第三話・カフェテラスにて2
「シャルロット」
「何だ?」
「食べ終わったら、遊びに行こう」
「嫌だ」
「ケーキをもう一個追加してやる」
「ぐっ……」
十個、と言わず、一個という言葉がまた卑怯だ。
金にものを言わせるようなタイプは大嫌いだが、その一個、という、手を伸ばしやすい一言に、シャルロットは弱い。
「それに付き合ったら、大人しく帰るんだぞ?」
「あぁ。シャルロットが俺と話をし、関わるなら約束を守る」
でなければ、夜まで付き纏ってやる……。そんな言葉が聞こえてきそうな、ニッコリ笑顔のシグルド。
まったく、最初は無表情で傲慢な面しか見せなかったくせに、なんなんだ、この変化は。
「なんだかんだで……、懐に入られかけてる気がするのよねぇ」
「潜り込むのは得意だ」
「安心しろ。踏み込んで来ようものなら、その度に蹴り出してやる」
だが、やはり落ち込む様子のないシグルドが椅子を寄せてシャルロットの肩に身体を寄せ、また匂いを……。
あれか? この男は大型犬か何か? いや、似たようなものだが……、とりあえず、鬱陶しい。
離れろと右手を振ってみせると、シグルドはシャルロットのその手を掴んで顔を寄せ、ぺろりと甲を舐めた。
「ひぃいいいいっ!! エリィちゃんっ、エリィちゃんっ、助けてぇえええっ!!」
「ふふ、楽しそうだから傍観者でいさせて貰うわね」
「……もっと舐めたい」
「やめい!! このド変態わんこ!!」
ドン引きしているシャルロットの狼狽も何のその、シグルドはうっとりと目を細め、彼女の指の間にまで舌を這わせようとしていた。勿論、奴の頭に強烈な手刀を叩き込み、危機を回避したが。
「で? 天界からせっせと通ってくるシグルドちゃんは、お仕事はいいのかなぁ? 甲斐性のない男は、女の子にモテないのよん?」
「そういえば……、まさか君……、ニートか? ニートなのか? 真っ当に生きなきゃ駄目じゃないか」
「礼を持って行った際の俺を見て、何故その結論に辿り着くんだ……」
「いや、知人や友人から金をかき集めてきたのかと」
冗談だが。あの傲慢な態度といい、金の扱い方といい、ニートであるわけがない。
いや、もしかしたら、実家が金持ちの可能性もあるが……。
シグルドの剥き出しになっている上腕部分を見たシャルロットは、この男が自力で稼いでいるのだと確信している。鍛え上げられた筋肉、戦士特有の気配。間違いない、シグルドは天界の軍人だ。
シグルドもそれを隠す気はないらしく、さらっと自分の身分を口にした。
天界における精鋭中の精鋭を集めた部隊のひとつを率いる、所謂エリートなのだと。
シャルロットは生クリームと季節限定の果実で彩られたケーキの欠片を頬張り、もぐもぐと咀嚼した後に言った。
「君とは全く仲良くなれる気もしないしなる気もないが、とりあえず帰れ。今すぐに。部下が泣いてるぞ」
この男は絶対に仕事を溜め込んでいる。
そんな確信を持って放った言葉だったが、シグルドは運ばれてきた珈琲をごくりと飲んで首を振った。
「大丈夫だ。徹夜でギリギリのラインを」
「寝ろ」
よく見れば、薄っすらと目元に残念な黒いクマがあった。
徹夜で仕事を片付けてまで、何故自分に会いに来る必要があるのか?
とりあえず、天界の者達に軽く同情しておく。
「う~ん、じゃあ……、大変でしょうねぇ」
「エリィちゃん?」
「だって、シグルドちゃん……、混血でしょ? って事は、プライドの馬鹿高い純血達に嫌われてるんじゃない?」
「あ~、確かにありそうだなぁ、天界だと」
魔界は特にそういう面での差別は少ないが、天界は清らかな血を重んじると聞く。
だが、シグルドは向けられる僅かな同情心にもけろりとしていた。
「実力で黙らせればいい話だ」
「まぁ、それはそうだが……。暗殺の類とか、任務に仕掛けられる罠とかの被害には遭ってないか? 絶対にいじめられているだろう?」
などと、つい世話焼きおばちゃんのように心配してしまったシャルロットは、無意識にシグルドの頭に手を伸ばしてその頭を撫でていた。
普通なら嫌がられそうなものだが、シグルドはまたうっとりと幸せそうに目を細め、頭を低めてシャルロットの撫で撫でに身を委ねている。
ぴょこんっと、黒い獣耳(ケモミミ)が出現し、尻からはふさふさの尻尾が生えて、上機嫌に揺れ始めた。
「シャルロットちゃ~ん、関わりたくないって言って……、ま~た絆されてるわよぉ?」
「なぬっ!! し、しまった……っ。つい、うっかり」
「もっと撫でろ」
「調子に乗るな!!」
いかんいかん。可愛らしいわんこが天界でいじめられている図を想像して、ついうっかり引き摺られてしまった。天使にも性格の良い者達がいるとは思うが、以前に会った奴らは酷いものだった記憶が云々。
「と、とにかく、仕事を疎かにするな。後、やっぱり関わるのはなしだ。私は天界の者とつるむ気はない」
「俺のケーキを食べた……。約束を破るのか?」
「うっ……。困った事を言う奴だな、君は。まぁ、……ケーキの分は付き合うさ。今日だけは。だが、それが終わったら、もう二度と……」
「次に会った時も、ケーキを奢る。一個だけ」
「仕方ないな。もう一回だけだぞ」
「シャルちゃん、シャルちゃ~ん? あっさり懐柔されてる自分に気付きましょうね?」
くっ……!! 甘味の誘惑が憎い!!
だが、シャルロットは次回奢ってくれるというケーキを指差され、結局頷くしかないのだった。
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