第33話 『青空』

海橋 空は『ラブデイズ』の中でも群を抜いて人気な作品のヒーローだ。

主人公は海橋 空の幼なじみ。

小さい頃に結婚するのを誓い合ったという間柄である。


『ラブデイズ』本編との関わりは非常に少なく、他校なので関わりようがない。

せいぜい、主人公行きつけのカフェでアルバイトをしていたのが凛先輩にプレゼントをあげるための龍我さんで......。


『自分がやりたかったことをやれ。ここから始めろ』


「ふああああああっ!」


「っ!?」


思い出して顔を真っ赤にしてうずくまる。

反則だ。最悪だ。思い出すたびに、熱が込み上げて頬が火照る。

空が若干引き気味に私を見ていた。


「きゅ、急に奇声を上げるな!」


「わ、私だって別にわざと出したわけじゃないし! 反射的にだもん!」


訳のわからない言い訳をして、息を整え直してから立ち上がる。

空の目がやばいやつを見る目だった。

まずい。名誉挽回のためになにか、とっておきの話題は......。


「そ、空は好きな人とかいるの?」


「は? 何を言ってるんだお前は」


「私も自分に何言ってんだって思ったよ」


なんで、このタイミングでその話題?

そりゃあ、龍我さんのこと考えて身悶えてたからだろうけど!!


「頭がおかしいのか?」


「ちょっと今おかしくなってる」


誤魔化す余裕もなく素直に認めると、空が呆れたような顔をした。

そらから、「ん?」と首を傾げ、


「お前、俺のこと呼び捨てにした!? 初対面で呼び捨てとかどんなだよ!?」


「い、今話しかけないで。頭パンクする」


既に容量オーバーだ。

倒れててもおかしくないレベル。


「はあ。なんでこんな面倒くさいやつに朝っぱらからから、からまれなきゃならないんだよ俺」


「ふぅ、収まった。で、空。私職員室の場所分かんないから案内して」


「自分勝手にほどがあるだろこいつ」


自分の不幸を嘆く空を無視して、早く行こうと催促する。

空は渋々ながらも付き合ってくれるようで、私の後ろをついてくる。


その時だった。屋上のドアが勢いよく開いて、千鶴が飛び出してきたのは。


「彩華......! こんなところに!?」


「あ、ごめん」


「ごめんじゃない! どれだけ心配したと思ってるの!? 先生たちも心配して探してるのよ。ちゃんと謝りなさいっ......」


その言葉が途切れ途切れになるのを聞いて、背後から息を呑む音。

それに気を取られていると、肩に衝撃が飛び込んできた。


「変なこと考えてたんじゃないでしょうね!? こんなところに来て!」


「そ、そういうわけじゃないよ!? ただ空が屋上にいたから勘違いして.....千鶴?」


肩越しの嗚咽。ようやく、千鶴が泣いているのだと気がついた。

はたと気付く。親友が屋上にいる場面。

それも、少し前まで病んでいた友人が。

......勘違いされても仕方ないかもしれない。


正確には真逆の立場で、それを止めに来たはずなのだが。

自殺しようとしていると勘違いして飛び込んできたら、自殺しようとしていると逆に勘違いされる。

こういった経験をする人は一体どれぐらいいるんだろうか。


ともかく、心配をかけたのは本当だし、病んでいた私がいたことも事実なので素直に謝罪する。


「うん。ごめん、なさい。迷惑かけて」


「ほんとだよ......バカ彩華」


涙ぐんだ声に、千鶴の私を想ってくれている気持ちに私まで目が潤んでくる。

私だけじゃない。彼女も不安だったんだ。


私のためにって考えて、私のことを考えてくれて。

千鶴が親友でよかったと本気で思った。


「ごめんね、心配かけて」


「.....っ、もう戻ろう。授業に遅れちゃうし」


「うん」


目を擦り、千鶴が周りを明るくさせる向日葵みたいな笑顔で微笑む。

私は小さく頷いて、千鶴の手を取った。


「あ。海橋くん、この子、海橋くんに何か迷惑かけなかった? ごめんね」


「いや、大したことない」


「そう。よかった。この子、今日からの転入生なの。仲良くしてあげてね」


「あ、ああ」


千鶴が私の保護者のように感じる。

面倒見られてる自覚はあるから、まあいいんだけどね?


「そいつは......」


「私の幼なじみなの。小学校がずっと一緒で、前までは別の中学に通ってて」


「ああ、そういうこと」


千鶴から私の自己紹介が入る。

どうやら、空とは顔見知りらしい。

同学年だし、同じクラスとかだろうか。


「海橋くんは......ありすちゃん待ち?」


「まあ。あいつ、来るかわかんねーけど」


「そっか。ありすちゃんに、よろしくって伝えておいてね」


「ああ。来たらな」


ありす。こちらもまた知っている名前だ。

やっぱり、この学校にいるのか。

私の手を握り、屋上から踵を返そうとする千鶴を私は立ち止まって制止した。


驚く千鶴に微笑み、背後を振り向く。

後ろにはもう私たち二人に背を向けた空の姿があった。

青く澄み渡る上を見ている。


「空! ありがと。あと、迷惑かけたみたいでごめんね。これからよろしく!」


歩いていた空の足がぴたりと止まる。

顔は結局見えなかった。

空が振り返るよりも前に私が屋上を千鶴を先導しながら出て行ったから。


空が何にもがき苦しんでいるのか、私は知っている。

そして思うのだ。空は、私に今まで出会ったこの世界の誰よりも似ている、と。

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桃原彩華のダイアリー あいねずみ @iruka

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