第24話 『それから、』

 三月になった。

受験も終わり、すっかり落ち着いた時期。

合格通知も届いたけれど特に感激はしなかった。

不安がなくなった安堵感を少しだけ感じた。


 卒業式はもうすぐ、千鶴や羽柴君や、クラスメイトたちと過ごす最後の時間だ。

龍我との出会いから変わったことと言えば毎日のように家に彼がやってくるようになったことだろうか。


 龍我をあれだけ嫌っていた風華だったが今ではすっかり懐いている。

お兄ちゃんがもう一人できたみたいで変な感じがする。

雪華も風華に同じく、龍我に懐いてしまった。


 お母さんも龍我を我が家の一員として歓迎していて、夕飯の席には必ず龍我の分も並ぶ。 龍我は成長期なこともあってかお兄ちゃん以上に食欲がある。

おかげでお母さんの新作料理の実験台ができたというわけだ。


 失敗作もときどきあるけれど龍我は気にせずバクバク食べている。

食べ物であればなんでもいいんだろうな。

嫌いな食べ物を聞いたところ「何もない」と断言された。

今度、お母さんにパクチー料理を作ってくれるよう頼んでおこう。


「彩、帰ろ」


「ごめん。今日、日直あって遅くなる!」


「ううん、いいよ。待ってるよ」


「でも千鶴ピアノの練習あるでしょ?」


「いいの!」


 千鶴は強い口調で言って窓閉めをしていた私を手伝い始める。

中学になったら私と千鶴は別の学校に通うことになる。

それは白石鳥を受験したときから覚悟していた。

今さら、後悔するつもりなんて毛頭ない。


「卒業式、もうすぐだね」


「早いね。もう小学生は終わりなんだ」


 私の言葉に千鶴が吐息しながら答える。

まだ冷たい空気のせいで千鶴の息は白く染まった。

千鶴のマフラーは青のギンガムチェックであまり彼女には似合っていない。


 去年、千鶴の使っていた桃色のマフラーのほうが彼女には似合っていた。

ギンガムチェックの柄は私が去年使っていたマフラーと同じだ。

今年は無地の灰色がマイブームだ。


 冬服には必ず灰色の物をいれるのがルールになっている。

マフラーは冬の相方と言っても差し支えない。


「中学なったら彩と離れて、そしたら段々話さなくなるのかな」


「そんなことないよ」


「でも、会う機会もほとんどないんだよ?」


 泣きそうな声に驚いて私は千鶴を見た。

表情は、マフラーで顔を覆っているせいで見えない。

でもきっと千鶴は泣いている。


「私ね、彩と離れるの嫌だよ」


「……」


 私も嫌だ、そう言おうとしたけどその前に千鶴が言葉を奏でた。


「ずっと、彩と親友でいたい。彩がいなきゃ私、無理だよ」


「無理なんかじゃないよ。千鶴は一人でも」


「できないよ!」


 千鶴の顔がはっきりと見えた。

ちょうど踏切に差し掛かって千鶴が駆け出していく。

追おうとしたけどちょうど信号が赤く点滅しはじめて無理だった。


 二人の間を遮るようにして電車が通る。

向こう側にいるはずの千鶴の姿が見えなくなる。

やがて、電車がいなくなったとき千鶴の姿はもうなかった。


***


「ただいま」


「おかえり」 「……」 「姉だ!」


 お兄ちゃん以外の子供が全員揃っていた。

中学生のはずの龍我がなぜこんなに早く帰ってくるのかよく分からない。

三人はトランプをしていた。

いつもなら混ぜてもらうところだが今日は気分が乗らない。


 それを察したのか風華が沈黙して私を見てきた。

昔から一緒にいることが多いせいか風華は私の気持ちに敏感だ。

風華と同じ部屋じゃなく、自分だけの部屋になった自室。


 合格通知が届いた日にお母さんが許可を出してくれた。

壁には好きなポスターを貼って、可愛い雑貨もたくさん飾って。

真っ先に千鶴を呼んで一緒に遊んだ。


 あの時、千鶴は無邪気に笑っていた。

でもあの頃から私たちの関係はぎこちなかった。

ベットに倒れ込んで、秘密のノートを開く。


 幼い私の字がやけに懐かしく感じられた。

1.ぶりっ子にはならない

桃華みたいな嫌われ者にはなりたくないって意味合いだったんだけどうん、これはまあ達成できてるんじゃないかな。


2.将来について中学卒業までには決める

これは……まだ見つけられていない。

自分が将来何になりたいか、何をやりたいか分かっていないから。


 3.人に嫌われるようなことは極力しない

小さい頃から私の小心者なところは変わってない。


4.家族内での立場を確保する

もう一人、家族が増えましたけどね。


5.お姉ちゃんらしいことを彼女にできるように

雪華にはあの時、助けられちゃったからな。

雪華がピンチになったときにお姉ちゃんらしいかっこいいところを見せつけてやろうじゃないか。


6.美味しい料理を作れるようになろう

うん、これはまあ。 うん。


 しばらく開いていなかったな、と感傷に浸りながらペラペラページをめくっていると最後のページに何か落書きのような物が書いてあった。


『自分勝手に生きろ』


 誰が書いたものなのか、一目見て理解できた。

私に隠し事は無理だったかな。

風華には何もかもバレていたらしい。

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