第4話 窮鼠

  ――――  確か、こっちに体育館とプールの連絡通路があったはずだ。


 息は荒く、額は汗で湿っている。暗い通路を走り抜けようとしたところで、右ふくらはぎの側面を何かに抉られ、その場に倒れこむ。喘ぎ声が口から洩れ、傷口の側を空気が流れていくたびに、脚を半田ごてで焼かれるような感覚に襲われる。中枢神経が右脚の痛みに支配されていく中で、一部の末梢神経が背後の気配に気づく。が、振り向きざまに、こめかみを殴打され、再び顔面から崩れ落ちる。

 意識が朦朧としながら、必死に抵抗するも、もと来た道を引きずられる力に逆らえない。薄く開いた自分の瞼の間から、部屋の戸前に立っている少女が見える。


 「最高の舞台を用意してあげる。花も人間も散り際が一番美しくないとね。」


 少女の表情が気になり、顔を上げようとするも瞼は重く、意識は遠のいていった。


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 今朝の激しい夢が思い出される。見覚えのある場所であり、ふと嫌な予感が頭を巡ったが、今から目の前で起きていくことの方が重要であるように感じ、一旦、顔を上げて辺りを見回す。屈強な男たちが体育館の前方に次々と集まってきている。

 俺は自分自身の気持ちを整えながら、頭の中をクリアにしようと深呼吸を行った。



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 俺の名は、鎌 宗吾(かま そうご)。バスケ部のエースであり、学校の成績も入学当初から学年トップ10を維持するほど、文武両道を体現した高校三年生と言っても過言ではなかった。だがなお、自分自身に満足することなく、高みを目指す目標を持つ中で、その日は突如として訪れた。今、思えば、その日の朝に見た夢は、俺様の最悪の未来を予見していたとも言えるが、その時は知る由もなかった。奴等は俺様から世界を奪い、世界から俺様を奪おうとした。どこの馬の骨とも分からぬクズ共が、この俺の未来を汚すことに対して怒りと吐気を催し、発狂した。そして、あの後、俺はこの世の在り方・運命さえも恨むと決めたのだった。

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 数十分も経たぬ間に、武装集団は体育館を制圧し、彼らの内の一人が舞台中央から体育館にいる人々に向かって話し始める。

 「只今をもって、我らブリヤート解放戦線がこの場を占拠した。全員おとなしくすれば、危害を加える気はない。ただ、反抗・逃亡などを行う者に関しては、即刻、射殺する。」

 俺たちを支配したという言い方が鼻につくが、話している男だけに言及すれば、それなりに知性と指導力を持っているように思える。

 「水や食料は必要な分だけ分け与える。トイレに行きたい時は、その場で手を挙げろ。見張り付きで一人ずつであれば許可する。また、体育館上部の部屋は交渉用として利用する。いかなる理由があれ、そこへ侵入した者に関しても否応なく射殺する。

 そして携帯、タブレット、パソコン等のすべての電子機器を今から回収する。速やかに我々の見える位置に出し、待つように。以上だ。」

 今ある情報だけで奴らの目的までは掴めないが、ブリヤート解放戦線のブリヤートには聞き覚えがあった。ロシア連邦の中にある共和国の一つであり、モンゴルの北に隣接していたことは、自分の知識からして間違いなかった。


  ――――  何故そんな地域の人間が日本でテロを…。

と、疑問に感じるものの、まずはここから俺自身が生き残ることを考えるのが先決であると頭を切り替える。正直に言って、あまり目立ちたくはないが、生き残る確率を上げる為には、どうしても外の情報が必要であり、スマホを奪われることだけは可能な限り避けなければならない。


 俺は一か八かで手を挙げ、近くにいるロシア系で顎髭の濃い男に向かって、トイレへ行きたいアピールを行う。幸いにも後ろに座っていて、トイレの位置が近かったこともあり、

 「Will you be back soon?」と聞かれたのに対し、「Yes!」と答えただけで、髭の濃い男は俺をトイレに連れて行くことを承諾してくれる。

 髭の男は俺に対して、すぐさま立つようにと促し、急ぎ足でトイレへと向かう。


 トイレに着くと、ドア口にはアジア系の若い男が立っていたが、その男は何も言わず、横に二歩ずれて、すんなりと中へ通してくれた。髭の男はなぜかトイレの洗面台で顔を洗い始めたので、俺はすぐさま個室に入り、便座の後ろの壁の窪みにスマホを隠す。便座の後ろの壁はぬめっており、手が汚れてしまったが、しっかりと用を足すふりをするため、トイレットペーパーをちぎっていく。トイレの中では少し気が抜けそうになりながらも、長く居座っても怪しまれると感じ、ほどほどの休憩のみで個室を後にする。スマホを見つけられるという心配は左程していなかったが、念のためスマホ以外のものを隠すことはせず、髭の男と共に足早にトイレから出た。


 トイレからの帰り道、気持ちに少しずつ余裕が生まれつつあったこともあり、隣の組にいる飛香の様子を遠目から視認するも、細かい表情を確認することまでは能(あた)わなかった。ただ、ひどく狼狽したり動転したりしている様子でないことは分かったので、特に心配することもなく、自分のもといた場所へとそのまま戻った。

 そして、携帯を回収しに来た別の男に、もう一台のスマホを渡し、しばし一人で考え込むため、俺は目を閉じ、大きく息を吸った。


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