八木麗華さんのお父さんはちょっと怖いのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者。


 新年早々、霊感相談を受けたりしてうんざりしていたのだが、生徒指導の坂田郁代先生にも相談されてしまった。


 坂田先生に取り憑いている霊自体はそれほど強力なものではなかったのだが、その背後に厄介な者がいた。


 つい先日、戦った上田博行。元生徒会長だ。


 そいつが以前坂田先生を操った時に霊を取り憑かせたのだ。しかも、心臓と肺、そして魂にまで絡み付かせているので、わたしはもちろん、霊感親友の綾小路さやかにも手の施しようがない。


 そこで、坂田先生の携帯電話を借り、心霊医師である矢部隆史さんに連絡をした。


 矢部さんは、尊敬する西園寺蘭子お姉さんの親友である八木麗華さんのお父さん。


 いろいろ複雑な事情があったらしいけど、私は詳しくは知らない。


 蘭子お姉さんの話だと、矢部さんはちょっと怖い顔をしているとの事。


 怖い顔なら、比較したら申し訳ないんだけど、かつて我が兄慶一郎に自分が婚約者だと思い込んでつきまとっていた頃の小倉冬子さん(現在は濱口冬子さん)の顔も結構怖かったので、大丈夫だと思う。


 私とさやかは坂田先生を宥めながら、矢部さんが来るのを待っていた。


 すると、坂田先生の携帯が鳴った。先生はヒッと小さく悲鳴を上げた。私は先生から携帯を受け取り、通話を開始した。


「はい、箕輪まどかです」


「ああ、まどかさん。矢部です。今、学校の前に着いたんだけど、ここまで来てくれないかな? 学校自体に妙な結界が張られているんだよね」


 私はギョッとしてさやかと顔を見合わせた。


「あんた、何か感じた?」


 私はさやかに尋ねた。するとさやかは首を横に振り、


「全然。言われてみれば、ちょっとだけ圧迫感があるかなっていうくらいよ」


 要するに矢部さんには私達には感知できない結界もわかるという事だ。


 さすが、麗華さんのお父さん。そして、日本の心霊研究の第一人者である岡本綾乃さんの旦那さんだ。


 私は怖がる坂田先生を引き摺るようにして保健室から出た。


 するとまた携帯が鳴った。今度は私が持ったままだったので、坂田先生は悲鳴を上げなかった。


「はい、まどかです」


「ああ、まどかさん。矢部です。今、学校の前に着きました。すぐにそちらに行くので、そのまま待っていてください」


 私はさっきより驚いてしまった。さやかも同様だ。


 一体どういう事だ? 矢部さんから二回電話が来て、違う指示をされた。


 私は意を決して、


「え? でもさっき、外に出て来てくれっておっしゃいましたよね?」


 相手の反応を見る事にした。すると、


「それこそ敵の罠だよ。外に誘い出して、君達を始末するつもりだ。そのままそこにいて!」


 その返事に私達は決断を迫られた。どちらが本当の矢部さんなのか?


 私はさやかを見た。さやかは黙って頷いた。


 彼女との心の会話ですら聴かれている可能性があるので、うっかりしたやり取りはできないのだ。


「わかりました。待っています。できるだけ早く来てください」


 私はそう返事をして携帯を切った。そして、さやかと目配せして、坂田先生を両脇から抱えるようにして廊下を走り出した。


「え? どうしたの? 待つんじゃないの?」


 坂田先生は目を見開いて私とさやかを交互に見た。


「矢部さんは保健室の場所を知りません。ここにいても、来られるはずがないんです。だから、外に出るのが正解です」

 

 さやかが説明してくれた。その通りだった。 賭けではあったが、その方が危険度が小さいと思ったのだ。


 急がないと、敵に気づかれる。とにかく懸命に走った。


 そして、上履きから靴に履き替える手間すら惜しみ、私達は玄関から外に飛び出した。


 その直後、中から黒い何かが追いかけて来るのを感じた。


「来た!」


 さやかが叫んだ。すると、


「伏せてください!」


 前から矢部さんの声が聞こえた。


 私とさやかは坂田先生を強制的に座らせ、自分達も地面にしゃがみ込んだ。


「オンマリシエイソワカ」


 女の人の声が聞こえた。浄化の力を持つ摩利支天の真言だ。


 バシュウッという音が聞こえ、背後に迫っていた黒い影のようなものが消失したのを感じた。


「間一髪やったな」


 それは麗華さんだった。私とさやかはホッとして微笑み合ったが、坂田先生は麗華さんの奇天烈なファッションに驚愕していた。


「おとん独りやと、怪しさ満点やから、ウチが一緒に来てん」


 麗華さんはガハハと笑って言った。


「早速診断致しましょうか」


 そこへ矢部さんがやって来た。私とさやかは矢部さんを見て絶句してしまった。


 冬子さん、比較してごめんなさい。あの当時の冬子さんも、ここまで怖くはなかったです。


 心の中で土下座をしてしまうくらい、矢部さんの顔は怖かった。


 よく悲鳴を上げずに堪えたと思う。麗華さん、ナイス判断でした。


 ああ、それから、矢部さん、怖がったりしてごめんなさい。


「慣れているから、気にしないで」


 矢部さんはそう言ってくれた。笑ったのかも知れないが、顔が引きつったようにしか見えなかった。


 


 矢部さんは乗って来たキャンピングカーの中に備え付けられた診察室で坂田先生を治療した。


 所要時間はわずかに五分。さすが、名医だ。


 坂田先生はと言うと、矢部さんの顔を見た瞬間、気を失ってしまった。


「その方が仕事が早くすませられるから」


 矢部さんは全然動じず、さっさと先生を運んでしまったのだった。


「上田の仕業ですか?」


 治療を終えた矢部さんに尋ねてみた。すると矢部さんは、


「いや、霊を取り憑かせたのは上田博行だけど、霊を大きくし、君達に脅しをかけたのは別の存在だよ」


「え?」


 私はまたさやかと顔を見合わせた。


内海うつみ廉寛れんかん。あの内海帯刀を動かした男だよ」


 内海廉寛。


 邪教集団のサヨカ会との対立に始まる闇の仏具の存在。それを造った張本人が廉寛なのだ。


 まだ事件は終わっていない。身が引き締まる思いがするまどかだった。


 

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