第16話 『過ぎていく日常』
運動会も無事に終わり、特に何事もなく楽しい日々が過ぎ去っていく。
運動会以来、変わったことは特になかった。
あえて述べるとするなら羽柴くんがダイエットを始めたことだろうか。
「僕、卒業までに告白しようと思う」
私に向かってそう宣言したその日から羽柴くんはお兄ちゃんの体力づくりメニューをこなすようになったらしい。
お兄ちゃんからも朝練に走りに行くとぽっちゃり体系の男の子の姿を見かけるという話を聞いた。 怪我はしないように頑張ってくれたまえ。
それから、千鶴と呼び捨てで呼び合うようになってから六年生の間では親しい間柄の人物を呼び捨てで呼ぶブームが到来した。
それを機に、羽柴くんが私を呼び捨てで呼ぶようになり、周囲の勘違いは更に深まった。 どうせなら千鶴のことを呼び捨てにすればいいのに、と思うけれど本人曰く、まだ勇気がないらしい。
「私との仲が勘違いされてるんだけど」
「親しい間柄の子を呼び捨てにしてるだけだよ。 告白すれば周りも気づくだろうし、大丈夫。 彩には迷惑かけないから」
うーん、微妙な気分だな。
学年の中でカップルもだいぶ出来てきたし、そろそろ千鶴も恋愛に興味持つんじゃないかな、と思って聞いてみたところ、
「私にはまだそういうの分かんないなぁ、今は彩だけで十分」
はにかみながらそう言う千鶴にサクッと惚れた。
さて、秋も終わりを迎え、いよいよ冬が迫ってきた。
お母さんに新しいマフラーと手袋を買ってもらい、ついに冬だ! スケート! だと張り切っていた矢先に風華が熱を出した。
「はい、おかゆできたよー」
お母さんの作った卵のおかゆを運んでいくとめちゃくちゃ警戒された。
何回も変な物入れてないだろうな、としつこく聞かれた。
ムカついたので出来たての熱いおかゆを無理やり口に突っ込んでやったら風華が口の中を火傷して悲鳴を上げたせいでお母さんに怒られた。
「風華が疑ったから悪いじゃん!」
「疑われるような行為を日頃から重ねてるアンタが悪い!」
雪華が私と風華が言い争っているのを見て鼻で笑った。
怒りの矛先が雪華の方に向いて初めて雪華と喧嘩した。
お兄ちゃんと一緒に反省会をして無事に解決。
いやあ、よかった。 よかった。 と思っていたら次の日の朝には「明日から修学旅行です」って早ッ!? まだ何も準備してないよ!?
大急ぎで荷物を揃えて、いざ出発した。
東京タワーに、スカイツリーに、色んなお寺を見て回った。
浅草で家族みあげに人形焼きと煎餅を買って、二日目にはテーマパークへ行った。 雪華から念押しされた可愛い文房具たちも買って、よし帰れると思ったら、風華とお兄ちゃんのおみやげ忘れてたな、と気づいて帰りの電車を待つ前に寄った駅のお店で黒ボンボンというキャラクターのストラップを二つ買った。 私が一目惚れして買ったキャラクターだったから風華には文句を言われること間違いないけど、それも修学旅行のお決まりというやつだ。……多分?
慌ただしい感じで終わった修学旅行だったけどとてつもなく楽しくってはしゃぎまわった。
千鶴は男子に告白されるというハプニングに遭遇して戸惑っていたけど、キッパリとお断りしたようで何よりだ。 災難だなあと他人ごとでその男子を見ていたら、次の日にはフラれたあとに慰めてくれたという女子に告って、またフラれていた。
本当に災難だね、君。
気になる羽柴くんの恋路は千鶴に話しかけようとしたところを千鶴ちゃんファンクラブの女子に阻まれて終わった。
どんまい。 え? 誰が指示したのかって?
いやいや、気のせいですよ。 自然現象ですよ。
もう成立してベタベタだったカップルたちは恋を発展させちゃった組もいらっしゃったようで何よりだ。
「ただいまー」
「姉、おみやげ!」
「その前におかえりなさいでしょうが」
「むぅ、オカエリナサイ。はい、これでいいでしょ」
カタコトだったのが気にかかるけど仕方ない。
雪華におみやげの袋を手渡すと喜々とした表情ですぐに包みを開いた。
「なに、これ」
中のブツを見て雪華が唖然とする。
私が雪華にセレクトしたのは魚人をモチーフにしたというキャラクターの『ミッカリン』というキャラクターのついたシャープペン。
『ミッカリン』は手が四つあって、足が人魚みたくなっている。
顔は厳ついお兄ちゃんみたいな顔で雪華が喜ぶこと間違いなし、と確信を持って買ってきた品だ。こんなに可愛くないのになんで二千円もするんだろうね。 まさか人気あるのかな?
「ば、ばばばっ」
雪華が肩を震わせている。
嬉しすぎて声も出ないか、むふふ、お姉ちゃんすごいでしょう。
「馬っ鹿姉っ!!」
いつも以上に罵倒された。
涙目で反撃して雪華と二度目の喧嘩に発展し、言い争っていると部活から帰って来たお兄ちゃんが止めにかかって事情を把握し、沈黙された。
関わってこない風華まで頬を引きつらせて、私の肩をぽんと叩いた。
「どんまい」
「どんまいって何がよ!?」
お兄ちゃんにも慰めるように肩を叩かれた。
無言なのはもっとキツイよ!
お母さんにも何とも言えない顔をされた。
お兄ちゃんと風華へのおみやげを差し出すと、無表情になられた。
風華とお兄ちゃんにもう一回ずつ「どんまい」と言われて逆ギレしておみやげを無理やり押し付けたはいいものの勉強机の奥にしまわれたようだ。 無念。
修学旅行も無事? 終わり、卒業式の練習が迫って来た。
卒業式のピアノに向けて千鶴が特訓を開始。
毎年大人気の校歌役争奪戦に勝利して、ピアノ役の枠を見事手に入れた。
もうすぐ卒業なんだなぁという実感を得て千鶴と分かれ、帰路を歩いていると風華と偶然、一緒になった。
「離れて歩いてよ」
「どうせ帰る場所は同じでしょうが」
嫌そうな顔をする風華に正論を返す。
風華は隠しもせずに舌打ちして首裏に手をやった。
「もうすぐ卒業だねぇ、卒業旅行はどこ連れてってくれるかな」
「その前に姉ちゃんは受験あるじゃん」
「あ、そうだった」
「まさか忘れてたわけじゃないよね」
ジト目で見てくる風華に苦笑いで返す。
忘れたくても忘れられないんだけどなあ。
塾は週一であるし、受験勉強のドリルは山積みだし。
「僕も白石鳥受験することにしたから」
風華が何気なくそう言った。
そっか、そっか。 風華も白石鳥に来るのか、へえー。って、まじで?
「風華、そんなに頭良かったっけ」
「少なくとも姉ちゃんよりはマシだよ」
「なっ、私けっこう優等生なんだよ!?」
私の言葉を信じていないのか風華が鼻で笑う。
ほ、本当なのに! 勉強は得意なの、国語以外!
その国語も凛先輩に教えてもらったりして段々得意になってきている。
「優等生は変なマスコットなんか買ってこないよ」
「うっさい! 私だって学習したもん!」
「ハッ、どーだか」
完全に馬鹿にした目で見てくる風華にイラッとして言い返す。
それに、黒ボンボンは可愛いし!
いつか、風華にも黒ボンボンの価値が理解できる日が来るさ。
家に帰って、リビングで適当にゴロゴロしていると家電が鳴った。
風華と目線を合わせる。
次のやり取りを行うのに言葉は必要ない。
私は大きく息を吸い込み、吐きだす。 握りこぶしを固め、いざ勝負に挑む。
「じゃんけんぽん! 」
同時に繰り出した私の手はグー。 対する風華はチョキだった。
「よっしゃーい!」
勝利の雄叫びを上げる私を冷ややかな目で一瞥して、風華は舌打ちしながら電話を手に取った。
その間に、風華の見ていたテレビ番組を私の好きなドラマに変えておく。
大好きな俳優さんが出演しているドラマでクラスでも人気が高い。
「もしもし、......はい。 そうですけど、え」
風華が絶句して強張った目つきをしているのを見て只事じゃないと悟った。
テレビの電源を切り、風華が事情を告げてくれるのを静かに待つ。
風華が相槌を数回打ったあと、受話器をのろのろとした動作で置いた。
「兄ちゃんが事故ったって」
風華の顔は恐怖で青ざめていた。
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