第30話 『リスタートへの道』
「どうなってんだって、そのままだろ」
不貞腐れたように言う龍我さんを見て可能性を上げてみる。
1龍我さんが嘘をついている可能性
2千鶴と龍我さんが共犯して嘘をついている可能性
3千鶴マミーと千鶴と龍我さんが共犯して嘘をついている可能性
4この世界が『ラブデイズ』とは異なる可能性
「ちょっと待って。整理させてください」
「? 分かった」
目の前にいるのは間違いなく龍我さん。
漫画で見ていた通りの黒髪でピアスもしていないチャラさの欠片もない真面目で誠実……とまではいかないけれど好青年な龍我さんだ。
口調が荒いのはお兄ちゃんもだから今さら気にならない。
『ラブデイズ』なら龍我さんと凛先輩は互いに惹かれ合って一件落着のはずなのに、一回目の告白で成功するはずなのに、なんで龍我さんがフラれてんの?
バグでも発生しましたか? おかしくなってるよ運営さーん!
「本当の本当にフラれたんですか?」
「っ……ああ」
「本当の本当の本当ですか?」
「そーだよ!」
「本当の本当の本当のほん—――」
「フラれて悪いかよ!」
はい、人生二度目の壁ドーン。
恐怖心しかありません。
周囲からの視線も怖いし、顔も怖いよ龍我さん。
「わ、悪くありませんよ。龍我さんかっこいいですよ! フラれるなんて信じられないなぁ。あははっ」
だからその手をどかしてくださいってば!
龍我さんは鼻を鳴らして手をどかした。
納得はしてないみたいだけど……。
まあ物語がおかしくなってることはさておき。
「龍我さんはなんでここに?」
「風華のやつに頼まれたんだよ。あとあの女」
「千鶴ですか」
龍我さんと千鶴に私が知る限り面識はないはずだけど。
知らぬ間に会っていたとでもいうのだろうか。
まあ、桃華みたいに彼に惚れるなんてことはないだろう。
「まだ雪華のこと引きずってんだってな」
「―――だからなんだっていうんですか?」
自分でもぞっとするくらい冷たい声がでた。
風華と同じくらい冷徹で容赦ない。
こういうところは似たんだなって思った。
「いや知らねえよ。ただ、今のお前すごくダサいな」
交差点の信号が点滅している。
人の波は私と龍我さんのことなんて全く気にも留めてないみたいに流れて流れて流れ続けて。
たくさんの人に飲み込まれていると雪華の死なんて本当にちっぽけな出来事だったんだなって思えてくる。
あの子が生きた証はどこへ消えたのか。
生きた証なんていずれは消えてなくなってしまうものだから。
あの子は、雪華はちゃんといたのに。
「俺が風華を誘拐したときのこと覚えてるか?」
「自分で誘拐したって認めちゃうんだ」
油断していたせいかポロッと心の声が口から零れてしまう。
龍我さんは構わずに続けた。
「風華のやつはとんだ貧弱で正直俺はがっかりしてたんだよ。こいつも口だけで行動はできやしないんだってな。連華みたいな口でも堂々と言えて行動力もある奴は少ないからな」
「お兄ちゃんは特別ですから」
特別じゃない平凡でなんの取柄もない『私』が憧れる存在。
自分にはなれないからこそ憧れる。
ないものねだりをしているだけの自分が一番、綺麗だった。
嫉妬や憎悪とは縁がない素直なところだけが誇れることだと思っていた。
自分には今できないことがきっといつかはできるって。
そう思って生き続けてきて。
日常が幸せだということに気付けたのは雪華の死が原因だった。
あれ以来、全てが変わってしまった。
憧れることだけを望んで決して自分で行動したりはしなくって口任せな自分が大っ嫌いになった。
なにもしれあげられてないじゃないか。
なにも強くなんてない。
結局は『桃原彩華』は私なんかじゃ務まらない大役だったんだ。
「私はきっと、特別になんてもうなれないんです。大っ嫌いな自分を好きになんてなれないしお兄ちゃんみたいな『桃原連華』みたいな特別なみんなに好かれるようなタイプじゃないんです。嫌われ者で弱くて脆くてちっぽけで強がることでしか自分を取り繕えない、強く振舞っても上手く何ていかない偽善者で。頼れる人に頼って。自分を守ろうとして。それでも上手くいかなくって、今の私がいるんです」
私なんていなくなったほうがいいんじゃないだろうか。
消えていけばいい、雪華の代わりに。
なぜ死んだのが私でなく雪華だったのだろうか。
「私が死ねばよかったのに」
頬を強い衝撃が貫いた。
音はあとから耳に響いてくる。
木霊するように。
痛みもあとになってからやってくる。
じんわりとした優しい痛み。
「お前が死んだら風華も悲しむ、雪華だって、連華もそうだ。お前の親だってそうだろ。誰が死んだからって丸く解決するもんじゃない。誰だって悲しむ。誰だって引きずって生きていかなくちゃいけない。残された奴らは死んだ奴らの分まで存分に人生楽しんで生きてけばいい」
龍我さんの表情は———。
「あとでごちゃごちゃ考えるな。馬鹿の頭で考えたって分かんないだろ」
馬鹿って言ったかこの人?
あいっかわらずブラックモードのときは容赦ないな。
でも優しい声音だった。
「これから『特別』になればいい。自分が思う理想像の自分にでもなんにでもなれ。自分がなりたいように、やりたいように叶えられなかったことをあとで後悔しないようにここから始めろ」
龍我さんの表情はいまにも泣き出しそうなほど悲しそうだった。
世界から音が消え去る感覚を誰しもが一度は体験したことがあるのではないだろうか。 相手だけに意識を委ね現実であると認識する。
頬が火照り、温かい鼓動が胸を打つ。
この感情の名前を私はまだ知ることはない。
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