幕間 変わり果てた末に

第27話 『風華のモノローグ』

  一年はあっという間に過ぎ去っていった。

辛い思いでも、悲しい思い出も全部過ぎていく。

俺はすっかり色褪せてしまった花束を新聞紙にくるんだ。


 あの出来事を境に、全てが変わってしまった。

兄ちゃんも、母さんも、父さんも。

それから姉ちゃんも。


「雪華。お前のせいだよ」


 妹のせいにしてみたところで何が変わるわけでもないのはよく分かってるけど誰かのせいにしなきゃやってられなかった。


「風華、水汲んできたぞ」


「ありがとうございます、龍我さん」


 龍我さんもこの一年でだいぶ変わった。

金髪だった髪は元の黒髪に。 ピアスも取ってチャラさが消え失せた。

去年の夏から龍我さんは多分、一度も兄ちゃんと話していない。

最初のころとは真逆だなと思う。


「お前に敬語使われんの、やっぱり慣れないな」


「そうでしょうか? バスケで上下関係厳しいこともよく理解しましたから」


「確かに昔みたいな自意識過剰野郎ではないな」


「精神的に色々とやられましたから、もうあの頃みたいな自信は持てませんよ」


「それでも努力の積み重ねで今のお前があるんなら関係ないだろ」


「努力しなきゃいけなかったのは自分自身のためだけじゃなくって家族のためでもありましたから」


「まあ、そりゃあな」


 言葉を濁すように苦笑して龍我さんは水を汲んだ桶を地面に置いた。

新しい花は両親が花屋をやっているという同じクラスの女の子に頼んで持ってきてもらったものだ。


 種類とかどれをあげたらいいかとか俺が選ぶと怒られそうだしな。

マッチで火を点けると線香の独特な匂いが鼻を掠める。

俺はそれほどこの匂い、嫌いじゃない。

姉ちゃんは嫌いだって言ってたけど。


「今、どうしてんのかな」


「誰のことだ?」


「いや、なんでもないですよ」


 線香をそっとおいて俺は墓にむかい合う。

彼女、雪華が死んでから一年の月日が流れた。


「親御さんの離婚の件どうなったんだ?」


「兄ちゃんと姉ちゃんは母さんのところに行くって。二人が母さんのところに行くんなら俺ぐらいは残ってあげないといけないですから」


「風華。なにかあったら俺に言えよ」


 龍我さんは前の兄ちゃんみたいで、弱音を吐いてしまいそうになった自分を俺は𠮟りつけた。

今さら誰かに頼ることは許されない。


「頼りにしてます、龍我さん」


 上辺だけを取り繕ったなりたくなかった人間にいつから俺は変わってしまったのだろうか。


***


「ちょっとぉ、なにこのガラクタ」


「なにってそれ全部姉ちゃんのでしょ」


「要らないし、こんなの」


 躊躇なく姉ちゃんがおもちゃを踏みつける。

ばきっという音がしてガラクタ呼ばわりされたおもちゃは歪んだ。

俺の知る姉ちゃんはこんな人じゃなかった。


 小心者で。 それでいて不運で必ず損な役回りの回ってくるような、なのにそのことに対して笑っていられる。

そんな人だった。 人の想いを踏みつけるような行為はしなかった。


 覚えてないのか、忘れようとしているのか。

そのおもちゃは姉ちゃんがよく遊んでいたお気に入りの物だった。 

一年前までもコソコソしながらよく遊んでいた。


 駄菓子屋に売ってるような安物のおもちゃなのに、俺が渋々小遣いを使って誕生日に買ってやったときはとにかく喜んでいた。

そんな安物のなにが嬉しいのかと聞くと『大事なのは気持ちであって価値はその次なのだよ』とかえらそうに言っていた。


「もう手伝わなくていいよ風華。邪魔」


「はいはい。分かりましたよ」


 昔の俺ならキレていただろうけど今は落ち着いている。

大人しく部屋を出てドアにもたれかかっているとすすり泣くような声が聞こえてくるから。

追い払おうとするときは姉ちゃんが泣きそうなときだけだ。

本当は覚えていて、忘れられなかったんだろうな。


 相変わらず不器用な人だ。

いや、兄ちゃんが怪我したときの俺と似たようなものだろうか。


「……」


「おかえり、兄ちゃん」


「ああ」


兄ちゃんの態度がそっけなくなったのは一年前から。

身内の俺と父さんを毛嫌いするようになった。

葬式のときに俺と父さんだけは泣かなかったからじゃないだろうか。


 兄ちゃんは泣いていた。

姉ちゃんは部屋から出てこなかった。

母さんも泣いていた。


 あの三人との溝はもうくっきりとできてしまっている。

雪華の死因は窒息死だった。

犯人の男はもう刑務所に捕まっている。


 男はこう供述している。

「可愛い容姿をしていたから襲ったそれだけ」

無計画でもその男は運のいいことに成功したのだ。


「夜ご飯、要らないから。外で食べてくる」


「分かった。母さんに心配かけないでよ」


「……お前がそれを言うのか?」


 憎悪。 兄ちゃんの目に込められていたのは正にそれ《・・》だった。

家族にむけるものではない、信頼の欠片もない瞳だ。

澱んだ空気を破ったのは姉ちゃんの悲鳴だった。


「きゃあああああああああああああああ!」


 兄ちゃんの目が一瞬にして変わる。

ドアの近くにいた俺を突き飛ばして兄ちゃんはドアノブに手をかけた。


「彩華、どうした!?」


「お、お兄ちゃん……」


 開かれた部屋の中には涙目の姉ちゃん。

それから姉ちゃんの指さした床には黒い生物Gが。

俺は拍子抜けして笑ってしまった。

兄ちゃんも同じようにして笑い出す。

泣きそうな顔をしてるのは姉ちゃんだけだ。


「なんで二人とも笑ってるの!」


 必死そうな姉ちゃんはおかしすぎた。

そして気づいた。

姉ちゃんの心が完全に変わってなんかいないってことに。


 —―俺はある人物にメールを送ることにした。

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