第十五話・シグルドの友人

「シグルドぉおおおおおおおお!!」


「シャルロット、危ない」


「は?」


 回廊の向こうから噴煙を上げながら突進してきたひとつの影。

 その突進物の姿が明確になる前に、シャルロットはシグルドの片腕に担がれ、回廊の外に逃れる事になった。

 二人がいた場所を爆走と共に抜けるかと思われた突進物だが、まさかの瞬時方向変更によって直角に曲がったそれが、回廊の外に広がっている芝生の方へと突っ込んでくる!


「シグルドぉおおおおおおおお!!」


「鬱陶しい」


 シャルロットを庇い、片足のブーツ底を勢いよく突き出すシグルド。

 見事にその靴裏と熱烈なキッスをする羽目になった突進物が……、ずるりと、その場に崩れ落ちていく。

 

(な、何なんだ……っ、一体)


 背中から純白の翼が生えているという事は、シグルドと同じ天使だ。 

 頭の上の部分は深い蒼色で、途中から綺麗な水色の髪が広がっている。

 染めているのではなく、きっと地毛だろう。無理のない色の移り変わりがとても美しい。

 おん、いや、これは、多分男だろう。筋肉の付き具合からみて。

 ぐぐっと苦しそうな声が漏れた気がするが、男はすぐに勢いよく顔を上げた。

 

「いやぁ~! 相変わらずシグルドはクールだよなぁ~。ふふ、元気そうで何よりだよ」


 足蹴にされた事はどうでもいいのか?

 愛想たっぷりの笑顔で顔を撫でながら立ち上がった男に、シグルドが微妙な表情で溜息を吐く。

 知り合い……、だと思うが、やけに温度差があるような。

 男天使が改めて両手を広げ、シグルドに向かって言う。


「さぁっ! 改めて再会の抱擁を!!」


「……」


「シグルド君……、君が飛び込んでくるのを待っているみたいだぞ?」


「男に抱き着く趣味はない。行こう、シャルロット」


 一方通行の片思いか何かなのか?

 気まずげに男を指さすシャルロットに爽やかな笑みを見せ、シグルドはその肩を抱いて回廊に戻り始める。

 だが、相手もそのままスルーされる気はないようで。


「シグルドぉおおおお!!」


「ぐっ!!」


 背後からダイブされ、がっしりと羽交い絞めにされてしまったわんこ天使。

 振り落とそうと奮闘しても、男天使はなかなか離れない。

 ……まるで、某妖怪ジジィのようだと、シャルロットはシグルドに降りかかった面倒を神妙に頷きながら観察する。


「最近、仕事が別々で全然会えなかったしさ~!! それにっ、休みの日が重なっても、どっかに行っちゃってるしっ、寂しかったんだぞぉ~!!」


「気色の悪い事を言うな!! シャルロットにBLだと誤解されるだろうが!!」


「へ? びーえる? なにそれ?」


「お初にお目にかかる、天使殿。私はシャルロット。魔王の娘だ。よろしく頼む。それと、今、シグルド君が言った戯言は気にしないでくれ」


「魔王の、娘……。あぁっ!! ラジエル様が言ってたお姫様だね!! あ、じゃなくて……。よっと」


 男天使はシグルドから離れ、自分の服を軽く叩いて姿勢を正した。

 貴人に対する、騎士のような仕草でシャルロットの手を取り……。


「お初にお目にかかります。私は天界の軍に属する者、クリスウェルトと申します。第七部隊の部隊長を拝命しております。シャルロット王女殿下にお目にかかれました事、光栄に」


「あぁ、かしこまらなくていい。普通に接してくれ」


「そうですか? では、よろしくね~! シャルロットちゃん!!」


 むぎゅり。普通にとは言ったが、まさか初対面で熱烈なハグを受けるとは思わなかった。

 少々馴れ馴れしいタイプの天使のようだが、……まぁ、嫌悪感を覚えないからいいか。

 されるがままにむぎゅむぎゅと愛でられていたシャルロットだが、彼女は忘れていた。

 自分のすぐ傍に、非常に危険な綱渡り状態の精神をした男がいる事に。


「クリス……」


 暗黒オーラ+ダダ漏れになっている殺気の奔流。

 シグルドに肩を掴まれたクリスウェルトが振り返り、怒れる大魔神にも臆さずのたまう。


「え? あぁ、シグルド。大丈夫大丈夫! 次はお前の番だからな~!! この溢れんばかりの愛情で、お前を」


 シグルドに対し笑顔で返したクリスウェルトだったが、彼は喋っている最中に遠く空の彼方へと吹っ飛ばされてしまった……。勿論、やったのはシグルドだ。

 

「はぁ、はぁ……っ。くそっ!!」


「し、シグルド、君……。クリスウェルト君は、と、友達、じゃないのか? 君との再会を喜んでいたようだが」


 何故に友達をあんな風に手荒な扱いで強制退場させるのか。

 シャルロットが首を傾げながら近づくと、シグルドが息を切らしながら剣呑な目を寄越してきた。


「駄目だ」


「は?」


「知らない男に、いや、男に身体を触らせるな……!」


「その筆頭が君なんだが……」


 と言いかけて、口を噤む。

 本人が無自覚なのに、わざわざ自分を窮地に追い込むような発言はよろしくない。

 よし、黙っておこう。話を逸らそう。

 

「クリスウェルト君は、友達なのだろう?」


「友達じゃない。いつもちょっかいをかけにくる、赤の他人だ」


「だが、君の事を好きそうだったぞ」


「BLじゃない!!」


「いや、別にBL扱いはしていない。ただ、特別に仲の良い親友、のように思われてるんじゃないかと、だな」


 シグルドにもちゃんと友達がいたのかと、ほっとしているだけなのだが。

 どうやら、二人の間には色々とすれ違い要素的なものがあるらしい。

 主に、クリスウェルトの片思……、ではなくて、一方通行な友情が大きいのだとか。

 構われたくないのに構われまくるので困っている、と。

 シグルドが面倒そうに彼との関係を話してくれた。


「いいじゃないか。クリスウェルト君から悪意は感じなかったぞ? せっかく気にかけてくれているのだから、君も歩み寄りを」


「アイツより、俺はシャルロットと友達になりたい」


「男同士の友情の方が何かとお役立ちだぞ? 風呂で裸の付き合いが出来る」


「一緒に入ろう、シャルロット」


「セクハラか!!」


 ただの女友達と風呂に入りたいなどと、よくも言えたものだ。

 この男の鈍感さはまさに、天然記念物並みの恐ろしさといえよう。

 シャルロットが一秒で具現化させた特大ハリセンでその頭をぶっ叩いてやると、シグルドの顔には「何故叩く?」と、不思議そうな気配が浮かんだ。


(シグルド君の中で、異性とは一体どういう位置づけなんだろうな!! 本当に!!)


 その瞬間、シャルロットの頭に恐ろしい想像が駆け巡った。

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