第二話・カフェテラスにて1

「シャルちゃん、シャルちゃ~ん、今日も来てるわよ~? あの子」


「そうか。放置プレイでおkだ」


 オネェ言葉のお洒落な男と向き合ってカードゲームに興じていたシャルロットは、表情ひとつ変えずに次の手を打った。目の前で、グラスの中の氷がカランと揺れる。

 シャルロットのふわふわと揺れる黄金の長い髪で隠れた背中をじぃいいいいいいいいっと見つめてくる、熱烈な視線。それは、シャルロット達がいるカフェテラスを長時間見張っているかのようで、一切声を掛けて来ないくせに、どこからか寂しそうな子犬の鳴き声が聞こえてくるかのような気配だった。

 シャルロットは通りの向こう側からのそれを無視したまま、


「ファランターデ(勝利)、私の勝ちだ。ふっふっふっ! 今日はエリィちゃんの奢りだな」


「あら、ざんね~ん。はい、こっちが本物のファランターデ」


「うっ!!」


 勝利を確信したのに、オネェ言葉の男、もとい、エリィが出してきた二枚にあっさりと敗北した。

 カードに描かれている絵柄の組み合わせによって勝ち負けが決まる簡単なカードゲームだが、……ここ最近は負けっぱなしだ。シャルロットは白いテーブルに突っ伏し、グチグチと文句を言った。


「エリィちゃんのケーチ、ケーチ……。たまには私にも花を持たせてくれよ。あ~あぁ~、デザートにケーキが食べたかったなぁ~」


「ふふ、奢ってあげてもいいわよ~?」


「何っ!?」


「段々とこっちに近づいて来てる……、あの子をこの席に招待してあげるならね?」


「…………」


 ニッコリと天使の笑みで微笑んだエリィの示した指の先を辿っていくと、こちら側の通りに停めてある馬車の陰に……、面倒な奴が潜んでいた。ちっ、距離を詰めてきたか。

 綺麗な黒銀髪の凛々しい男が、シャルロットをじっと見つめている。すっごい真顔で。

 

「こっち来んな」


「こぉ~ら! そういう酷い事言わないの。シグルドちゃ~ん、いらっしゃい」


「まだ同意してないんだが? はぁ……」


「シャルロット……」


 来んな、来んな、来んな……。

 心の中で鬱陶しそうに連呼するが、手招きをされた男は無表情のまま、―― 一瞬でシャルロットの隣の席に座ってきた。


「エリィちゃんのとこに行け」


「ここがいい」


「ふふ、好かれてるわねぇ~。そろそろ歩み寄ってあげたら? シャルちゃん」


「嫌だ」


 交友関係を広げるつもりはない。

 そっぽを向いてジュースのストローを口に銜えたシャルロットに、シグルドと呼ばれた男が落ち込むでもなく、その手を伸ばしてきた。シャルロットの髪をひと房手に取り、鼻先を近づけてクンクンと嗅いでいる。


「嗅ぐな。私は君の餌じゃない」


「シャルロットの匂いを感じていたい」


 恐ろしいド変態発言だが、彼は自分の属する種族の習性に従っているだけだ。

 本来であれば、その頭には漆黒の獣耳と獣尻尾が生えており、おまけに背中からは美しい純白の……。

 ここまで言えばおわかりだろうが、このシグルドは以前にシャルロットが助けた、あの怪我人だ。

 もう半年も前の事だが、どうにか無事に自分の生活に戻ったらしきシグルドは一ヶ月後にシャルロットの匂いを辿って宿泊中の一室に現れ、……どさりと大量の金貨が入った袋を置いてこう言った。


『あの時の礼だ、受け取れ』


 今の様子からは嘘だろうとツッコミたくなるほどに、圧倒的な上から目線で傲慢に袋を押し付けられそうになった。だが、礼を受け取る気など一切なかったシャルロットは、深緑の瞳に怒りの気配を滾らせ……、シグルドを宿屋の外に蹴り飛ばした。窓を割って夜空の星となったシグルドの後を追うように、勿論、大量の金貨も。

 で、縁はそこで強制終了したかと思われたわけだが、男の方も強情だった。

 借りなど作りたくないといった不機嫌顔で何度も何度もシャルロットの前に現れ、礼に何が欲しいのかとしつこ過ぎる問いを繰り返し、その度に蹴り飛ばされ、殴り倒され……。

 だが、三ヶ月間はその面倒な応酬が続き、出会って五ヶ月目からはその質問がなくなった。

 ただ、シャルロットの周囲に現れては一緒にいる時間を持ちたがり、何故かと問えば、


『よくはわからないが、興味がある』


 と、意味のわからない事を言い、現在に至る。

 シャルロットの友人であるエリィもその事情を知っており、何故か、シグルドの事を応援しているという残念な日々。あぁ、本当に……、面倒くさい。


「私は、天使になど興味はない」


「俺は純血の天使じゃない」


「あぁ、言い方が悪かったか。君に興味はない。去れ」


 この男に関わり続けると、物凄く嫌な予感がする。

 シャルロットの予感は高確率で当たる事が証明されており、シグルドを危険視する毎日だ。

 だが、シグルドは打たれ強いのか、


「お前に何故興味が湧くのか、それを知りたいから関わりたい。俺は、わからない事をそのままにしているのが嫌なんだ」


「一生謎のままでいい」


「はいはい! ケーキ奢ってあげるから、少しは仲良くしなさいな。一番高いやつよ~? どう? 食べたいでしょ~?」


「い、一番高いやつ、だと……!?」


「俺と話をするのなら、俺の分のケーキもやる」


「何!?」


 シャルロットの弱点は甘味だ。

 昔から甘いものを食べていれば、大抵の辛い事を忘れられる。

 甘味は、シャルロットにとっての奇跡!! 

 だが、旅に必要な出費を考えながらの日々のせいか、そうそう贅沢は出来ない。

 だからこそ、一番高いケーキを、それも、二つも食べられるという幸運を、……自ら打ち捨てる事は。

 シャルロットはぐぅううっと悔しそうに拳を握り締め、シグルドの逞しい肩を掴んだ。


「約束だぞ!!」


「ああ。……意外にちょろい」


 小声でニヤリと笑ったシグルドの黒い面に気付かず、結局シャルロットはシグルドとのひとときを過ごす事になった。


「――そういえば、今まで聞いた事なかったけど、シグルドちゃんって、普段はどこに住んでるの?」


「天界だ」


「なんでそんな遠くから頻繁に通ってくるんだ、君は……」


「お前と関わる為だ」


「だから、その意味がわからないんだ。私は君の恩人ポジションみたいなものだが、礼はいらんと言った段階で縁は切れるべきだ。なのに……、はぁ、三日に一回は来ているだろう?」


「興味がある対象を知りたいと思って、何が悪い?」


「興味を持たれたくないんだ。何度言わせるんだ? 君は」


 シグルドを嫌悪しているわけではないが、あまり天界の者と関わりたくないのも本音だ。

 シャルロットは、天使と魔族の間に生まれた混血児。

 天界と魔界の勢力は、一応の友好関係を結んでいるが……、中にはまだまだ互いの種族を嫌悪し、どちらが優位か知らしめたいと考える者が多い。

 時々しか……、里帰りをしていない、魔界。シャルロットの故郷。

 厄介な事情を抱えているシャルロットは、その煩わしさから逃れる為に人間界を旅している。

 色々な国で、町で、冒険者向けの依頼を受けたり、時には食堂でバイトをしたり。

 社会勉強にもなると考えての事だが、……シグルドも、シャルロットの抱えているものを知れば、目の色を変える事だろう。

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