第17話 『突然の悲報』

お兄ちゃんが事故にあった。

その知らせを受けたあと、私と風華はおろおろしながら家で待っていた。

風華の焦った表情を笑うことができないほどに私も焦っていた。


 帰って来たお兄ちゃんを見て安堵したのは言うまでもない。

が、お兄ちゃんの右腕のギプスを見て青ざめた。


「ただの骨折だよ」


「「骨折!?」」


 ……風華と見事にハモった。

自転車で車に衝突したそうだ。

骨折で済んだだけまし、と言っていたが骨折はかなりキツイ。

しかも、二年生が主役となるこの時期に大丈夫じゃないだろう。


「バスケとか、大丈夫なの?」


 おそるおそる風華が聞く。

お兄ちゃんはいつも通りの顔で笑った。


「全治二か月ぐらいだって。まあ、夏の大会までには間に合うだろ。レギュラーは取られるかもだけどな」


 肩を竦めて気軽に言うお兄ちゃんの様子に風華が押し黙る。

私も何も言えなかった。

だって、お兄ちゃんがどれだけバスケの為に時間を費やしてきたのかよく知ってるから。

私たちが口を挟めることじゃないと自覚は持てた。


「色々、迷惑かけるかもだけど、ごめんな」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げるお兄ちゃんに風華が何か言うのをぼんやり眺めていた。

そのあと、お兄ちゃんは自分の部屋に入ったきり出てこなかった。


 微かにすすり泣く音が聞こえたことに誰も何も言わなかった。


 それから部屋にもどってからも私と風華は沈黙を貫いていた。

風華はベットに横になってこちらから顔を背けている。

表情は見えないけど、なんとなくどんな顔をしているのか分かった。


「ねぇ、風華」


「……」


 声を掛けても返事はかえってこない。

それでもいいから、私は言葉を紡ぐ。


「お兄ちゃんのためにやれることをしよう。 私たちにできるのは多分それだけだよ」


 風華の息を呑む音が静寂の中ではっきりと聞こえる。

こちらを見た風華の目は赤くなっていた。


「分かった」


 お兄ちゃんのために、これまで支えられてきた分、私たちが支えよう。

これはある意味、恩返しなのかもしれない。 そんな風に思った。


 


 それからの日々は怒涛を極めた。

まず、お兄ちゃんの食事について。

骨折したのは利き手の右手のため食事をとる時にもう片方の手を使うか、誰かが食べさせてあげるしかないという結論に至る。


 そして、後者が採用された。

理由は単純。 お兄ちゃんに全員が食べさせてあげたかったから。

ブラコン集団と言われても致し方ないほどの理由。

表では利き手じゃないほうだと食事するのに時間がかかるからにしておいた。


 さて、ここからが修羅場だった。

行われたのは誰がお兄ちゃんに食べさせてあげるかのジャンケン大会。

一回戦では雪華が一人勝ち。 しかし、異を唱えた私と風華によって第二回線が行われ、今度は風華が勝った。 これに異を唱えたのは私と雪華。

結局、交代で食べさせるという結論に至った。


 お風呂は自然と風華の担当。

くっ、男に産まれたかったとこれほど思った出来事はない。


 学校に普段通り通ってもらうことに。

ただ、部活には参加できないのでその分、早く帰る。

帰りは部活のマネージャーが毎日、家までついてきた。


 ほとんどは一回面会したことのある糸川いとかわ 璃子りこサマ。 お兄ちゃんは一人で帰れると言い張ったそうだが璃子は強行手段として「うちの部のキャプテンに何かあったらどうするんですか!」と部活の顧問に乗り出した。


 璃子の家からの圧力もあって、プラスしてお母さんがお兄ちゃんを迎えにいけないこともあって、璃子が付いてくるときは必ず豪華な車がうちの前にやってくる。

お兄ちゃんは気まずそうな顔をして帰宅してくるが璃子は笑顔だ。


 おかげで、風華が完璧に璃子をライバル認定している。

璃子と風華の間でバチバチと火花が散る光景を何度、目にしたことか。

璃子以外のマネージャーの場合は風華も幾らか和らぐ。


 凛先輩に聞いた話だが、二年生の学年には女子内でいくつか派閥が存在し、璃子以外にも有力な派閥があるらしい。

お兄ちゃん狙いの女子は数多く、男子バスケ部のマネージャーもピリピリした関係なんだそう。 改めて女子の怖さを思い知った。


 私も受験勉強を本格的に頑張った。

その間、風華と雪華はお兄ちゃんの世話に忙しい。

私も何度か手伝ったけど、やっぱり一番働いたのは風華だろう。


 そして、お兄ちゃんが骨折してから五週間が経過した。


「こーのぉー、青いぃ、そーらー」


「姉うるさい。 卒業合唱の練習なら外でやって」


「外でやったほうが近所迷惑でしょーが!」


 雪華に文句を言われながらも合唱しているとお兄ちゃんがリビングに顔を出した。

昼食の支度をしていた風華がエプロン姿でお兄ちゃんに駆け寄る。

風華に尻尾があったら千切れんばかりに振られていたことだろう。


「どうしたの? お腹空いた?」


「いや、そうじゃなくって」


 風華の問いかけに苦笑しながら答えてお兄ちゃんはソファに腰を下ろす。

むかいにいた私と雪華はお兄ちゃんの方をむく形になった。

風華も私たち側のソファの後ろに佇む。


「改めて礼を言わなきゃって思ってな」


「水臭いなぁ、もう」


「みずくさい? 連兄れんにいは臭くないよ。 臭いのは姉じゃん」


「そういうことじゃないし! え、ていうかくさい!?」


 雪華の衝撃の一言に私は取り乱す。

急いで服をかいでみたが自分じゃよく分からなかった。


「あや。 冗談だと思うぞ」


 お兄ちゃんのフォローで気を取り直す。

そ、そうだよね! 毎日お風呂入ってるし臭いわけ……におう?

雪華の方を見てみたがしらーと視線を逸らされた。


「別にいいよ、お礼なんて僕らが好きでやったことだし」


 風華も謙遜して答える。

お兄ちゃんはわずかに苦笑した。


「そういうと思ったけど、オレの我儘だと思って聞いてくれ」


 まだ何か言いたそうだった風華に口を挟ませずお兄ちゃんは続ける。


「ありがとな。 お前たちの兄貴になれてよかった」


 じんわりと目元が熱くなった。

一瞬だけ沈黙が落ちて、風華たちの顔を見合わせ合い目が潤んだことを慌てて弁解する。


「べ、別にいいし」


「助けあい大事だし」


「泣きそうになんてなってないし」


 雪華と風華の視線が私に突き刺さった。

な、泣いて何てないし!? ほんとだし!


「泣いたの?」


「姉、泣いた?」


「泣いてないってば!」


 それがおかしかったのかお兄ちゃんが笑い出す。

全員の笑いが弾けて久しぶりに笑顔になった。


 ピンポーン


 そんな笑い声の中に間の抜けた音が混じる。

しかも、その音は一回だけでは終わらなかった。


ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 笑顔が固まるなか、お兄ちゃんが立ち上がり玄関にむかった。

私もなんとなく後に続く。

玄関に辿り着く間にもチャイムは鳴り続けていた。


「どちらさま――」


 ドアを開き、そう言いかけた。


「遅っせぇよ、いつまで待たせんだ」


 染められた金髪。 穏やかなはずの垂れ目がちな目はつり上げられて苛立ちを表している。 冷酷さを張り付けた端正な顔。


「あ――」


 私は絶句した。 だって、彼は——。


「連はどこだよ、この家であってんだろ。 ていうかお前誰だよ。 連のカノジョ? オレは黄零きれい 龍我りゅうがだ。 連の部活仲間? みたいなもんだな」


 『ラブデイズ』のあの人・・・がそこにいた。

 

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