第3話 『目的を掲げる』
前世で通っていたようなお嬢様学校ではなくどこにでもあるような普通の公立小学校。 しかし、私にとってはそれが新鮮で毎日が楽しくて仕方がなかった。 平凡でありたい、と願い続ける私の憩いの場。
「彩華ちゃん、もう作文のテーマ決めた?」
椅子に座っていた私の元に天使が舞い降りた。
例えなんだけど、本当に天使のように可愛い女の子がいる。
漫画では桃華の下っ端から主人公の親友へと下剋上する『ラブデイズ』人気キャラ選挙五位の
クラスが一緒で(私の中にある記憶はうっすらなんだけど)幼稚園も同じだったことから仲が良い。
今の桃原彩華にとって親友と呼べる存在だ。
小学校に入ってからは、ほぼこの子と一緒に遊んでいる。
「作文って……ああ、将来の夢のか」
「そうそう、それ」
「私はまだ決めてないかなぁ。千鶴ちゃんはどうするの?」
「私もちょっと悩んでて。パティシエか、ピアニストか」
千鶴ちゃんは女子力の権化と言ってもいいような女の子で、料理も上手。 手先も器用。 小さい頃から習っているというピアノは同学年の中に敵う子がいないぐらい上手い。
「両方とも千鶴ちゃん上手だもんねぇ」
「そ、そんなことないよ!」
あわあわと首を横にふって顔を真っ赤にする千鶴ちゃん。
風華と違って癒されるー。
あーあ、千鶴ちゃんが雪華と変わってくれればいいのに……それはそれで困るな。 同じクラスに桃華二号がいたらたまったものじゃない。
我が家の妹様は家の中でも堂々としていらっしゃり、風華と言い争いになることもしばしば。 その度にお兄ちゃんが雷を落とす。
私は小心者なのは自覚しているので何も言えずおろおろするだけ。
雪華と言い争う勇気なんてない。 ましてや風華の毒舌を真正面から受けるなんて考えただけでもぞっとする。
と、まあ順調に家の中でカースト制度ができているわけです。
兄弟の中では一番上がお兄ちゃん、二番目に風華と雪華。
最後が私で……ってあれ? おかしくない?
私がビビりすぎてなにも言えないのがいけないのかな。
本当の桃華だったら風華と雪華の喧嘩に加わってお兄ちゃんの雷を毎日のように浴びていらっしゃったことだろう。
くっ、小さい頃から弟妹共に負けてていいのか私は……。
「彩華ちゃんはお笑い芸人さんとか向いてそうだよね」
あら、目の前の天使が毒を吐いた。
無自覚そうな顔のせいで更に傷つく。
「あ、でも彩華ちゃんモデルさんみたいだし女優さんとかにもなれちゃうかもね!」
愉快そうに両手を叩いて千鶴ちゃんが妄想を広げていく。
千鶴ちゃんの頭の中で私は一体、どんな子なのか。
「芸能人とかは向いてないと思うけどなぁ」
「そんなことないよ! 彩華ちゃん面白いし、可愛いし、面白いもん!」
おやおや、二回も面白いが登場なされましたよ。
特に目立つようなことはしてないはずなんだけど。
やっぱりお兄ちゃんたちが有名人すぎるのがいけないんじゃないかな。
うーん、将来の夢かぁ。
学校から帰ってきて家の勉強机を前に考え込む。
部屋は風華と共有で真ん中のドアを境目にして分かれている。
友達の少ない風華はあまり遊ばない。
代わりにゲームが大好きでよく一人でゲームセンターに行っている。
今日も家にいないってことはおそらくそういうことなのだろう。
私のスペースにはドア側の壁にベット。
ベットの脇に洋服をしまっている小さなクローゼットがあって、そこから壁沿いに白い本棚が一つ(中身は、ほとんど漫画)。
一番奥のドアとは反対側の壁に勉強机が置かれている。
風華も同じような感じで私の物が白と薄い桃色を基調したものなのと比較して白と青を基調とした物が多い。
壁は何もいじらずに真っ白な状態だ。 前に好きなアイドルグループのポスターを貼ろうとしたら風華に怒鳴られた。
友達も呼ばないくせに。 見られないからいいじゃないか! と心の中では思うものの反撃はできず。
風華は大きな目をしているくせにいつも不機嫌そうに細めているから眼光が鋭くて怖い。
お兄ちゃんと雪華の目つきの悪さとはまた違う威圧感がある。
私も目が大きいとは言えないけどそこまで目つきが悪い方ではない。
千鶴ちゃん曰く、悩み事がなさそうな顔だそう。
将来の夢の題名と名前だけ記入された原稿用紙と睨めっこ。
桃原彩華は一体、何になりたかったのか。
それが分からない限り、きっと私には夢が描けない。
前世の私には未来がなかったから将来のことなんて悩んだことはなかった。
この仕事に就きたいとかも特になくって大好きな『ラブディズ』を読んで物語を描く人になってみたいな、と思ったことはあるんだけど風華みたいな芸術の天才がいると言いづらい。
ちなみに私の図工の成績はずっとBのままだ。
漫画家になるなんてとてもじゃないけど言い出せない。
風華に馬鹿にされるに決まってる。
と思いつつもいつまでも舐められっぱなしでいるのはムカつくし……。
この世界で生きていくからには前世のことはさっぱり忘れて新しい人生に励むのみだ! そのために必要なことは……。
私は新品の可愛いノートを取り出す。
少ないお小遣いを絞って買ったものだ。
ノートの表紙に『日記帳』とつけて偽装しておく。
人の日記を読むような悪い奴なんてこの家にはいないだろう。 ……多分。
風華は私のスペースに侵入しない代わりに自分のところに絶対、私をいれないから風華に見られるなんて心配はしなくていいはずだ。
お母さんも人のプライバシーの侵害をするような人じゃない。
お兄ちゃんも上に同じく。 雪華は文字が読めないから問題なし。
お父さんは家にあまり帰ってこないし大丈夫だよね!
中には漫画の内容を年表形式で記しておく。
ふっふっふ。 熱血ファンなだけあって細かい設定までちゃんと覚えているのだよ。
次にこの世界で生きる上での目的だ。
一番に優先すべきことは決まっている。
1.ぶりっ子にはならない。
または周囲にぶりっ子キャラだと認識させないようにする。
これは一番重要。嫌われ者にだけはなりたくない。
2.将来について中学卒業までにはきちんと決める。
これはお兄ちゃんが独り言のように呟いていた「中学卒業までには就職の目標とか決めとかなきゃだよな」という台詞から引用させてもらった。
3.人に嫌われるようなことは極力しない。
極力だ、極力。 でも八方美人するわけにもいかないし自分の嫌なことは、はっきりと言っておきたい。
極力、嫌われないように努めることが大切。
4.家族内での立場をしっかり確保する。
いつまでも風華と雪華に舐められているわけにはいかない。
というわけで作戦はまだないけれど頑張っていきたいと思う。
目的として掲げるとしたらこれぐらいかな。
私は書き終えた『日記帳』を勉強机の引き出しの奥に入れた。
ふう、やりきった感がするなぁ。 なにもやってないけど。
よし、そろそろ夕食の時間だし準備の手伝いでもしにいくか。
あれ? なんか忘れてる?
なにか重要なことを忘れているような気がして私は首を傾げたがお腹の虫がぐぅ~となったのをきっかけに忘れることにした。
うん、きっと思い過ごしだ。
翌日。提出日だった作文を書き忘れていたことに気づき全力で書き上げた。
題名は『お母さんみたいな大人』。
参観会のときにみんなの前で先生から発表されてその日の夕食にお母さんが私の大好物をたくさん作ってくれたことだけ言っておこう。
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