第23話 『秘密』

「お、やっと来たか」


 能天気な一言に言い返したいことは山ほどあったがまずは風華の安全を確認しておこうと背伸びして公園の中を覗く。

花壇を境にして風華の姿が見えた。


「人に押し付けないでください」


「いいじゃんか。一人連れてきてやったんだから」


 そういう問題じゃあないと思うんですが……。

花壇を飛び越えてバスケットコートに着地。

ボールが足元に転がってきたので屈んで拾った。


「風華は無事なんですか?」


「殴ったりしてねえから安心しとけ。暴言吐かれまくって少し言い返しはしたけど殴るほど大人げなくねえから」


「……」


 当の風華は疲れたように両手で目を覆ってベンチに座り込んでいる。

ボールを龍我に手渡し、ベンチに荷物を置くと風華は気づいたように顔を上げてこちらを見た。 青ざめた顔をしているが大丈夫なのかな?


「そいつ酔ってるだけだから」


「え、まさか背負われて酔ったの? 貧弱すぎ」


「アンタは黙っとけ!」


 強気な風華の声は弱弱しい。

へっへーん、いつもみたいな眼光もなければ言葉に鋭さもない。

なーんにも怖くないもんねー!


「あ?」


 あれ、酔ったんじゃなかったの?

顔、怖いよ?


 私が風華を観察しているとボールがゴールに入る爽快な音が聞こえてきた。

自分で決めるとき音が鳴ると気持ちいいよね。

スリーポイントから決まるともっと気持ちいい。


 龍我が得意げな顔をしてこちらを見てくるがあえて無視しておく。

お兄ちゃんに連絡しないといけないし、風華も介抱しなきゃだしやらないといけないことはたくさんあるんだから。


 メールを送信して、風華の顔色が元に戻ったところでようやくボールを指で弄んでいる龍我を見る。

ボールは龍我の持っているものとベンチに置かれているものとで二つあるようだ。 さっきスーパーにいたときは持ってなかったよね?


 ボールの出所が気になるがバスケをしたい気分になってベンチに置かれていたバスケットボールを手に取りドリブルしながらシュートしに行く。

行こうとしたところ、目の前にディフェンスのつもりなのか龍我が現れた。


 大人げないことはしないって言ってたくせに十分大人げないじゃないか。

心の中で舌打ちしつつもお兄ちゃんに教わった技術を使ってみる。

ボールを両手で持って立ち止まり、ゆっくりとシュートを決める動作。

予想通り、龍我は私に合わせるようにして両手を高く伸ばした。


 そこで素早く右に出てレイアップを決める。

ボールが吸い込まれるようにしてゴールの中に消えていく。

うん、何度やっても相手を引っ掛けてゴールする爽快感は最高だね。

……案外、私って性格悪い?


「なっ、お前ってバスケやってたのか!?」


「やってませんけど。お兄ちゃんに教わりました」


「素人かよ!」


 運動神経だけは桃華さんピカ一なんですのよ。

どや顔してやると龍我は感心したように私を眺めてきた。

む? どんだけなめられてたんだ私って。


「もったいねえな。バスケやりゃあいいのに」


「中学に入ってから考えます」


 バスケか。 部活動でやるなら悪くないかもしれない。

でも文化部も捨てがたい!

凛さんからも誘われてるし。


「連妹は連に似てんのに蓮弟は似てねえよな」


「運動神経の良さの問題ですよね?」


「そう、それだよ。それ」


「風華には芸術分野の才能がありますから」


「ほー。俺には良さが分からねえがな」


 龍我がボールを両手で弾き合いながら言う。

うーん、この人に芸術が理解できるとは思えないなぁ。


「人によって価値観も違いますから仕方ないでしょ」


「お前は、ああそういえばまだ名前聞いてなかったな」


「桃原 彩華です。弟が風華。妹が雪華です」


「連に兄弟がいたってのは驚きだったな」


 お兄ちゃん口調荒いからね。

兄弟から好かれてるのはもっと意外だったでしょうよ。


「で、連弟はどうして俺が気に入らなかったんだっけ」


「気にしないでください。風華はお兄ちゃんのこと大好きすぎるだけなんです」


「いや、それだけじゃないと思うぞ」


「?」


 龍我は何か含むように小さく笑った。

風華の肩がびくりとはねる。

? ? ? 

どうしたっていうんだろう。


「連弟。お前、俺に嫉妬してたろ」


 は? 

風華が嫉妬なんてするだろうか。

あんなに自分に自信持ってる風華が?

あはは、ないない。 


「ッ!?」


 ――嘘でしょ。

風華は本気で驚いたように目を見開いていた。


「才能に囚われてる奴は自分の不得意な物を見捨てる事が多い。というか不得意な事を好きになる奴の方が少ないもんな。誰だって自分が人より劣ることはやりたかねえし」


 ボールをドリブルする音がすっかり暗くなった公園に響く。

お兄ちゃん、なかなか来ないな。

視線を彷徨わせ、ふと街灯の影に人影があることに気付いた。


「それでも、お前は不得意で自分にはできないことに憧れた。だから俺のことが羨ましくって突っかかって来たんだろ」


「違う、違うよ。僕にはそんな兄ちゃんみたいになんてなれない」


「なれないから憧れたんじゃないのか?」


 逃げようとする風華を龍我は逃がさない。

『好きなことは全部やらないと損じゃん』

どこかで聞いた言葉と同じように。


「お前の才能ってのは誰にもあるもんじゃないけどさ、なにも才能に囚われなくてもいいんじゃねえの? 自分の好きな物は好きだって堂々と言ったらいいだろ。かっこ悪くても目指したいものがあるならあきらめずに目指すべきだ。その為の努力をすれば必ず叶う日は来ると思うぞ」


『自分のやりたいことは才能なくってもやればいいんだよ』

私が、千鶴に言った言葉と同じだ。

……千鶴はピアノ以外の何に憧れていたんだろうか。


 親友の暗い表情が記憶に蘇った。

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