第28話 『とある姉のモノローグ』

 両親は妹に構ってばかりで私のことなんてちっとも考えていなかった。

妹は病弱な体質で余命も短い。

両親が構うのも仕方ないけれど私だって子供だ。

我儘になるのだって仕方ないことだった。


 学校をサボって遊びまくって、飽きたころにある本と出会った。

『中村 あかつき』の『雨森の殺人鬼』だ。

オタクが読むようなダサい本だと思っていたそれに私は引き込まれた。


 雨森の一族と紅の一族との闘いの最中には二人の少女がいる。

主人公である雨森族の少女と紅族の少女。

二人はそれぞれの想い人のために生と死の選択肢を選ぶ。

どの登場人物もかっこよかった。

今を必死で生き抜いてるって感じがした。

その姿がふと妹にも重なった。


「あの子も、必死に生きてるんだ」


 点滴を毎日うけて、日に日に体の管が増えていく妹の姿。

今まで見てこなかった彼女の本質を理解した。

小心者で、馬鹿で、運が信じられないくらいに悪い。

悪霊でも憑りついてるんじゃないかってぐらい悪い。


 お気に入りの漫画を病院の花壇に落としたり、ノートパソコンを盗まれたり、病院のコンビニに行ったとき大好物のスイーツがちょうど売り切れだったり。


 それでも彼女は苦しい治療にも耐えていた。

文句を言わないってことはなかったけど根性はあった。


「私も、かっこいい生き方ってできないかな」


 そう思った瞬間になにかが弾けた。

私の好きなことで私の好きなように生きよう。


『ラブデイズ』の登場人物たちは『雨森の殺人鬼』に似たキャラクターばかりだったけど人気がでて嬉しかった。

妹も読んでくれるようになって読者が知らないような情報を提供してあげたりもした。

そういうとき、決まってあの子はこう言った。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 笑顔で、苦しいはずなのに無邪気に笑うんだ。

その小さな体のどこにそんな力があるんだろうか。

でも、彼女にも打ち明けなかったことが一つだけある。


 桃原彩華の生い立ちについてだ。

桃原彩華には兄弟がいる。

一番上が連華、二番目が彩華、そして雪華。

最初から雪華はいなくなる予定のキャラクターだった。


 私は雪華を妹のように思っていた。

だから殺すことはかなり酷だった。

何度も何度も躊躇ってようやく決心した。


 彩華は雪華がいなくなったことに対してショックを受け閉じこもる。

そんな彩華の殻を壊すのが龍我の役目だ。

強引に、現実に引き戻された彩華は龍我に恋をする。


 彩華は。 桃原彩華は私が自分に似せて作ったキャラクターだった。

初恋の人を取られるのが嫌で邪魔しまくってその人から嫌われた私の苦い黒歴史から引用させてもらった。

今でも思い出すたびに恥ずかしい。


「お姉ちゃん。桃華は愛されてなかったのかな」


「ああ、アンタの好きな本の話?」


 知らない風を装っていたけれど口角がが上がりそうになってしまって顔を背けながらそう言った。


「桃華って誰よ? 主人公?」


「ううん、悪役キャラの女の子なんだけど……」


 愛されてるのかな、私。

自分の分身体のような存在である桃華が愛されているとは簡単に言えなかった。

だってそれは、誰からも構ってもらえなかった愛してもらえたと思っていない私のことと同じだったから。


「好きな人も取られちゃって、お兄ちゃんからも信用されなくなって、もう桃華のことを好きな人ってだれもいないのかな」


「……さあね」


「お姉ちゃん、私って愛されてるのかな?」


 愛されてるに決まってんじゃん。

あれだけお母さんとお父さんにちやほやされて。

私だって———。

振り返ってそう言おうと口を開く。

直前、妹の顔を見て固まった。


「なんで泣いてんの!?」


「だ、だって。し、死んじゃうんだよ? もう少しで私、みんなから忘れられちゃうんだよ。愛されなくなって、恋愛もできなくって、学校にだっていけてないもん、やりたいこともっとたくさんあったもん!」


 妹の我儘は溢れだしたとまらなかった。

ないものねだりをしてたのは私だけじゃなかったんだ。

この子も、普通に学校に通って恋愛とかして家族から愛されて幸せに暮らしたかったんだ。


「お姉ちゃんばっかりずるいよぉ……こんなぐらいなら桃華になったほうがずっとましだった!」


「……にが分かんのよ」


 泣き叫ぶ妹を見て怒りがこみ上げてきた。

私だって苦労して生きてきた。

誰にも愛されてないんじゃないかって悩んで、自殺しようか考えた事だってある。

私のほうが幸せ? 私になったほうがまだましだった?

ふざけんな。


「アンタに私のなにが分かるんだよ!」


 難病を患った妹と家族から孤立した私と。

どちらが不幸せだったかなんて分からない。

虚を突かれたような顔の妹。

妹の頬が赤く腫れあがっているのを見て、自分の掌に衝撃が残っているのを感じてようやく私がなにをしたのか分かった。


 私は自分のしたことを認めたくなくって逃げた。

ただ、逃げ続けた。


***


 その日は家に閉じこもって大好きな漫画を漁った。

現実から目を背けるようにして。


 次の日から私は病院に行かなくなった。

次の日も、その次の日も、一か月。 一年と時は過ぎ、ついに妹はいなくなった。


 葬式には一応出た。

両親は覚悟していたのかほとんど泣いていなかった。

妹は眠ってるような顔で大好きな漫画に囲まれて幸せそうだった。


 雪華が死んだときみたいな桃華にはならなかった。

だって、この子は十分に愛されていて、穏やかな表情をしているから。

私が何もしてあげなくってもこの子は十分に幸せだった。


 この子は一体、どういう思いでこの世を去ったのだろうか。

それだけが気になって仕方なかった。

そして、意外な形で私はその答えを知ることとなる。


『アカツキ先生へ 


 この手紙をアカツキ先生が読んでいるとき私はきっとこの世界には存在していません。 幼少期から患っていた病気が悪化し余命まであと二週間足らず。 ずっと躊躇ってきましたがやっと書くことを決意できました。

赤の他人からこんな手紙を貰っても嬉しくないでしょうし、戸惑ってしまうでしょうけど。 私はあなたの作品が大好きです。 あなたの作品にこれまで励まされてきました。 私が一番好きなキャラクターは桃原連華です。 かっこよくって、優しくって親友思いで、私にもそんな頼れる友人が欲しかった。 ずっと病院通いなせいで友人の一人もいないのが悩みですが……相手をしてくれる優しいお姉ちゃんがいたので寂しくはありませんでした。 私のお姉ちゃんは我儘だし意地悪ばかりするけど本当は優しい人なんだって思ってます。 だって、私の好きな漫画の新刊をすぐに買ってきてくれるし、私の大好きな食べ物を家族の誰よりも知ってるし、私にとってお姉ちゃんは大切な家族でもあったけど大好きな友人でもあったんだと思います。 家族が友人っておかしいですね(笑)。

それから、桃華のことについてですが。 私は桃原彩華という存在がお姉ちゃんに似ているように感じてなりませんでした。 だって我儘だし意地悪だし、一途だし。 実はお姉ちゃんがラブレターを書いてたのを見たことがあるんです。 すごく切実で純粋な内容でした。 青春してるなあとしみじみしました。 なんか、私お姉ちゃんより年上みたいですね。

桃原彩華にも頼りにできるような助けてくれるような人はいなかったのでしょうか。 私はお姉ちゃんが大好きです。 愛してるって言ってもいいぐらいです。 言ったら気持ち悪いって言われるオチだろうから言いませんけど、……アカツキ先生。 先生はどう思いますか? 桃華は幸せだったんでしょうか。 そのことについて私と姉は言い争って、それ以来会っていません。 もしアカツキ先生がお姉ちゃんみたいな考え方をしているなら桃華は幸せじゃないんだと思います。 だけど私は幸せだったんじゃないかって思います。 余命先刻もなく、まだ生きる希望を持てて恋愛もできて学校にも行けて。 桃原彩華は私の憧れでした。 桃華はすごく、幸せな子だったと思います。 私はとにかくそれが言いたかっただけです。 これからも頑張ってください。 応援しています』


 ファンレターだった。 名前は書かれていない。

住所もない。 もし他人から来た手紙だったのなら気味が悪くて即ゴミ箱行きだっただろう。 だけど、私はこれを書いたのが誰なのかよく知っているから。 そして彼女が私をどう思ってくれいたか知ることができたから。


「もう十分かな」


 私も大好きだったよ彩華。

こうして、桃華にはもう一人の兄弟ができた。

桃原風華。 私の捻くれたところを背負う男の子が誕生した。

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