第14話 『運動会』

  見事な晴天。 眩しい太陽。 真っ青な空。

最高だね! これでこそ、運動会だよ!

「お母さん、卵焼き忘れないでよー!」

「はいはい」

ちゃんと確認してから出発した。

あー、お弁当楽しみだなー。


「はあ」

風華が相変わらず不機嫌に溜め息を吐いている。


「そんな溜め息ばっかり吐いてると運動会が逃げちゃうよ」


「運動会は逃げないよ、むしろ逃げて欲しいぐらいだよ」


「本音言っちゃうんだ」


 運動会はどうしたって逃げてくれないけどね。

天気が悪くて中止になったりとかしたら逃げたっていうのかもだけど。

生憎ながら、今日は大変いいお天気でございます。


「いやぁ、お昼ご飯楽しみだね~」


「姉ちゃんの頭の中には緊張って言葉はないんだ」


「え、風華もしかして緊張してるの?」


 しまった、という顔をした風華に私は問いかける。

自分でボロを出したことを悔いているようだけどもう遅い。


「へぇー、風華でも緊張することってあるんだ」


「悪い?」


「それも運動会で」


「……悪い?」


「クラスメイトのことなんかそっちのけな風華が」


「なんだよ!」


 スルーし続けると風華がついにキレた。

うんうん、これぐらいのイライラしてる方が風華らしい。

こないだの事気にしてるのかな?


「風華は風華らしくすればいいじゃん。 堂々としてて生意気で運動音痴で人付き合い下手な風華のままでいいよ。 すぐに変われっていうのも無理な話。

そりゃ、私も自意識過剰な風華は好きじゃないけど自分の正しいって思う方、つき通して進んでけばいいんじゃないの? 私にそう言ったのって風華だし」


 あの日、熱にうなされていた私が口にした妄言を否定した一人は風華だった。

自分らしく、自分の生きたいように、理想像なんて気にするなと。

私を丸ごと肯定して、私の言葉を否定した彼はもっと我儘だった。

風華は驚いたように目を見開いて私を見ていた。


 ほら、私が泣いたあの日と同じ顔。

真剣な顔は風華には似合わない。

不真面目で適当でやる気なさげなのが私の知ってる風華だから。


「うっさいな。 パクんなババア」


「ババアじゃないですー。 風華と二つしか違わないんだからそれ言ったら風華だってジジイじゃん。ばーか」


「は!? 姉ちゃんのくせに生意気!」


「いやいや、風華の方が生意気だから!」


 空に運動会が開催されることを知らせる花火の音が響く。

こうして、小学校生活最後の運動会は幕を開けた。


 




 

 本番になって緊張してきたかもしれない。

あ、違うや。 お昼の卵焼き食べ過ぎたせいで気持ち悪いんだ。

お腹が重たいなあと思ってたらどうやら緊張のせいではなかったらしい。


 お母さんが持参してくれたお弁当の卵焼きは、ほぼ全部私が食べた。

個人のお弁当ではなく四人分をまとめて一つの大きなお弁当に入れてもってくる方式だったのでウインナー争奪戦は激しい戦いだった。


「ふわあ、とうとうリレーだよ」


 千鶴ちゃんが緊張しているのか両手で頬を何度もつねっている。

千鶴ちゃん、それは現実か夢か確かめる方法であって決してリラックスするための仕草じゃないぞ。

指摘するとあたふたしそうなのであえて言わないでおいた。


「桃原さん、僕頑張るから!」


 羽柴くんがそう言って私の肩を叩いていった。

その視線は明らかに千鶴ちゃんの方を向いていたのに、他の女子たちは「きゃー」と騒ぎだして私に羽柴くんとどういう関係なのか問い詰めてきた。


 羽柴くんが千鶴ちゃんのことを好きだという事実を知る人物は少ないらしい。


「そういえば羽柴くん、ちょっと痩せたよね」


「痩せれば絶対かっこいいって思ってたんだ!」


「それも全部、桃原さんの為みたいな?」


 あれ、変な勘違いが広まってる気がする……。

女子の想像力もとい妄想力にはついてけないな。

これから流れるであろう噂を考えて私は身震いした。


 いや、でも私は特に何もしてませんから。

勘違いされてもそれは勘違いされるような事をした羽柴くんのせいだからね?

千鶴ちゃんとの仲が遠くなっても知らないよ。


「どどどどどどどうしよ、どうしよう、彩華ちゃん」


 当の本人はめちゃくちゃ緊張してるけど。

千鶴ちゃんは言葉を詰まらせながらオドオドしていた。

そんな様子も可愛らしいけど取り合えず落ち着こうか、うん。


「千鶴ちゃん、大きく息を吸って、吐いて。 はい、もう一回繰り返す」


「息を吸って、吐いて。 吸って、吐いて……あ、心臓バクバク言わなくなったよ!」


 落ち着いてくれたようで何よりだ。

にしても、バクバクって。

千鶴ちゃんの効果音はときどき理解不能だな。


「よし、頑張ろうね! 彩ちゃん!」


「千鶴ちゃん、ときどき彩華じゃなくって彩って呼ぶよね」


「うーん、彩ちゃんの方が楽なんだよね」


 確かに、家族内でも華は省略して呼ばれることあるし、千鶴ちゃんになら愛称で呼ばれても嫌な気はしないよな。


「じゃあ彩でいいよ。 呼び捨てでもいいし」


「え? ええええっ!?」


 突然、千鶴ちゃんが大きな悲鳴を上げたせいで周囲からの視線が集まった。

あれ? そんなに驚くことでしたかね?


「あ、彩ちゃんじゃなくって彩……」


「うん、千鶴」


 千鶴ちゃん——じゃなくって千鶴は顔にお花を咲かせた。

今まで見たことがないくらいに嬉しそうな顔をしている。

効果音であらわすとしたらパアアアアアアという感じだ。


「彩! 絶対勝とうね!」


「うん」


 



 全員リレーは見事に一位!

優勝もうちのクラスがかっさらえた。


 後日。 うちのクラスの天使が女神を司ったという噂が流れた。

向日葵のような笑顔は人智を超えた癒しの力を持っていたという。

羽柴くん、またライバルが増えたな……。

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