第二十一話・ピクニック1

「ふむ……。大天使殿からの書状によれば、君達部隊長四名、そして、その部下である天使達各名を、『魔界でGO!! サバイバル&アスレチックHEAVEN』の参加者とする。……とあるが、間違いはないかな?」


「「「「相違ございません」」」」


 シグルドの後に続いて魔界を訪れた大勢の天使達。

 第三部隊隊長エレクツィオ、第七部隊隊長クリスウェルト、第十一部隊隊長の自分、そして、第六部隊隊長アウレス。彼らの指揮下にある部下の天使達が共に垂れていた頭(こうべ)を上げ、部隊長達に倣う。

 本来であれば、魔界の住民達だけが参加するイベント。

 参加人数に規定はなく、だからこそシグルド達も参加する事が出来るようになったのだが……。

 

(両界の交流の為とは聞かされているが……)


 穏やかに微笑んでいる魔王陛下に視線を据えながら、シグルドは気付かれないレベルの溜息を零す。

 協力して何かを成すイベントでなく、……他者との競争、蹴り落としの場を共有する事になるとは。

 面倒事が起こる予感しかしないシグルドだが、――ぶっちゃけそんな事はどうでもよかった。

 彼にとって一番大切な事は、魔王陛下との謁見を終えた後の最高で最上の約束事に走る事なのだから。

 今朝、わざわざ起こしに来てくれただけでなく、今日の昼には一緒にピクニックに行かないかと!

 あのシャルロットが!! 頑なに友人関係を拒んでいたシャルロットが!!


「ふ、ふふふふふふふふふ」


「「…………」」


 こっそりとした含み笑いだったとしても、その凄まじい喜びは逆に不気味なカオスオーラとなって他の天使達に及び……。ある意味で奇行じみたシグルドの様子に天使達は恐怖を感じているのか、視線を彷徨わせ小刻みに震えている。全く動揺していないのは、シグルドの友人二人と、魔王陛下のみ。

 

「では、次にイベントの詳しい説明なのだが」


((((止めずに進めるのかよ!!))))


 シャルロットとのアレコレを妄想して恍惚感に浸っているわんこ天使をちらりと見下ろしただけで、魔王陛下は特に注意などのお小言を発する事もなく、イベントの詳しい説明に入ってしまった。

 肝が据わり過ぎているのか、それとも、注意ぐらいではわんこの妄想が止まらないと読んでいるのか……。

 説明が終わるまでの十数分に気まずい思いをした天使達は、解散の合図と共にほっと安堵の息を漏らしたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――で、何故お前達がここにいる?」


 魔王との謁見終了から数時間後、シャルロットとの待ち合わせの場所に急いだシグルドの目に映ったのは、自分の親友と称する天使二人と……、まさかのエリィを含めたお邪魔虫達だった。

 シャルロットと二人きりの妄想を膨らませていたわんこ天使からすれば、まさに、オーマイガッ!! の事態だ。


「姫君にお誘いを頂いたんだよ~! 人数多い方が楽しいからって、そう言われちゃってさ~」


「帰れ」


「せっかく魔界に来たのだからな。その景色の中で佇む私の姿を王女殿下がスケッチして下さると約束を」


「消えろ」


「私はね~、シャルちゃんの所に顔を出した時にたまたまタイミングが良かったから誘われたのよ~。他にもいるっていうし、じゃあいいかな~と思って」


「お前がいるのが、一番腹立たしいんだが」


 シャルロットの時間も、彼女が用意してくれているという手作りの軽食や菓子も、全部自分一人のものでいい。

 三人をギロリと睨み付けたシグルドだったが、シャルロットが浮かべた満面の笑みに不満を瞬殺された。


「皆で仲良くが一番だぞ、シグルド君」


「……そう、だな」


「姫しゃま~、ファルニスの丘についたら、一緒に花冠を作りまちょうね~」


「あぁ。楽しみだな~」


 この場で不平不満を言うのは、男として狭量……、確実に情けないと株を下げる羽目にしかならないのだろう。

 シグルドは二人の自称親友達に両腕を捉えられ、美しい花が咲き乱れるというファルニスの丘に向かう事となったのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ……」


「ん~!! 姫君の、女の子の手作りサンドイッチ、めちゃうま~!!」


「誰にでも作れる手軽料理だが、具材が豊富で気が利いているな」


「姫しゃま~、はい、あ~ん!」


 プリシアの差し出してくれたサンドイッチに齧り付き、シャルロットはそれをもぐもぐと咀嚼しながら視線を移動させる。……近くにある木の陰で膝を抱えているわんこ天使へと。

 別に意地悪でピクニックの同行者を増やしたわけではないが、彼を誘った後に気付いたのだ。

 二人きりで遠出……。もし、何かあったらどうする? と。

 友人関係は受け入れたが、相手は本能で生きるわんこだ。

 たとえその感情を理解していなくとも、大胆な行動に出てくる場合もある。

 まぁ、流される気はないが、念には念の為と考えて、彼の友人とエリィ、そして、プリシアを誘っておいたのだ。結果は勿論、シグルドの機嫌を損ねただけだったが。

 シャルロットは拗ねてしまったわんこ天使の許に足を向け、肉入りのサンドイッチを差し出した。


「ほら。君も皆と一緒に食事をしよう」


「……」


 二人きりのピクニックをどれほど楽しみにしていてくれたのか。顔を見れば一目瞭然だ。

 シグルドは寂しそうな目にほんの少しの苛立ちを揺らしながら、サンドイッチを受け取り、がぶりと食いちぎる。もぐもぐと豪快に食べながらも、その視線はシャルロットから外れない。


「……美味い」


「ふふ、まだまだあるから、沢山食べてくれ。それと、だな。シグルド君、友達関係というものは、別に二人きりに限定されるものじゃないんだぞ? 皆でわいわい楽しく遊ぶ。その方が二人よりも楽しいんだ」


「……俺は、お前と二人が良かった」


 まったく、心の底から素直な天使だ。何故そう思うのか、二人きりでない事に不満を覚えるのか、気付こうともしないわんこ。シャルロットはその頭をよしよしと撫でてやり、「次は二人で来ような」と、微笑んでやる。

 それだけでシグルドの機嫌は急上昇し、またむぎゅりとシャルロットの腰にまわる両腕。


「約束だ」


「あぁ。約束だ」


 パタパタと背後で嬉しそうに振られているシグルドの尻尾に笑みを深めながら、シャルロットは頷く。

 こうしていると、懐っこい大型犬のように思えるし、喜ばせてやりたいとも思うのだが……。

 シャルロットの対応に喜び甘えきっているわんこ天使がクンクンと匂いを嗅ぎ、首筋に舌を這わせようとした瞬間、シャルロットのブリザード級の声が落ちた。


「シグルド君……。友達関係の掟を忘れたのなら、今すぐ解消を」


「…………」


 ピタリ。友達関係にあるまじき行動は厳禁。

 再度突き付けられた注意事項に動きを止め、シグルドはしゅぅぅんとふさふさの両耳を垂れ、「すまない」と一言。わかってはいる。だが、やめられない、ついやってしまう、と言いたげだ。

 その感情が、行動が、何故なのか。自覚出来ないわんこの額をぺちりと叩き、皆のいる場所へと誘う。

 自分の横に座らせ、またサンドイッチを手に取り差し出してやる。


「シグルド~! ほらぁ~、俺からも、あ~ん!」


「いらん」


「酷っ!! じゃあ、エクレツィオ、あ~ん!」


「ふむ。いただこう」


「エクレツィオ、あまり懐が広すぎると、BLだと誤解されるぞ」


「もぐもぐ……。ん? BLとは何だ? 新しい眼鏡の部品名か何か?」


「違う」


「はいはーい!! 俺、プリシアちゃんに教えて貰ったよ~!! BLってのは、男同士の恋愛なんだって~!! ははっ、俺達仲良しさんだから、余裕で誤解されちゃうよな~!!」


 即答で自称親友を冷たくあしらうシグルドだが、やはり、心から拒んでいるわけではないようだ。

 クリスウェルトとエクレツィオ。二人の天使に対する態度が冷たいのは表面上だけで、シグルドが壁を作っている気配はまったくない。むしろ、シャルロットの目に映っているこの光景こそが、彼らの日常なのだろう。

 それぞれの距離感で、信頼を築きあっている。そんな気がする。

 そして……、流石シグルドの親友。BLの概要を聞いても、まったく動じていない。

 あくまでネタとして笑い飛ばすクリスウェルトと、BL的構図によって生み出される、自身の新たな魅力とやらに思いを馳せ、何やらやる気のエクレツィオ。

 シャルロットの知っている『彼女』の知人達とはエライ違いだ。


「ねぇねぇ、そういえばさ~。小耳に挟んだんだけど、あのイベント、姫君も参加するって本当? 女の子には危なくないかな~」


「勿論、――物凄く危ないに決まっている。魔界の猛者達にとって、あのイベントは、絶好のチャンスだからな。気を抜けば、殺られる可能性もある」


「本当は毎年私が出場して優勝してるんだけど……。今年は自分も参加するって、シャルちゃんが言うものだから」


「ん~、最近腕が鈍っていてなぁ。いっちょ頑張ってみようかと」


「辞退しろ。説明を聞いただけでも問題ありのイベントだ」


 そんなの勿論把握済みだ! シャルロットは胸を張り、もう何度も参加経験がある事を主張してみせたが、シグルドからしてみれば、大問題の所業らしい。


「あれは、女子供の参加するイベントじゃない」


「大丈夫だ。毎年私以外にも参加している女子供が盛りだくさんだ」


「う~ん、正しくは、そういう姿をしている猛者、って事なんだけど。シャルちゃんなら問題ないと思うわよ? 魔石の所持者として面倒事には慣れているし、命を狙われても、負けるような子じゃないわ」


 と、エリィが保証してくれたところで、シグルドの気配がさらに険悪なものへと変わってしまった。

 シャルロットの手を取り、ぎゅっと強く握ってくるわんこ天使。

 

「俺が耐えられないんだ……。頼むから安全な場所で」


「シグルド君は過保護だな~。私はただの女じゃないんだぞ? 魔界における猛者の一人だ。多少の怪我くらい」


「お・れ・が、た・え・ら・れ・な・い・ん・だ」


 そんな凄い力を込めて言わなくても……。

 まぁ、男からすれば、女が傷付く姿を見るのは辛いものか。

 シャルロットの父親やエリィなどは、結構寛大に頑張っておいでと送り出してくれるのに。

 今度は両肩を掴まれ、辞退コールを連呼されながら揺さぶられるシャルロットを援護するように、プリシアがニコニコと声を上げた。


「大丈夫でしゅよ~! 姫しゃまが参加すると、かくじちゅに優勝できまちゅから!!」


「そうそう。いっつも、私かシャルちゃんが優勝するものね~」


「へぇ~、凄いなぁ~! ウチの女天使達も猛者揃いだけど、俺、見てみたいな~。姫君の勇姿!」


「守られているだけの女よりも、立ち向かう女の方が他者を魅了するからな。当日は、王女殿下の活躍を期待する事にしよう」


「お前達……っ。シャルロットに万が一の事態が起きたらどうするんだ……!! ただ傷付くだけでなく、下種な奴らの欲にでも晒されたらっ」


 おいおい、君が想像しているのは、男性向けアレコレの何かか?

 呆れ交じりに苦笑したシャルロットに、シグルドは尚も言い募る。

 

「俺の為に、辞退してくれ。頼む……っ」


 うるうると潤む瞳。へにゃんと垂れ下がった耳と尻尾。

 くそ……っ。あざといな、このわんこめ! と、危うくクラリと絆されそうになってしまう。

 まぁ、別に辞退しても問題はないのだが……。


「気晴らしがしたいんだ。シグルド君」


 魔石目当てに襲いかかってくる凶悪な輩も、優勝してシャルロットの伴侶になるチャンスを得ようとするずる賢い奴らも……、全部ぶちのめし放題のイベント。

 まさに、ストレス発散!! 邪魔者を問答無用で潰せる絶好の好機。

 ニヤリと笑うシャルロットだが、やはりわんこ天使は不服のようだ。

 今度は無言でシャルロットをその広く逞しい胸にむぎゅううううううううっ!! と抱き締め、嫌だ嫌だと首を振る始末。あぁ、過保護だ、ウザいくらいにベタ甘な天使だ。


(……まぁ、悪い気はしないし、ちょっと嬉しくもあるんだが)


「必死ねぇ~、シグルドちゃん」


「俺達がいるのに、全然気にしてないもんな~」


「アイツにもああいう可愛い一面があったのだと、新発見出来て喜ばしい事だが……。おい、シグルド。王女殿下に嫌われたくないなら引いた方がいいぞ。懇願する男の姿にも、境界線という美学がある」


 物わかりの良い自称親友二人を見習え。

 必死過ぎるシグルドの姿をのほほんと見守る周囲の者達に助けを求めるが、どうやら言葉だけの援護で、救出はしてくれないようだ。皆、サンドイッチや菓子を頬張り、ついには景色や舞い降りてくる小鳥達へと意識を向け始めてしまう。うぐぐ……っ。薄情者め。


「シャルロット」


「出る」


「……はぁ、わかった。じゃあ、当日は俺が張り付いて」


「怒るぞ」


「シャルロット! シャルロット……!!」


「しつこい! 絶交するぞ!!」


 大切に思われていようと、ただ守られている温室の乙女になる気はない。

 そう、誰であろうと、シャルロットの自由を奪う事は出来ないのだ。

 ビクッと震え、まだ嫌々と首を振るシグルドだったが……、最後には勿論、仕方なく引く羽目になった。

 ――物凄く、不満そうな顔で。

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