第5話 『卵焼き』
ついに夏休みに突入した。
今年の夏休みは予定がびっしりだ。
お兄ちゃんのバスケの試合を見に行ったり、家族旅行で遊園地に行ったり、そして昼食を毎日自分たちで作ったり。
小六になってから家庭科の授業が始まったから、包丁の使い方とかはしっかり勉強できている。……はず。
「危なっかしくて見てられないんだけど!?」
いざ、初日の昼食づくり! と包丁で野菜炒めの具材を刻んでいると風華からストップがかかった。
「集中してるんだから邪魔しないでよ」
「いや、おかしいって。姉ちゃん、猫の手って知ってる!?」
猫の手? あー、家庭科の先生も似たようなこと言ってたような?
風華が珍しく目を白黒させながら焦っているのは珍しかった。
「あー、切るのは僕がやるから。姉ちゃんは炒めるのやって」
「なんで風華に指導されなきゃいけないの」
「アンタがやると悲惨なことになりかねないからだよ!」
「そ、そんなんならないもん! ……たぶん」
渋々、場所を譲り、風華が慣れた手つきで野菜を刻んでいくのを見た。
毎日、お母さんの手伝いをしてるだけはあるな……。
切り終わった野菜をフライパンにぶち込んだところでまたストップがかかった。
風華が手にしているのは大きなボトル。
「油をしく!」
「あぶらかたぶら?」
「料理中にふざけてんじゃねえよ!」
風華が声を荒げるのも珍しい。
こんなの数時間ぶりだ、さっきはお風呂掃除に
指示通りに油を投入。
む、少なすぎない? もうちょっと入れてみよ——。
「ストップ! ストップ! 油はそんなにしかなくていいから!」
油の量を調節しなおして「いざ!」と野菜を投入。
炒める段階ではなにも怒られなかった。
ちゃんとタイマー使ったし、焦げもそんなにない。
風華も安心して炊けたご飯をよそいに行った。
さてさてカッカしてる人もいないし味見してみようか。
料理中に味見をするのが料理の醍醐味だ!
ん? ちょっと味が薄いんじゃないかな。
もう少し塩こしょうを入れてみよう。
回す形式の塩コショウをプロ気分でふって完成!
風華も美味しさに驚くこと間違いなしだね。
本日の昼食は炊きたての白米と作り置きの味噌汁。
それから私が手掛けた野菜炒めだ。
お兄ちゃんは部活でいない。
雪華もおばあちゃんの家なのでいない。
おばあちゃんは母方のおばあちゃんで、お母さんの仕事があるときは風華と私だけでは頼りないから、とおばあちゃんの家に預けに行っている。
「いただきます」
風華が野菜炒めに箸をつけるのを味噌汁を飲みながら見守る。
ふっふっふ。 いつもの仏頂面が歓喜に染まるのを楽しみにしているよ。
と、野菜炒めを口に含んだ風華が思いっきり咳き込んだ。
「しょっぱっ! なにこれ!? 姉ちゃんなにいれた!?」
涙目になって咳き込む風華に私は首を傾げる。
試しに私も野菜炒めを口にして咳き込んだ。
「なにこれっ!」
「こっちの台詞だよ!」
「わ、私は塩コショウを少し足しただけで」
「しょっぱすぎる。こんなの野菜炒めじゃない! 野菜炒めだった何かだよ!」
風華は水でしょっぱさを洗い流した。
私は地味に凹む。
せっかくの料理だから張り切ったのに失敗で終わってしまうとは……。
お兄ちゃんや雪華だったら失敗なんてしなかったのかな。
「ほんっと、姉ちゃんって使えない!」
グサッと胸に突き刺さる一言を吐かれた。
そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか!
「う、うっさい!」
「おかずなしで白米食べるつもり?」
「猫まんまって手があるよ!?」
「あんなぐちゃぐちゃにしたもん、食えるか!」
ぐちゃぐちゃだと?
猫まんまを馬鹿にするとはいい度胸じゃないか!
「猫まんまを馬鹿にするなっ、猫まんまの味の深さを知らないなんて人生損してるとしか言いようがないよ」
「憐れむような眼で僕を見るな! というかそんなんで人生損してるとか言われたくないよ」
後半は呆れた声になった風華はちゃっちゃと野菜炒めを流し台へ。
洗い直したフライパンを持ってキッチンに立つ。
何を作るつもりなんだろう。
「卵がたくさんあるから、スクランブルエッグか目玉焼きか……」
卵料理……だと!?
私の中に軽い衝撃が走った。
卵料理は私の大好物。中でも特に、
「卵焼き! 卵焼きがいい!」
「うっさいな。分かったよ」
食いついた私に風華は引きながら応じる。
卵焼き。あれに出会ったときの感動を私は今でも忘れていない。
彼等と出会ったのは六歳の遠足のとき。
お弁当箱に眠っていた彼等はふわふわとろとろでいい感じに冷めていて『食』にあまり興味のなかった私を魅了した。
それから、卵焼きは我が家の
でも、卵焼きなんて風華作れるのかな?
何度も卵を重ねて作っていくところをお母さんが調理してるときに見たけどすごく難しそうだった。
案の定、風華が作れたのはぎこちない形の卵焼きだった。
お母さんの作るふわふわなのと違ってしこりの残った固さがある。
「まずい」
「じゃあ、アンタが作ってみろよ」
風華の作った卵焼きを頬張って文句を言うと逆切れされた。
ふっ。 仕方ない、私の隠された
「な、なんだこれ」
風華が大きく目を見開いて固まった。
お皿の上に盛られているのは私の自信作。
少し焦げてしまったけど味は絶妙で美味しい! はず。
風華は呆然としているけれど、口にすればその美味しさ負ける。 はず。
「いやいや、姉ちゃんこれは料理じゃねえよ、もう」
「ほら、せっかく作ったんだし。どうぞどうぞ」
「いやいやいや、こんなの料理じゃないから! これはただの焦げの塊だああぁっ」
風華の細い腕では私の腕力には勝つことができず、 がしっと捕えた風華の口に私は卵焼きを放り込んだ。
そして一瞬にして風華の顔が青ざめた。
6.美味しい料理を作れるようになろう
あの後、風華に長々とお説教された。
シェフ彩香の誕生はまだまだ遠そうだね……。
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