彼の歩みかけ

第21話 『運勢最悪day』

きっかけは朝の一言から始まった。

「今日の星座占い、最下位はてんびん座。思ってもいなかったハプニングや不幸の連続に遭遇するかも」

てんびん座、へえそうなんだ。

てんびん座が最下位なんだぁ。 へえ。


 ちょっと待て。

「姉、最下位だって。ぷふっ」

「不幸の連続だってさ」

「あや、気を付けろよ」

誕生日十月十八日。 てんびん座。

まさしく私ではないか!


 そして、不幸の連続は容赦なく私に降り注いだ。

登校中、落ちていたガムを踏み靴裏がべたべたに。

授業中には先生にさされまくり、昼休みには校長先生の長ーいお話に耳を傾けなくてはならなくなる思いにもよらぬ出来事。

目を閉じないよう意識を保つのに必死だった。


「あ、彩。大丈夫?」


 私を心配してくれる千鶴はやっぱり天使だ!

千鶴の柔らかいほっぺをいじりながら癒されていると、千鶴ファンクラブの女子から「団長。ずるいです」と怒られた。

団長の権限だろうが! いいじゃないか!


 しかし、私は贅沢さを求め過ぎていたのだ。

あとあと考えてみればそうとしか考えられない。

こんな不幸の連続が訪れていても私は幸せなほうだった。





 お母さんから頼まれた物を買いに私と風華はスーパーに来ていた。

食材、特に野菜の新鮮さはよく分からないので風華頼みだ。

私は基本的にカート係。


「姉ちゃん、こないだの兄ちゃんのところに来た男ってどう思う?」


「ん~? ああ、龍我さんのこと」


「あんな奴、さん付けで呼ぶ必要なくない?」


「え、だって万が一にも聞かれてたら怖いじゃん」


 堂々とした私の小心者ぷりに風華が頬をひくつかせる。

風華みたいに自分に自信がある人は少ないのだよ。


「あんな自意識過剰野郎に兄ちゃんが負けるはずないし」


「でも、風華は龍我さんのプレイみたことないでしょ」


「見なくたって分かる!」


 うーん、風華も雪華もお兄ちゃんのことになると熱いんだよね。

説得するのは難しい。 けど、この誤解を残したままにしておくと風華の教育上にもよくないので訂正しておくことにする。


「お兄ちゃんも言ってたよ。実際に試合してみるまで分からないって。勝手に決めつけて意地張ってもなんの役にも立たないんだから」


「でも、でもあいつは兄ちゃんを侮辱して」


「侮辱って……。あれぐらいのやり取り普通だよ。風華は友達との関係薄いから分かんないだけだって」


 お母さんの書いたメモにあったカレールーの中辛を手に取ってカゴにいれる。

近いうちにカレーが食べれると思うと嬉しくなる。

カレーは我が家みんなの大好物だ。 雪華は甘口しか無理だけど。


「あいつなんて兄ちゃんの友達じゃない! 僕は認めないっ!」


「風華が認めるとか認めないとかの問題じゃないんだよ? それはお兄ちゃんが決めることであって風華には関係ないこと」


 声を荒げた風華に対して私は冷静を装う。

雪華がよく食べる甘口のキャラクターがのったカレーを手に取ってカゴに入れた。 手が少しだけ震えている。


「……友達なんて上辺だけじゃんか」


 風華が呟いた言葉に私は戸惑った。

それがひどく悲しげな台詞だったから。

風華でもこんな悲しい顔することあるんだ。


「あれ? この前のクソガキじゃねえの」


 そして、最悪の出会いハプニングはやってきた。

黄零きれい 龍我りゅうがは平然と私の真横に立って風華を見ていた。


「りゅ、龍我さん!?」


「名前知ってるんだな。えっと、連の彼女……じゃなくって蓮の妹だっけ」


「はい。あの、龍我さんはなぜここに」


 さっき呼び捨てしなくって本当よかった。

小心者の私が役に立ったということだ。

風華は鋭い目つきで龍我を睨んでいる。


「なんでって、特に用はないけど強いて言えばおつかい?」


 おつかい!? 前のときから思ってたけど龍我って意外と言葉が幼い……あれ、心読まれたかな? めっちゃ睨まれた。

龍我にはエスパー能力でもあるのだろうか。


 確かに龍我の抱えているカゴには日用品やらなんやらが入っている。

おつかいに来たので間違いなさそうだ。

なんで声をかけてくんだよ、みたいな顔をしている風華はさて置き。


「龍我さんはお兄ちゃんの、バスケ友達なんですよね」


「中学は違うけど、高校は蓮と同じとこ行くつもりだ」


「でも、お兄ちゃんのチームが雑魚いとか言ってませんでした?」


「連華と一緒のチームでプレイしてみたいんだよ」


 ほー。 お兄ちゃん案外慕われてるんだなぁ。

ライバル視してるのは龍我だけで一方通行みたいだけど。


「私も白石鳥受験するんです」


「てことは今小六か」


「はい。まあ受かるかまだ分からないんですけどね」


「その割には自信ありそうだけどな」


 ふふん、ちゃんと毎日頑張ってるからね。

おかげでゲームをやれる時間がちっともない!

せっかく卒業祝いで十二月にスマホ買ってもらったのに。


「バスケだけできても、頭よくなきゃ入れないでしょ」


「俺が馬鹿だとでも言いたいのか?」


「そうとは言ってないけど。バスケだって兄ちゃんに一回も勝てたことないんでしょ? そんな奴が兄ちゃんと一緒にバスケやっても足引っ張るだけだろ」


 風華の挑発に龍我は額に青筋を浮かべる。

掴みかかるようなことはしなかったけど怒っているのはよく分かる。

また毒舌炸裂でこじれるのか。

風華の敵が増えそうだな……。


「そこまで言うならついて来い」


「は?」


 風華の驚いた声には反応せず、龍我は軽々と風華を担いだ。

そして私のカートに自分のカゴを乗せる。

ええ……なにをしようとしてるの?


「連妹。あとは頼んだ」


「頼まれませんよ! こ、これどうしろって言うんですか!?」


「払っといて。あとで返す」


「はあ!?」


 周囲の視線も気にならないぐらい私は大きな声を上げてしまう。

龍我は最後に一言。


「居場所は連に聞けば分かると思うぞ。じゃあ先に行ってるからあとで来い」


「え、え!? 風華どこに連れてく気ですか!」


 私の問いかけには答えず龍我は風華を抱えたまま走り去った。

スーパーの中は走っちゃダメでしょ!

ていうか人の弟を勝手に持ち去るな!

言いたいことはたくさんあったけど、取りあえずは。


「お、お兄ちゃんに連絡しないと」


 やっぱり頼れるのはお兄ちゃんしかいない!

取り残された私は公衆電話へ向かうのであった。

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