新学期が始まってしまったのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者。


 今日から新学期。何時になく憂鬱だ。何故なら、あの超絶美少女となった元ボクっ娘の柳原まりさんが正式に転校してきたからだ。


 夏休み前に何回か登校した時は、まだそれほど目立っていなかったのだが、新学期が始まるまでに全校生徒に知れ渡ってしまい、初日の今日は校門の前が大変な事になっている。


 芸能人が入学してもここまでは人がごった返さないというくらいの混雑なのだ。


「柳原さん、俺達がガードしてあげるよ」


 私の彼の江原耕司君、そして親友の近藤明菜の彼の美輪幸治君の二人は、かつて「やり過ぎコウジ」と恐れられた存在なので、まりさんのボディガードを買って出るのは間違いではない。


「あの顔だけは許せないけど」


 私以上に憂鬱になっているのは明菜だ。彼女も私同様、まりさんの美しさに完全敗北し、最終的には無条件降伏しそうな状況にまでなった。


「確かにね」


 江原ッチと美輪君は鼻の下が顎の下になりそうなくらいデレッとした顔でまりさんをガードしていた。


 二人の強さとその顔の気持ち悪さでほとんどの男子生徒は諦めたので、結果的にあまり怒れなかった。


「ありがとう、江原君、美輪君」


 まりさんは以前とは違い、本当に女の子らしくなったので、少しはにかみ気味にお礼を言った。


「いやあ、大した事ないよ」


 江原ッチと美輪君は更にデレ度を増している。


「ふう……」

 

 いつもなら絶対零度攻撃を背後から仕掛ける明菜だが、大きな溜息を吐くと、校舎へと歩き出してしまった。


「あ、明菜」


 バカ二人に呆れながらも、明菜が心配だったので、私は彼女を追いかけた。


 ここのところ、あの上田親子は全く姿を見せず、サヨカ会の残党も動きを見せていない。


 江原ッチのお父さんの雅功さんの話では、


「機会を窺っているか、何かを集めているかでしょう」


 そういう事らしい。ちょっとだけ心配なまどかである。


「しかし、絶対という事はありませんから、常に警戒を怠らないようにしてください」


 雅功さんのその言葉にビクッとしてしまった。


 明菜は復活の会との戦いの時に何度か巻き込まれている。


 今の明菜の精神状態だと、まさに「操ってください」というレベルなのだ。


「大丈夫よ、まどか。私もいるんだから」


 どこからか声が聞こえた。おかしい。幻聴だろうか?


「あんたねえ!」


 ふと振り返ると、そこには綾小路さやかがいた。そう言えば、さやかも転校してきたんだっけ。


 相変わらず人の心の声を盗み聞きしていたらしい。


「何度も言うけど、あんたの心の声は大きいのよ。嫌でも聞こえるの」


 さやかはプリプリしている。


「そうなんですか」


 私はここぞとばかりに笑顔全開で応じた。今日もいい事ありそうだ。さやかの目が冷たいけど。


「近藤さんとはまだあんたほどは打ち解けていないから、何を思っているのかわからないけど、まあ、私達だけじゃなくて、西園寺さん達や、江原先生達も見守ってくださっているのだから、大丈夫よ」


 それでもさやかは明菜を気遣う事を言ってくれた。


「そうね、サーヤ」


 私は笑顔全開で言った。


「そのサーヤってやめてよね、気持ち悪いから!」


 さやかは顔を赤くして言う。その顔もまた可愛い。


「ホントにやめて! 私、そういう冗談に耐性がないんだから」


 さやかは更に顔を赤くして駆け去ってしまった。


 今度はさやかを追いかけた。


「箕輪、ちょっといいか?」


 廊下を歩いていると、クラスメートの大久保健君が声をかけて来た。


「何、大久保君?」


 私は笑顔全開で応じたが、何故かさやかは大久保君を睨みつけている。


「ひ!」


 大久保君はさやかの目に顔を引きつらせた。


「どうしたの、さやか? 大久保君はクラスメートだよ」


 私は何故さやかが大久保君を睨んでいるのかわからず、取り成そうとした。


「この子の背後にサヨカ会の気配を感じるわ」


 さやかは大久保君を睨んだままで言った。


「え?」


 私はもう一度大久保君を見た。すると本当に微かではあったが,彼の背後にサヨカ会独特の気が漂っているのが見えた。


「な、何、箕輪? その可愛い子、何なの?」


 大久保君は後退りしながら尋ねて来た。


「え?」


 その言葉にさやかの顔が赤くなる。こいつ、男子に対する耐性があまりないのかな?


「あ、この子は中学の時の同級生で、今日からこの学校に転校する予定の綾小路さやかよ」


 私は微笑んで教えてあげた。そして、


「オンマリシエイソワカ」


 すぐさま浄化真言である摩利支天真言を唱えた。


「うわ!」


 大久保君を取り込もうとしていた気がバシュウッと音を立てて消し飛んだ。


「な、何?」


 大久保君はその大きな目をキョロキョロさせて驚いていた。


「さやからしくないわね。気を抜いてはダメよ」


 私は敵の策略に嵌りかけたさやかを窘めた。


「う、うん……」


 いつもなら反発するはずだが、どうやらさやかは大久保君の事が気になっているようで、素直だった。


「大久保君、高橋さんはその後、どう?」


 前生徒会副会長である高橋知子さんは、前生徒会長であった上田博行に操られていた。高橋さんと幼馴染である大久保君は、高橋さんの事をずっと心配していたのだ。


「あれからは何もないけど」


 大久保君は不安そうな顔で応じた。そうか。敵は狙いを変えてきたのだ。


「何だ、そういう事なの」


 大久保君の心を覗いてしまったさやかは、少しガッカリした表情で呟いた。


 新学期早々、もうバトル開始なのかと項垂れそうになるまどかだった。

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