭「そうしますよ。ありがとうございます。」

と、顔を拭きながら、車いすを動かして玄関まで移動し、外へでる。


翌日、大渕のたたら製鉄所、応接間。

懍「そうですか、杉三さんらしい発想ですね。」

蘭「そうなんですよ、本当に困ります。ああいうところ。」

懍「まあね。自閉症の人は、理論より、そういう、美しさに感動するも

のですよ。見るものが多分違うんでしょうね。」

蘭「同じ人間なんですけどね。」

懍「まあ、それはそうでしょうね。でも、僕も長く自閉症の人を見て来

ましたが、彼らは時に、人間というよりも、妖精ではないかと思うこと

は必ずあるんです。それは仕方ないことですよ。」

蘭「そうですか、、、。まあ、こちらが変わるしかないということです

かね、、、。」

水穂が、蘭に茶を持ってくる。

蘭「磯野君!そうやって手伝えるようになったのか。」

水穂「一日これしか働けないけどな。」

蘭「それさえできれば十分じゃないか。君にしては、すごい進歩だぞ。」

懍「蘭さん、その、君にしては、という、概念を捨てると、妖精さんと、

楽に付き合えるかもしれない。」

蘭「どういうことですか?」

懍「君は、固定概念がつよいからね。」

蘭「わ、わかりました、、、。」

懍「磯野さんに対してもね。」

蘭「はい、、、。」


菅沼の家。

頼子が、部屋の掃除をしている。中は、派手なフリルをつけた、下着が

散乱している。

沙穂子「どうもごめんなさいね。私、片付けるの大の苦手なのよ。」

沙穂子は、ガードルと、ブラジャーのみを身に着けて、スマートフォン

で、何か書いていた。それは、騙すための「脚本」なのだ。これをかけ

子たちに見せて、高齢者たちから、金を騙し取るのである。

頼子「そんなことして、何が面白いの?」

沙穂子「いいじゃない、私の書いているシナリオが、こうして流布して

いるんだから。」

頼子は、容姿の面では沙穂子にかなわなかった。豊胸でもあり、妖艶な

容姿をしている沙穂子は、ギリシャ彫刻のような女性美をもっていた。

頼子は少なくとも、そんな体格ではなかった。そして、彼女が、一番長

く雇われている従業員だった。

沙穂子「おばさん、早く出てってよ。私は、忙しいんだから。」

頼子「早く出てってって、、、。」

沙穂子「もう、おばさんの部屋なんかじゃないでしょ。」

頼子「そうだけど、、、。」

沙穂子「私を、怒らせるとどうなるか、わからないようね。」

彼女はどこか楊貴妃のような面持ちがあった。同じ女としてこれほど悔

しいことはない。

そのとき、

声「アカショウビンになってからでは、遅いんですよ。」

と、確かに聞こえてきた。

頼子「ねえ、沙穂子さん。」

沙穂子「なによ。」

頼子「悪いけど、貴方はでていってもらえないかしら。菅沼祐作の、本

妻は、この私なのよ。」

沙穂子「まあ、よく言うわね。」

頼子「それに、ここは、あなたの家じゃないわよ。貴方は、居候してい

るだけでしょ?」

沙穂子「居候なんかじゃないわ。あたしは、従業員なんだから。それを

いうなら、貴方だって、食事を作る係りを、任されているじゃない。」

頼子「でも、あたしは、、、。」

沙穂子「でも、じゃないわ。貴方がいなかったら、受け子もかけ子も食

事できなくなるじゃない。貴方、出て行ったとしても、何になれるの?

どうせ、かけ子の食事を作ってたくらいしか、職歴ないでしょ。その歳

なのに、新に働こうとおもっても、雇ってくれるところはあるかしらね。

ずっと、専業主婦できているんだから、それを全うするしか、奉公口は

ないんじゃないかしら。」

頼子は、それを言われると、何もいえなくなってしまう。確かに彼女は

そのとおりにいきてきたからだ。結婚して、そとへはたらきに行った事

は一度もない。

沙穂子「それに、そんな歳で、八時間働けるのだって疑わしい。わかっ

たら、直ぐ出てって。私はまだ仕事があるのよ。」

頼子は何も言えず部屋を出て行った。それを言われると、だめだと思っ

てしまう。還暦をとっくに過ぎている彼女にとっては、確かに働く場所

はないだろう。ましては女性で、、、。

彼女は仕方なく粗末な自室へ戻った。涙が滝のように流れている。どう

して、、、こんな人生になってしまったのだろう。

思えば、この結婚も見合いであった。この人を好きになるのか、確認も

しないうちに結婚してしまった。まあそれが当たり前の時代であったが、

まさか、悪事に手を染めるとは考え付かなかった。それに、彼女の両親

は、結婚直後に、相次いでなくなってしまっていた。

もう頼るところもない。彼女は、静かに家を出た。ほかの声など耳には

いらなかった。


公園。杉三が水穂に介添えをしてもらってやってくる。

杉三「すみませんね。水穂さん。蘭が、どうしても切れない用事がある

というので。」

水穂「ほんとうですね。僕もこうして外に出たのは久しぶりですよ。」

杉三「体にかわりない?」

水穂「いやいや、再び出れるのが夢のようです。」

どこからか、アカショウビンの鳴き声がする。

水穂「今日は雨が降るのかな。アカショウビンが鳴いているから。」

杉三「あ、、、。」

水穂「どうしたの?」

杉三「アカショウビンだ!」

水穂「ああ、どこの木に?」

杉三「いや、人間のアカショウビンですよ!」

水穂「どういうこと、、、。」

杉三は無視して、車いすを動かす。


声「アカショウビンさーん!」

その声に、頼子は振り向く。

杉三「待って!」

頼子は公園の飼育池に身投げしようとしていたのだ。

杉三「待って、アカショウビンにならないで!」

頼子「来ないで!折角楽になれると思ったんだから!」

杉三「楽になんかなれるものか!お願い、やめて!絶対にしないで!」

頼子「どうして邪魔するの、、、。」

杉三「だったら、自分の体を見ろ。その、赤い髪だって、理由がある

だろ。」

頼子「あるわよ。子供の頃の大病したとき、薬でこういう髪になった

のよ。それのせいで、私、何度いじめられたんでしょう。」

杉三「それでも、そうなったからこそ、生き延びたんじゃないか。そ

れはきっと、生きてほしいから、そうなったんじゃないか。」

頼子「わたしにとっては、良い迷惑だわ。死ねたほうが、よほどよか

った。」

水穂が追いついてきて、

水穂「そうですかね。良い迷惑でしょうか。こうして気に掛けてくれ

る、人がいるって、本当に幸せなことだとは思いますけどね。」

と、いい、咳をした。又少し血が、口に当てた手を汚した。

頼子「お体でも悪いの、、、。」

水穂「もう少しだけ、生きていてみませんか?必ず何か、つかめる筈

ですから。」

杉三「ああ、水穂さん、どうしよう、、、御免なさい。」

水穂「(さらに咳き込み)いいんですよ、仕方ありません。こうなっ

てしまうのは、、、。」

杉三「水穂さん、、、ああ、どうしよう。僕のせいだ。」

頼子「どうしようって、考えられるでしょ!」

杉三「僕は、文字の読み書きができないのです!だから、電話も掛け

られないのです!メールもできないんです!頼子さん、代理で何とか

してくれませんか。」

頼子「できないって、、、。」

杉三「お願いします!」

頼子は杉三からもらった紙とスマートフォンを受け取り、

頼子「ここへかければいいのね。」

と、番号を指さすが、

杉三「わかりません、読んで下さい。」

頼子「ああ、たたら製鉄所ってとこ?」

杉三「はい、そこで!」

頼子「経営されているかたの名前は?あおやぎ、、、。」

杉三「わかりません。スマートフォンから、探してください。」

頼子「これで良いのかしら、、、。」

と、電話を掛けてみる。

頼子「も、もしもし、」

声「はい、どちらさま?」

頼子「あの、杉三さんの代理でかけているものですが、、、。」

杉三「磯野さんが、辛そうだから迎えに着てあげてと言ってください、

おねがいします!」

頼子「あの、磯野というひとが、体調を崩していて、、、。」

懍「ああ、そういうことね。大丈夫ですよ。彼は、体が弱いからそう

なるんです。とりあえず、今どこにいますか?」

頼子「公園にいます。」

懍「はい、すこし、東屋かどこかで休ませてあげてください。そうす

れば、血はとまります。彼は、鎮血の薬を持たせてありますから。」

頼子「わ、わかりました、、、。」

懍「じゃあ、そうしてくださいね。今製鉄をやっているので。」

と、電話は切れてしまった。

頼子は、杉三に電話機を返すと、座り込んで咳をしている水穂に、

頼子「あそこに東屋があります。そこで休んでください。」

と、かれを立たせてやり、肩に手をかける。幸い東屋は直ぐ近くにあ

り、だれも座っている人はいない。彼を座らせてやると、

頼子「鎮血の薬ありますか?」

水穂「あります。」

と、巾着のなかから、液剤を一瓶出して、口に入れる。暫くすると、

咳はとまり、呼吸もゆっくりとなった。

杉三「ごめん、僕が勝手なことしたばっかりに。僕は、頼子さんも助

けたかったし、水穂さんも助けたかった。」

と、いい、再び涙を流すのであった。

頼子「曇ってきたわ。」

杉三「そうだね。」

頼子は、次の発言をまったが、杉三はそれどころではないようであっ

た。

頼子「杉三さん、帰らなきゃ。水穂さんだって、長く外にいては大変

だわ。」

と、促しても、効果はないらしい。

頼子「杉三さん。」

頼子「杉三さんってば!早く帰るのよ!そのためにはどうしたらいい

の!貴方の家はどこなの!」

返事はない。

頼子「ああ、ヒントになるものないかしら、、、。ああ、もう、、、。

よし!」

彼女は勇気を出して杉三のスマートフォンを奪う。

その着信履歴の中に、増田呉服店がある。直ぐにダイヤルを回し、

頼子「もしもし、増田さんですか?この前杉三さんに、お着物を直し

てもらったものです。あの、いま、大変なことになっているんです。

杉三さんの、お付き添いの、水穂さんという方が、体調を崩してしま

っていて。あの、ここまで、迎えにきていただく訳にはいきませんか、

お願いできませんか?」

カール「ええ、大丈夫ですよ。どこへ連れて行けば良いの?」

頼子「えーと、瑞穂さんの自宅は、、、。」

カール「ああ、水穂さんなら、青柳教授の使用人だ。」

頼子「じゃあ、そこまで送ってくれませんか?」

カール「はいはい。わかりましたよ。じゃあ、お迎えにあがりますの

で。」

と、電話は切れる。

頼子「大丈夫よ。直ぐに迎えに来てくれるって。」

数分後、、、。何時間かかったように見えるが、自動車がやってくる。

カールの運転するものであった。


たたら製鉄所。

カールに送ってもらった水穂は、薬が効いたのか、楽になったようで、

自室で眠っている。

蘭「おかえり、ごめんね。今回は僕がわるかったよ。用事があって、水

穂さんに、頼んでしまったのが悪かった。」

懍「いやいや、蘭さん、こういうことは誰のせいでもありませんよ。そ

んなふうに、自分を責めないように。」

頼子「もうしわけありません。私が、、、。」

懍「でも、頼子さん、大事なことが学べましたね。敢えて指摘はしませ

んが、今日得た教訓を、忘れないように。」

杉三「自信をもってくださいよ。大丈夫だって。」

蘭「杉ちゃんが、言うせりふではないでしょうが。」

杉三「ああ、ごめん。でも、これができたんだから、アカショウビンに

はならないでね。人間のままでいてね。」

頼子「できたって。」

懍「貴方は、水穂さんが倒れて、杉三さんがパニックになっても、ちゃ

んと、乗り越えられたではありませんか。幸せというものはね、そうい

うところから、得るものですよ。」

頼子「わたしが、、、。」

杉三「まだまだやれますよ!僕らはずっと、応援していますし。もし、

練習しようとおもうなら、又使ってね。なんて。」

蘭「杉ちゃん、あんまり喋るなよ。何で君はいつも楽観的なんだ。」

懍「じゃあ、これから、新しい自分としてやっていけますね。」

頼子「え、、、ええ。」

杉三「アカショウビンにはならないでね。」

と、出窓から、光が伸びてくる。

蘭「なんだ、雨が降ると思っていたのに。よかった、晴れてくるみたい。」

杉三「水乞鳥の出番は終わりかな。」

頼子は、大きなため息を付いて、

頼子「はい、わたし、もう、水乞鳥にはなりません。これからは、自分

のためにいきます。」

杉三「よかった!」


数日後、蘭の家。蘭がテレビをつけると、

アナウンス「今日、振り込め詐欺グループの主催者、菅沼祐作が逮捕され

ました。糸口になったものは、元妻が、警察署に投函した絶縁状でした。

菅沼は、振り込め詐欺グループとして、若者たちを雇い、彼らをかけ子受

け子として使用し、人身売買を行っていた事もわかりました、、、。」

杉三「解決できたんだね。」

蘭「そうだね。」

一方、実家に戻った頼子は、その料理の腕を買われて、小規模なデイサー

ビスで働いていた。



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