第15話 『通い場所』
「失礼します」
もう冷房は付けられたいないため、冷たい空気がドアを開けた瞬間に溢れてくることはない。
それは少しだけ残念でもあるけれど、代わりに窓が全快にされているため涼しい秋の風が時折吹いてくる。
「あ、いらっしゃい。 桃彩ちゃん」
「お久しぶりです。 凛先輩」
「うんうん。 久しぶり。 あ、ちょっと見ない間にまた身長伸びた?」
夏休みの出来事以来、私は土日の暇な日に白石鳥高校中等部の図書室を訪れている。
この図書館は公共で外部の人にも開放されているため、入るのに許可が必要ない。
本の種類も豊富で読書に疎かった私は凛先輩の勧めるがままに本を読んでいるうちにどっぷりと本の世界に沈んでいった。
「そうですか?」
「羨ましいなあ、桃彩ちゃん、もう150cmはあるんでしょ? 私なんて入学した時は145cmしかなかったのに」
「でも、今は160あるじゃないですか」
「えへへ。 成長期が来ちゃいまして」
たったの二年と半年で15cmも伸びるなんて羨ましい限りだ。
私はそろそろ成長期が終わりそうで怖い。
「でも、成長期の間は午前の授業とかでお腹の虫がすごく五月蠅くって正直めちゃくちゃ困ってたんだから!」
「それで身長伸びるなら伸びて欲しいですよ」
「でもでも、授業のしーんとなってる時なんかにお腹鳴るとすごく恥ずかしいよ?」
お腹が鳴るぐらいならまだいいし!
それだけで身長伸びるなら伸びて欲しい。
せめて中学卒業までに155cmは欲しいところだ。
「身長のこと気にしてるなら良さそうな本あるよ」
「本でコンプレックスを直せと?」
「本は知識の権化なの!」
凛先輩のところに通うようになって一つ分かったことがある。
凛先輩はとんでもない本の虫だ。
まず、その読書量と読破するのにかかる時間がすごい。
毎日三冊は読破しているし、どんなに分厚い本でも三時間あれば読めてしまう。
私は駄目だ。 途中で飽きたり疲れたりしてしまって休憩を挟まないと最後まで読めずに睡魔が襲ってくる。
凛先輩の本に懸ける情熱は物凄いものだ。
本に関しての論文を作らせば終わりがなくなるほどに。
お兄ちゃんに聞いた話だが、凛先輩が似たような主題の論文を宿題で出されたところ二百文字の原稿を百枚前後で埋め尽くした論文を作ってきたそうだ。
私を前にしても私が本に対して凛先輩と違う意見を持ち、それを口にしようものなら速攻で突っかかってくる。
「いい? 読者にとって大切なのはどれだけ本から知識を読み取ることができるのか。 私の中で本は食事みたいなものなの。 本を読まなければ私はきっと退屈すぎて死んじゃう。 言葉や文字を食べて、食べて自分の糧にする。 その分だけ得られるものがある」
凛先輩の熱演説をBGMにして私はカウンターに置かれていた一冊の本をぱらぱらとめくりはじめた。
神社や寺の写真集のようで細かい解説や寺の構造まで詳しく載っている本だった。 あ、この巫女服可愛い。
「—―だから本は素晴らしいのよ! あ、桃彩ちゃん。 これオススメの本ね。 仕掛けだらけのミステリーで最後のどんでん返し面白いよ」
そう言って、凛先輩が差し出してきたのは『時計塔の呪い』という題名の見知らぬ小さな本。
ブックカバーは剥がされていて中身だけの状態だった。
作者の名前は『中村 朱月』。
前にこの人の書いたライトノベル勧められたことあった気がする。
前の作品はホラー物で殺人鬼をテーマにした作品だった。
この漢字、なんて読むんだろう。
読み仮名書いてないから名前の読み方、分かんないな。
しゅげつ? あかつき?
どちらにしても珍しいし、本名ではないだろうなぁ。
パラパラめくってみたところ、挿絵はなさそうだった。
この人、ライトノベル作家じゃなかったっけ?
この本だけライトノベルじゃないってことなのかな。
カウンターに本を持った生徒が並んだため、私は慌てて離れて近くにあった席に座り込んだ。
机の方をむいて本のページをめくり始める。
剣や魔法が存在する世界観。
主人公は特になんの取柄もない庶民だったが勇者に魔法の才能を見込まれて王都の魔法学校に通うことになる。
その王都には大きな時計塔があった。
周囲の人間たちは当たり前のような顔をして時計塔を見ていた。
しかし、主人公は時計塔のてっぺんに少女が佇んでいるのを見つける。
「どう、面白い?」
「うわっ、びっくりした」
つい集中して読んでしまった。
凛先輩の声が耳元のすぐ側で聞こえて私は驚いてのけぞる。
「ごめんね、驚かせちゃって。 でも、そろそろお昼の時間だよ?」
まだ半分も読んでいないのに。
私の読書スピードはかなり遅い。
一文字、一文字を理解してから次の行に移るから亀のようなのろさだ。
「帰らないとですね」
「うん。 またのご来店をお待ちしております」
「凛先輩、ご来館をじゃないんですか?」
「あ、そうそう、それ」
ご来店って、ここは本屋か。
面白くなってきた小説を手放すのは気が引けたけど、まだ入学してない私は本を借りれないから仕方ない。
また今度来たときに続きを読もう。
「失礼しました」
「またいつでも来てね~」
凛先輩に見送られて私は図書室をあとにした。
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