小さな恋の鐘
第12話 『幼い恋心』
ついにあの行事が近づいてまいりました!
夏の暑さはすっかり消え去り、少し肌寒くなってきた十月。
運動会に向けての練習が始まった。
運動をするのは嫌いじゃないから運動会は私にとって楽しみな行事だ。
学校の特別な行事ってなんか燃えるよね!
風華は露骨に嫌そうな顔して溜め息ついてたけど、私は大好きだ。
せっかくの小学校最後の運動会だし、頑張りたいって気持ちはみんなにもあるようでうちのクラスもはりきってリレーの練習を始めた。
クラス対抗戦で学年ごとに順位付けされるため、同学年の間にはピリピリとした空気が漂う。
「彩華ちゃん、頑張ろうね!」
そんなピリピリした空気の中でも天使は輝いて見える!
動きやすいようにいつもは二つ縛りの髪をポニーテールにした千鶴ちゃんは優しく私に微笑んでくれる。
千鶴ちゃんは、やっぱり私の癒しだよ!
周囲の男子が羨ましそうに私を見てくるが絶対に渡さない。
この子は私の天使だ! 誰にも譲らん。
男子にも女子にも大人気の千鶴ちゃんはよくモテる。
しかし、千鶴ちゃん本人は人見知りでしつこく付きまとう相手の対応をさせストレスを溜め込むのでは? という心配が募り、私はついに千鶴ちゃんのファンクラブを誕生させた。
もちろん、本人の同意も受けている。
「千鶴ちゃんのファンクラブ作るんだ~」
「ふぁ、ファンクラブ!?」
「うん。ファンクラブ」
「もー、冗談言わないでよ、彩ちゃん!」
「冗談じゃないよ」
「勝手にしてくださいー!」
というやり取りの末に誕生した。
メンバーは私を筆頭にして、学年の女子全員と千鶴ちゃんラブの男子が数人。
リーダーは私で全員をルールに従って取り締まっている。
千鶴ちゃんを困らせるようなことはしない。
千鶴ちゃんに近づこうとする不埒な輩がいようものなら全力で倒す。
その数少ない男子メンバーの一人に
彼は執拗に千鶴ちゃんを追いかけるようなファンではなく、千鶴ちゃんを微笑ましく見守る姿勢の平和主義な少年だ。
故に私は彼を信頼し、彼を千鶴ちゃんファンクラブの副団長にしていた。
大人しめで少しぽっちゃり体系の羽柴くんはうちのクラスのマスコットキャラクターとして有名だ。
風華並の運動音痴だがいじめられるような事はない。
今日もぼよんぼよんとお腹の脂肪を揺らしながら一生懸命に走る彼の姿は微笑ましい。
「羽柴くん、お疲れ様」
「ありがとう、桃原さん」
走り終えた羽柴くんを
羽柴くんは頑張り屋だから走るのも一生懸命でかっこいい。
何事にも真剣に取り組む姿勢はみんなから認められていた。
彼の視線が千鶴ちゃんの方を見ているのに気づいて私はにやつく。
恋愛にも真剣な羽柴くんの恋は私も応援したいところだ。
だがしかし、私にも千鶴ちゃんファンクラブ団長としての立ち場がある。
そこだけは譲らない。
影ながら応援させてもらうとしよう。
「あのさ、桃原さん、一つお願いがあるんだけど」
「なに? 千鶴ちゃん絡みのお願いでなければ私でよければ聞くけど」
おかしな日本語になってしまったが千鶴ちゃん絡みの要件はお断りだ。
男子メンバーに千鶴ちゃんと上手く会話できるよう計らって欲しいと言われたことがあったが間髪入れずにお断りした。
そんなの自分の努力でどうにかしろ!
千鶴ちゃんに話しかけられるぐらいの自信は自分で育てろや!
というのが私の本音である。
間髪入れずに、と言ってもやんわりでお断りしたが。
小心者の根本を変えるのは難しいんですよ。
「走る練習するの付きあってくれないかな」
私の思考とは全く違う回答が返ってきた。
流石、私の信頼する人物だ。
風華も少しは羽柴くんを見習った方がいいな。
「私でいいなら」
「本当!? よかったぁ、ぼく足遅いからみんなに迷惑かけない程度に走れるようになりたいんだ。 最後の運動会だし、みんなの荷物になるのは嫌だから」
「羽柴くんは努力家だね」
「そんなことないよ。 ほんのちょっとだけ矢戸葉さんにいいとこ見せたいなって思っちゃってるし」
内心を暴露してしまうのも羽柴くんの良さだ。
千鶴ちゃんにこれまで恋愛の話を聞いたことはないけれど、今度少しだけ出してみようかな。
「今度の土日に秋葉公園で走るのはどう? あそこならマラソンコースもあるし、お兄ちゃんがよく体力づくりで通ってるから」
「そうなんだ。 じゃあ、そこで」
「先に言っておくけど、途中でやめるとかはなしだよ」
「分かってる。自分でお願いしておいて放り出すなんてことはしないよ」
羽柴くんは大きく頷いた。
うーん、私もこれぐらいの気持ちで頑張んないとな。
「彩華ちゃん! 先生がもう帰りなさいって。 あれ、羽柴くんとなんのお話してたの?」
「や、矢戸葉さん!?」
「あ、千鶴ちゃんだ」
ひょこっと私と羽柴くんの間に千鶴ちゃんが顔を出した。
ポニーテールが尻尾みたいに揺れている。
羽柴くんは驚いた顔をして変な声を上げた。
その反応を見て、千鶴ちゃんがしまった、という顔をする。
「もしかして、大事なお話だった?」
「ううん、大事だけど千鶴ちゃんほど大事なことじゃないよ」
「え、なにその誤魔化し方! 彩華ちゃんの意地悪」
「いいから、じゃあ。またね羽柴くん」
「う、うんっ」
なんとか誤魔化せたようだ。
頬を膨らませる千鶴ちゃんを連れて私は帰路についた。
「さっき羽柴くんとなんのお話してたの?」
「リレーの順番とか、話してただけだよ」
「ふーん」
千鶴ちゃんが探りを入れてきたので口任せに嘘をついた。
すると、邪なことを考えるような顔で千鶴ちゃんがにやにやしながら私を見てきた。
「何、その変な顔」
「彩華ちゃんにもついに青春が訪れたのかって思っただけだよー」
「青春とか、そういうんじゃないから」
どうやら恋愛的方向に誤解されたようだ。
勘違いが続かないように私は正しておくことにする。
こういうところで曖昧な反応をすると後に響く。
「本当に違うからね。 羽柴くん、好きな人いるし」
「え! そうなの!? 誰々!?」
案の定、千鶴ちゃんが食いついてきた。
やっぱりこの年頃の女の子は恋バナ気になるよね。
「千鶴ちゃんには秘密」
「いいじゃん、教えてよ!」
「だめー」
「ケチ。 ケチ彩ちゃん」
「千鶴ちゃんはまだ子供だからねー」
「子供じゃないもん!」
わざと焦らすように言うと千鶴ちゃんはすっかり不貞腐れてしまった。
いじめすぎるのも可哀そうだったので少しだけヒントを出しておく。
「名前が『ち』から始まる人だよ」
千鶴ちゃんはキョトンと首を傾げて真剣な顔で考え込んでしまった。
きっと、そのうち分かる日がくるだろう。 遠くない、近いうちに。
どうしてか、そんな予感がした。
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