第29話 『言葉』

「まーた、あや部屋散らかして」


 溜め息を吐きながら部屋の中を見回す親友を横目で見て私は布団を頭まですっぽり被った。

千鶴はテキパキと錯乱した荷物を元の場所に戻していく。

風華たちと別居して三か月。 雪華がいなくなった日から一年と少し。


「それにもう午後だよ? 今日は映画見に行こうって昨日ラインで連絡したじゃん、はい起きた起きた」


「やだー!」


 こうして今日も私と千鶴の布団剥がし対決が始まる。

中学校には、ほとんど行っていない。

不登校ってやつだ。 ときどき行くし授業も真面目に受けてるから退学とまではいかないだろうけど。

学校側もこちらの事情は察しいるようで「できるだけ学校に来い」と言うだけで強くは言ってこない。

お兄ちゃんがいるのもあるんだろうなあ。


 お兄ちゃんはえらいと思う。

毎日ちゃんと学校に通って、バスケは辞めちゃったけど雪華の死を引きずらずに頑張って生きている。


 私は自分を明るく見せることで周囲からの好かれるようになった。

本当はこんなキャラじゃないのにね。

桃原彩華はそういう運命なのかもしれない。

ダイアリーの1もうとっくに破っちゃってるなぁ。


「ほら、着替えてもう行こう?」


「はーい」


 千鶴は中学に入った途端、身長が伸びた。

部活は吹奏楽部にしたらしい。

ピアノとギターも両立で土日は練習で忙しいとか。

今日は平日だから問題ないのかな。

ん? てことはもしかして千鶴学校さぼってきた?


「学校、さぼったの?」


「さぼったなんて人聞き悪いな。休んだの」


「どこも体調悪そうじゃないけど」


「家の用事ってことにしといた。お母さんにもちゃんと許可取ってあるから」


 共犯かよ、千鶴マミー。

いつから純粋だった千鶴がこんなあくどいことを考えるようになってしまったのか。 全く、困ったものだ。


「ほら、行こ」


 千鶴に手を引かれて起き上がり、千鶴の言うがままに服を選んで着て、髪をとかして、千鶴にまとめてもらって家を出る。

新しい家はマンションの一室。


 千鶴のお父さんの方の家と近いため、よく千鶴が遊びにくる。

練習しなくて大丈夫なのかな?

それに彼のこともあるだろうし……。


「ねえ、千鶴」


「んー? なに?」


「羽柴君とはどうなの?」


「ふえ!?」


 いじりがいのあるところは変わんないな。

顔を真っ赤にして狼狽えるところは羽柴君ともそっくりだ。

卒業式の日、告白に成功した羽柴君は有頂天だった。

うざいぐらいに。


「このごろもよくメールくるよ。千鶴可愛すぎる、超かわいい、愛してる、俺には千鶴しかいないって」


「それあやが考えたでしょ!」


「バレたか」


「羽柴君は直接言ってくれるもん、それにそんなに可愛いばっかり連発しないし。は、羽柴君のほうがかっこいいし」


 くそ死ねリア充。

……千鶴に対してこう思うとは私も荒れてきてるな。


 映画館に入って、千鶴がなんの映画だか分からないチケットを買ってポップコーン担当の私のところに戻って来た。


「なんの映画見るの?」


「あやの好きな俳優さんが出てる映画だよ」


「この頃、ゲームばっかやってるから知らないや」


「引きこもり一直線だね、あや」


 塩ポップコーンを食べ続ける私の傍らで千鶴はキャラメルポップコーンを食べながら夢中で画面に食いついていた。

確かにかっこいいけど……内容がリア充すぎて——当てつけ?




「かっこよかったー! ねえ、あや」


「ソーダネ、スゴクオモシロカッタ」


「次、どこ行きたい?」


「特にどこも、千鶴の行きたいところでいいよ」


 千鶴の目が悪戯げに光った。

あれ、デジャブを感じる。

てかそれ私のパクりだからね?


「じゃあ一人で行ってきて」


「はい?」


 千鶴が突き放すように私を置き去りにして消えた。

人混みのせいであっという間に千鶴の姿はかき消される。

足の速さには自信あったけど、長らく走ってないから無理だと思う。


「しゃあない、帰るか」


 私はとぼとぼとなんのための平日だったんだ、とぼやきながらその場をあとにした。 否、しようとした。


「待てよ」


 不機嫌そうな声が耳に突き刺さる。

容赦のない、あの声はまさか。

腕を強く掴まれて無理やり引き寄せられた。


「よう、久しぶりだな」


 もう一人共犯がいたのか。

私は面倒くさくなってきて龍我さんに嫌そうな顔を向けた。

この人とも長い付き合いだ。

どれだけ煽ったら怒るのかは把握している。


「お久しぶりですね。龍我さん」


「連は元気にしてるか?」


「お兄ちゃんと学校同じじゃないですか、自分で聞いてくださいよ」


「夏にあったこと知ってるだろ」


 そりゃ知ってるけどさ。

お兄ちゃんと龍我さんの最後の戦い。

そこでお兄ちゃんは負けた。


 お兄ちゃんに殴り掛かった龍我さんの姿はビデオ越しに少しだけ見たが激しい怒りを抱いていたのだと思う。

お兄ちゃんが本気を出していなかったから。


「龍我さんでも気まずいとか思うことあるんですね」


「そりゃあるさ。気まずい空気を読まずに告白してフラれたのがついこの間のことだからな。いやー、凛まで連に惚れていたとは知らなかった。やっぱあいつモテるのな」


「は?」


 なんでこの話の流れで凛先輩?

しかも告った? 誰が? 龍我さんが?

それでフラれた? というか凛先輩が誰のことを好きって言った?


「今、なんて言いました?」


「フラれたんだって、俺が」


「誰に?」


「凛に。お前と仲いいだろ? 青柳凛」


「龍我さんが?」


「ああ」


「フラれたって本当に?」


「うん」


「凛先輩がお兄ちゃんのこと好き?」


「うん」


 全ての確証を持って、ようやく龍我さんの言葉が頭に入ってくる。


「どうなってんのこれ」


 アカツキ先生、なんでこうなってるんですか?

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