第6話 『遊園地』

 眼前に広がる景色に私は「おーっ!」と歓声をあげた。

 隣にいる風華が冷めた目で私を見ているが気にしないでおく。

 雪華でさえも子供らしく無邪気に喜んでいるというのにお前には人の心がないのか!


「風華も今日ぐらいはしゃげばいいのに」


「なんだよ、姉ちゃんには関係ないだろ」


「一人でもテンション低い人がいるとこっちまでテンション下がるの!」


「喧嘩するなよ」


 言い争う私と風華の不毛なやり取りをお兄ちゃんがとめる。

 渋々従う風華にむかって舌を出すと「あ?」と怖い声を出して返された。

 私はコソコソお兄ちゃんの隣という安全地帯に避難しておく。


 この遊園地は夏にプールも解放される。

 新しく買ってもらった可愛い水着を着るのが楽しみで仕方なかった。


 私は肌の露出を控えるためのセット水着で、普通の洋服みたいな見た目なのにちゃんと水着! っていうのがなんか好きだった。


 ミント色のボーダーにマーガレットのロゴを主役にしたトップスと青色のボトムス。 サンダルも大好きなミント色だ。

 一目で気に入ってしまってお父さんにねだって買ってもらった。


 雪華は私が昔愛用していた真っ白なワンピース風の水着。

 お母さんはビキニの上に桃色のラッシュガードを羽織っている。


 やっぱり、女子の方が着替えに時間をかけるらしくってもう着替え終わった男性陣はボートの形をした浮き輪を片手に待っていた。

 レンタルで借りてきたそうだ。

 取り合いになりそうだなぁと内心で苦笑い。


 お兄ちゃんは泳ぐ気まんまんだけど、風華は全くその気がない。

 ラッシュガードのチャックを上までしっかりしめて防水対策はオーケーと言わんばかりな態度だ。


 お父さんは運動大好きだから泳ぎやすそうな格好。

 お兄ちゃんでさえ一応持ってきているラッシュガードすら持っていない。


「まずは準備運動からだ!」

 と意気込んでいらっしゃったので優しく付き合ってあげるお兄ちゃんと二人だけ残して、プールへ直行する。


 波のプール、流れるプール、温泉プール、巨大すべり台のプールなどなどレパートリーはたくさんあった。

 遊園地の乗り物は全て水着でも乗れるので着替える必要がなくて楽だ。


 雪華は足がつかないのでまずは子供用のアトラクションプールへ。

 挙動不審にビクついている風華は見物だった。

 子供用の浅いプールでそんなにビビっててどうするんだ……。


「あや、ゆきと一緒にあのすべり台行ってくれる?」


 お母さんの聞きなれた呼び方。

『華』を付けるのがめんどくさいので家族内では抜きで呼ばれることが多い。

 この親しみのある愛称は私も気に入っていた。


「はーい。ゆき行こ」


「うん!」


 今日の雪華はやけに素直だ。

 それに比べて風華はビクビクしまくり。


 すべり台を滑ってはしゃぐ雪華と一緒に風華たちのところへ戻ると準備運動を終えたお兄ちゃんとお父さんも到着していた。


「競争だぞ、れん!」


「望むところだ!」


「絶対にやめなさい」


 お母さんがお父さんとお兄ちゃんの耳を引っ張って制止させる。

 いつもは牽制する側のお兄ちゃんが叱られているのは面白い。

 雪華はポケッとしてお母さんとお兄ちゃんを交互に見ていた。


「じゃあ流れるプール行こう!」


 雪華をボートに乗せて流れるプールへ。

 風華は最後まで渋っていたけれど取り残されるのは嫌だったようでついてきた。


 雪華のボートを押しながらプールに入ると背後で深呼吸を始める風華。

 お前は一体、何をする気なんだ。

 いくら運動音痴の風華でも足のつくプールで歩くぐらいならでき――。


「わあああっ!」


 ばっしゃあああん


 と大きな水しぶきが上がって風華が沈む。

 カナヅチなのは知ってたけどまさかこれほどとは……。

 結局、風華が泳げないので三つのグループに分かれて行動することになった。


 お母さんと雪華。お父さんとお兄ちゃん。私と風華。

 もう泳ぐことにトラウマさえ抱き始めている風華をプールに突き落すことはできそうにもなかったので水着のまま遊園地の方へ。




 観覧車に乗って落ち着いたかに思われた風華だったがちょうど、観覧車のてっぺんにいるときに我に返り、一分ほど気絶した。

 しまった、風華が高所恐怖症だったこと忘れてた。


 動けなくなった風華を無理やり引きずり出してベンチに座らせる。

 ペットボトルの水を飲ませたところでやっと普段の風華に戻った。


「あ、ああ、あ」


 ――違った。 全然、いつもの風華じゃなかった。

 発作を起こしたように体を丸め込む風華の姿は本気で心配になってくる。

 こんなんで学校のプールの授業とか、これまでどうしてきたのさ。


「風華」


 名前を呼んだだけなのに風華の体がビクッと震える。

 これは、もうそっとしといた方がいいな……。


「よしよし」


 風華を落ち着かせるようにしてゆっくり頭を撫でる。

 こうするとすごく落ち着くから。

 前も誰かが私の頭を撫でてくれていて……そのおかげで苦しかったのが全部、楽になって……あれ、いつの記憶だっけ。


 前世の? それとも桃原 彩華の?

 そういえば。 考えもしなかったけど本当の桃華はどこに行ってしまったんだろうか。 我儘でぶりっ子で一途な本当の『桃原彩華』。


 彼女は私の代わりに消えてしまったのだろうか。

 それとも、私の元の体で生きているのだろうか。

 入れ替わりっていうんだっけ。 そういうの。


 その可能性もあったりして。 ……なんてね。


「姉ちゃん?」


 風華がやけに真剣な顔をしている。

 青白くて不健康そうな肌色は日を浴びた事がないんじゃないかってぐらいに真っ白。

 頼りげない眠そうな目。 お兄ちゃんと同じ質の黒髪。

 この髪質はきっとお母さんに似たんだろうなぁ。


「なんで、泣いてるの?」


 そんな何気ない一言で気づいた。


「え———」


 泣いていた。 久々に泣いたなって思った。

 前世では毎日のように泣いていたのに今では泣くなんてことなくなっていた。

 それは楽しいから? 辛くないから? 

 今の暮らしが幸せで仕方ないから? そうなのかもしれない。



 しばらくして撫でられていることに気づいた。

 ぎこちない仕草。 不器用そうな慣れない手つき。

 風華がしてくれていたのだと泣き止んでから気づいた。


 お互いに慰め合いをしたようなことは誰にも言えなかった。

 いや、言わなかっただけなんだと思う。

 なんとなく気恥ずかしくって。 

 お互いの弱点を見られたことでなんだか打ち解けた気がした。


 他のみんなと合流するまでシューティングゲームで時間を潰した。

 機械の鉄砲を使ってモンスターを撃っていくアトラクション。

 私は下手くそだったけど風華は物凄く上手かった。


 今日のナンバーワンシューターに選ばれたほどだ。

 入り口にあった液晶画面に風華の顔とポイントが記録されていた。

 風華の顔は実物のやる気なさそうな顔とは全然違うほど真剣さを帯びた表情で本人の顔を見ても風華とは別人だと思われるだろうなぁってひそかに思った。


 家族で来る遊園地も悪くない、そう思えた家族旅行だった。

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