内海廉寛は恐ろしいのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者だ。


 生徒指導の坂田郁代先生が霊に取り憑かれた。


 その直接の首謀者は、先日戦った上田博行。だが、取り憑いた霊を強化し、坂田先生の身体から簡単に取り除けないようにしたのは、内海廉寛。


 内海廉寛は、私が尊敬している西園寺蘭子お姉さん達が総がかりで倒した内海帯刀という呪術者に闇の仏具と呼ばれる禍々しいものを渡した張本人だ。


 とは言え、廉寛は戦国時代に生きた人間。ずっと前にこの世を去っている。だが、廉寛の残留思念は何百年も消えずに留まり、一子相伝が掟の内海一門で、その後継者となれなかった者達の怨嗟や憎悪の念を取り込みつつ、増幅していった。


 考えるだけで、身の毛が弥立よだつ。人間とはそこまで執念を燃やせるものなのかと恐ろしくなった。


 坂田先生に取り憑いた霊は、蘭子お姉さんの親友である八木麗華さんのお父さんの矢部隆史さんによって取り除かれ、私と霊感親友の綾小路さやかを罠にかけようとした廉寛の残留思念の放った悪意の塊を麗華さんが吹き飛ばしてくれた。


「まどかりん、無事でよかった」


 私の彼の江原耕司君と、さやかの彼の大久保健君が駆けつけてくれた。


「サーヤ、大丈夫?」


 大久保君がさやかを気遣う。


「うん、平気」


 さやかは微笑んで応じている。私が言うと嫌がる「サーヤ」も、大久保君が言うと嬉しそうに笑う。


 現金な子だ。


「あんたにだけは言われたくない」


 さやかに半目で見られてしまった。


 江原ッチと大久保君は、矢部さんと顔を合わせて驚いていた。


「ウチのおとんや。よろしくな」


 麗華さんがガハハと笑って紹介した。江原ッチはともかく、大久保君には、麗華さんの奇天烈なファッションも驚愕ものだろう。


「想像以上に廉寛の動きが早い。こちらも迅速に行動しないと、まずいね」


 矢部さんが言った。


「坂田先生はもう大丈夫なんですか?」


 矢部さんに尋ねてみた。矢部さんは頷いて、


「警告を発するために使っただけだから、今後あの先生が利用される事はないと思うし、念のため、護法をかけておいたから、もう霊に取り憑かれる事はないよ」


 矢部さんは顔は怖いけど、一流の心霊医師であり、陰陽道や神道にも通じ、場合によっては闇の力すら使いこなす凄い人なのだ。


「まどか、結構失礼な事言ってるよ」


 さやかにまた半目で突っ込まれた。


「気にしてないから」


 矢部さんに言われて、ギクッとした。


 矢部さんも心の声が聞けるのか……。


「まどかさんの心の声は大きいから、霊能力がある人には大抵聞こえると思うよ」


 矢部さんは笑ったのだと思うが、顔を引きつらせたようにして言い添えた。


「おとん、笑わんといて。ウチでも怖いんやから、この子、ビックリしてるやん」


 麗華さんが目を見開いて硬直してしまっている大久保君を見て言う。


 身内にも容赦がないところが、麗華さんらしい。


「そうか、すまない」


 矢部さんは頭を掻いた。


 私達は学校全体にかけられた結界を真言で解き、坂田先生が意識を取り戻したので、校内まで送った。


「最後に見たあの化け物はもうやっつけたの、箕輪さん?」


 どうやら、矢部さんは化け物だと思われたらしい。可哀想な矢部さん。説明するのも面倒なので、


「はい。私とさやかで退治しましたよ」


 笑いを噛み殺して告げた。坂田先生はようやく安心したらしく、私達に礼を言って、校舎に入っていった。


 私達も午後の授業に戻った。


 やがて放課後になった。矢部さんと麗華さんは近くの喫茶店で時間を潰し、戻って来ていた。


 さやかは大久保君と別れを惜しみ、矢部さんのキャンピングカーに乗った。


 私と江原ッチもそれに続く。


「私達を忘れないでよね」


 そこへ親友の近藤明菜とその彼の美輪幸治君、そして、肉屋の御曹司の力丸卓司君が来た。


 三人は矢部さんの顔の驚くというお約束をしてから、奥の座席に座った。


「じゃあ、江原先生のお宅に向かうね」


 矢部さんは麗華さんが助手席に座ったのを見てから、車をスタートさせた。


 


 程なく、江原邸に到着した。江原ッチのお父さんの雅功さん、お母さんの菜摘さん、そして妹さんの靖子ちゃんが出迎えてくれた。


 気功少女の柳原まりさんは、私達と一緒に七福神の力をその身に宿した坂野義男君を迎えに行っている。


 蘭子お姉さんと弟子の小松崎瑠希弥さんは出かけているらしい。


 靖子ちゃんは矢部さんの事をあらかじめ知っていたのか、驚いた様子はなかった。


「では、道場へどうぞ。ここでは盗み聞きされてしまうでしょうから」


 雅功さんは、邸の屋根の上や電線に止まっているからすや雀を見上げて言った。


「え?」


 私はハッとしてさやかを見た。


「廉寛達はあらゆるものを目や耳にできるのよ。だからあんたも、心の声を盗み聞きされないようにね」


 さやかに改めて指摘され、私は苦笑いした。


 


 私達は邸の奥にある道場で作戦会議を開いた。そこへまりさんと坂野君がやって来た。


「以前、上田親子が向かおうとしていた富士山麓を西園寺さんと瑠希弥さんが調査しています。上田達も霊峰富士の力を手に入れたかっただけではなく、他にも目的があったようなのです」


 菜摘さんが言うと、麗華さんが、


「廉寛の墓があるんやな?」


 驚きの事実だ。菜摘さんを見ると、ゆっくり頷き、


「そのようです。上田親子も、内海廉寛の存在を知っていたのでしょう。いや、闇の仏具を手に入れた時、廉寛の残留思念を感じたのかも知れません」


 私はまたさやかと顔を見合わせた。ふと気づくと、江原ッチが寂しそうに私を見ている。


 今はそれどころじゃないんだから、我慢しなさいよね。


「という事は、サヨカ会の宗主だった鴻池大仙もそれを知っていたから、富士山麓にアジトを建てたのですね?」


 さやかが真顔で言った。


「恐らくそうでしょう。今考えてみれば、上田親子が日光に現れたのは、自分達の真の目的を知られたくなかったので、撹乱するためにそうしたのかも知れません」


 雅功さんは私達を見渡しながら答えた。


「今度こそ、完全決着だよね?」


 江原ッチが雅功さんに言う。雅功さんは大きく頷き、


「そう。今度こそ、全てを終わりにしないとね」


 私達は、週末、富士山麓へと出かける事になった。


 その時には、北海道から、濱口わたるさんと奥さんの冬子さんも来る事になっている。




 完全決着という言葉に、一抹の不安を覚えるまどかだった。

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