第13話 『何者なのか』
珍しくセットした目覚まし時計のジリジリ音で私は跳ね起きた。
時刻は七時。 八時に公園集合だから七時半までには支度をしなくてはいけないだろう。
といっても、男子と一緒だけど別に遊ぶわけじゃないもんなぁ。
お兄ちゃんが使っていたお古のジャージを久しぶりに着て、荷物の見張りをしてもらうための風華を叩き起こし、バッグにタオルと水筒を放り込んだから準備完了だ。
ついたらすぐに走るつもりだから朝食はあえて食べない。
食べてすぐに動くと気持ち悪くなることがあるから。
ゼリーぐらいは食べていいのかもしれないけど、生憎うちの中には見当たらなかったので食べずにおく。
どちらにしろ、帰ってくれば朝ごはんがあるんだから問題はない。
文句を言う風華は今度、大好物のみたらし団子を奢るという条件付きで丸め込んだ。
昨日のうちにその交渉は成立しているから問題なし。
自転車に乗って、秋葉公園にむかうともう羽柴くんは到着していた。
「あれが姉ちゃんの言ってた人?」
「そうだけど、風華が他人のこと気に掛けるなんて珍しいね」
「あの人、前に取ったコンクールで僕と同じ賞だった」
ライバル意識でも燃やしていたのか風華が興味津々で羽柴くんを眺めていた。 こうも風華が人に興味を持つのは珍しい。
そんなに図工とかですごいタイプなのかな、羽柴くんって。
風華に荷物を預けて、私は羽柴くんに駆け寄った。
「お待たせ、羽柴くん」
「あ、うん。おはよう。 桃原さん」
「おはよう」
眠そうに目を擦る羽柴くんはクマみたいだった。
赤色のジャージに大きな体を包んでいる。
身長もかなりあるみたいだし、痩せたらモテるタイプだろうなぁ。
「よし、じゃあまずは準備運動から」
お兄ちゃんがやっていた体力づくりのメニューをそのままコピーさせてもらった。
リレーの練習には短距離を少しダッシュして、歩いて、ダッシュして、歩いての繰り返し練習を採用。
準備運動を軽くしたあと、リレー練習をして休憩に。
私も参加したけど最初のうちは楽勝なのに後になってから疲れがたまってきてキツかった。
これ毎日やったら鍛えられるだろうなぁって気もしたけど、これを続けるような根性は残念ながら私にはない。
お兄ちゃんの体力づくりメニューも試してみたけど、こっちは純粋に体力の基礎訓練みたいな感じだったから途中でやめた。
二度目の休憩に入り、お茶を飲みながら羽柴くんと会話した。
「うーん、やっぱキツイね」
「桃原さんは運動神経いいから羨ましいよ」
「そんなに良くないよ、中間ぐらい。 でも、運動が嫌いになるって程、苦手なわけじゃないかな。 羽柴くんは運動苦手だったりする?」
「球技系は好きだけど、走ったりとかマット運動とかは嫌いだなぁ。 ハードル走は本当に無理」
確かに、ハードル走はハードルに突っかかってしまうかも、という恐怖心がある。 転ぶと痛いし、傷が残るから躊躇ってしまう時もあるし。
「激しく同意」
あれ、なんか変なの入ってきた。
いつの間には風華が私と羽柴くんの腰かけていたブランコの手摺に座っていた。
「風華の場合はスポーツ全般でしょーが」
「当たり前じゃん。スポーツなんて危なっかしくてやってられないし」
肩を竦めて私の言葉に返した風華は羽柴くんの方を向いた。
まさか、初対面の相手に毒舌飛ばす気じゃないだろうな。
「アンタ、なんで早く走れるようになりたいわけ?」
風華は空気を読まずに毒舌を発揮した。
いつか、絶対に痛い目みるぞ、風華。
羽柴くんは風華の問いかけに小さく笑った。
「クラスのみんなの足を引っ張りたくないから」
「人の為か。 つまりは自分の為じゃないんだ」
「いや、そういう訳でもないんだけど」
頬をかいて困ったように羽柴くんが私の方を見る。
風華の暴走もそろそろ、止めないとなぁ。
私は渋々風華を止めにかかる。
「風華、やめときなよ」
「いいや、やめない。 アンタには僕みたいな才能がある。 それなのになんで他のことに対して努力なんてするの?」
「才能なんて僕にはないよ」
風華の言葉には苛立ちのような焦りのような感情が籠っていた。
羽柴くんを責めているような、自分を責めているような。
羽柴くんはあっけらかんとした答えを返す。
それでも風華は納得できないという顔で更に問おうと口を開く。
前に、羽柴くんに被せられた。
「君はどうして自分に才能があると思う?」
今度は風華が問いかけに答える番だった。
羽柴くんの問いかけに風華は答えられない。
言葉を探すように視線を彷徨わせ、風華は唇を閉ざした。
「それが分からない限り、答えはお預けかな」
羽柴くんはそう言って立ち上がった。
「よし、練習再開しよっか」
風華が何も言い返せないのを私は驚いて見つめた。
お兄ちゃん以外に風華が言い負かされるところなんて見たことなかった。
羽柴くん、一体何者なんだ。
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