第二十二話・ピクニック2

「――っていうかさ~、姫君よりも、お前の方がアレだろ?」


「何がだ?」


「今回のイベント……、アウレスの部隊と一緒じゃん」


「別に問題はない」


「シグルド、少しは考えろ。クリスウェルトは、純粋にお前を心配しているんだ」


「……」


 遠くで花冠を楽しそうに作っているシャルロット達を眺めながら、シグルドは両サイドを自称親友達に挟まれる。……アウレスという男天使の率いる、第六部隊。

 大天使ミカエルが目をかけている部隊だが、その大半が純血を重んじる者ばかり。

 勿論、部隊長のアウレスも貴族階級の出身であり、純血である事を誇りに思っているタイプだ。

 故に……、シグルドのような混血種は目をつけられやすい。

 任務においても、第六部隊と第十一部隊は最悪の相性と評されており、大天使達もその二つの部隊を組ませる事は滅多にないのだが……。クリスウェルトとエクレツィオが言いたいのは、もっと重要な事についてだ。

 シャルロットが出会うきっかけとなった……、あの日の失態。

 

「お前だけでなく、多くの混血種が深手を負ったあの任務……。ラジエル様が手を下さず静観していらっしゃるのは、お前を信頼しての事だろう?」


 天界と魔界の狭間において行われた、魔物の討伐。

 その日、シグルドは任務中に……、何者かによって窮地へと追い込まれた。

 本来であれば、それほど手古摺る相手ではなかったはずの魔物達。

 戦闘中に魔物の力が膨れ上がり、前線にいたシグルド達を圧倒し……、そして。


「混血種の多いお前の部隊は壊滅状態に追い込まれ、――後衛の、援護を担当していたアウレスの部隊だけが、軽傷で事を終えた。と、聞いているが、奇妙な話だ」


「だよな~。境界じゃ、神出鬼没な魔物集団に囲まれる事なんか日常茶飯事だってのに、……ほ~んと、変な話だよなぁ?」


 その上、さらに凶悪化した魔物達の群れを相手にしたのだ。

 場に混乱が生じるのは必至……。だというのに、第六部隊に打撃が少なかったというのは……。

 戦闘中に発生した界の歪みによって人間界へと飛ばされたシグルドは、天界に戻った後……、不名誉な汚名を被る羽目になった。場を放棄した部隊長、職務怠慢、これだから混血は、と。

 部下達は皆、天界の治療院送りとなっており、シャルロットの治療を受けた事によって回復していた事がまた……、彼の立場を悪くする事になった。

 まぁ、何を言われようと気にしないシグルドにとって重要だった事はひとつ。

 自分の部下が、誰一人死ななかった事。それだけで十分だった。

 頭を下げたシグルドに、部下達は皆気にするなと言ってくれたが……。


「姫君にぞっこん夢中に見えて……、ちゃんと調べてるんだろ? あの件の裏側」


「……お前達には関係ない事だ」


「一匹狼を気取っても無駄だぞ。俺もクリスウェルトも、ラジエル様からお前の力になってやれと、頼まれているからな。まぁ、頼まれずとも手も足も出すが」


「ははっ。俺も同じく~。それに、せっかくラジエル様がお膳立てしてくれたわけだしな。今回は大盤振る舞いで大暴れしてやるよ。ふふふっ、楽しみだなぁ~」


「いらん。何もするな」


「「全力で手助けをしてやるから、喜べ」」


 ……むにっと、両頬に押し付けられた自称親友達の片頬。

 シグルドが睨もうが怒鳴ろうが、何が何でも介入する気満々だ!

 ぎろり。ぎろり。左右を順番に窺ってみるが、満面の笑みが無言の圧力をかけてくる。


「この物好き共め」


「ふふ~ん! 俺達の友情パワーは、どんな敵も力も跳ね飛ばすのさ!」


「シグルド。お前のようなタイプをツンデレと言うんだぞ。本当は、嬉しくて嬉しくて、俺達を抱き締めたいと堪えているのを、ひしひしと感じるぞ」


「思ってない」


「ははっ! エクレツィオ~、むぎゅっとしちゃおうぜ~!!」


「あぁ。むぎゅ~、だ。俺達の友愛を思い知れ」


 野郎に抱擁されても嬉しくない!

 全力で抵抗するシグルドを強引にむぎゅむぎゅしてくる自称親友達。

 馴れ馴れしくするな! と、怒りたいところだが……、幼い頃からの付き合い故か、根底では受け入れて許してしまっている自分に、今日も溜息が出る。微笑ましさを宿した、ほんの少し、嬉しい気持ちと一緒に。


「じ~……」


「じ~……」


「じ~……」


 と、二人から抱き締められ撫でくりまわされていたシグルドだが、不意に遠くの方から良からぬ視線を感じた。

 ある種の、……ねっとりと絡み付く、身の危険を感じるような不穏な気配。


「シャルロット……、何を描いてるんだ?」


 花畑の中からバツの悪そうな顔をした少女が視線を彷徨わせながらこちらを見ている。 

 その隣には、彼女の専属メイドのプリシアと、お邪魔虫のエリィ……。

 三人ともスケッチブックを手に、何かを熱心に描いているのを、シグルドは見た。バッチリと!!


「げ、芸術を……、だな」


「わ、わたくちは、も、萌えを……っ」


「ふふ、私は微笑ましい貴方達を普通に、そう、普通に描いていただけよ~。こっちの二人みたいに、邪なあれこれじゃないわ」


「え、エリィちゃんっ!!」


「エリィ様~!!」


 ほぉ……、やはり、そういう意味に解釈して、スケッチをしていたのか。

 シグルドは自分にしがみついている二人を本気の力で引き剥がし、シャルロット達のいる場所へと歩む。


「シャルロット……。やっぱり好きなんだな? 生BLが」


「あ、あのっ、だなっ。そ、そういう意味ではなくてっ」


「少し、向こうで話をしないか? ――二人っきりで」


「ひぃいいいいいいいい!! し、シグルド君っ!! シグルド君!! 怖いっ!! 怖いぞっ!! 真っ黒な笑顔を近づけないでくれぇえええええええ!!」


 逃亡を企てようとするシャルロットを素早く捕獲し、シグルドはそのまま一気に大空へと羽ばたく。

 

「こらぁあああっ!! やめっ、どこに行くんだ!! シグルドくぅうううううううううん!!」


「ふぅ……。お前を喜ばせるのは好きだが、アイツらと生BL扱いされる事に関しては、少々受け入れがたい云々が。――というわけで、二人きりで話し合おう」


「生BL扱いしたわけじゃなぁああああああい!! た、ただっ、目の前に芸術的萌えがあったからっ。大体っ、前はノリノリでランヴェルク君と生BLに興じようとしたじゃないか!!」


「あれはあれ。これは、これだ。さぁ、行くぞ」


「だからどこにぃいいいいいいいい!!」


 地上にある花畑から面白そうに手を振っている自称親友達に「少し抜ける」と言い残し、空の彼方へと向かうわんこ天使。生BLがどうこうというよりは、二人きりで過ごせると思っていた期待を裏切られた仕返しをしたいのかもしれない。

 シグルドはシャルロットと二人きりでいたい。彼女の瞳に、自分だけを映していてほしい。

 そう、思っている。だが、その感情が友達という枠を超えている事を皆が知っているのに……、相変わらず、シグルドは鈍感なままだ。……まるで、無意識の暗示にでもかかっているかのように。

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