第3話 暗転

 「待てよ。最初に歯向かったのは自分だ。殺る(やる)順序を間違えるなよ。」

 怯えた表情の男の子から、裏返った声が発せられたが、その横にいる少女は男の子を見下すように笑い、銃を構える。


      パシュッ、、


 サイレンサー付きの銃が乾いた音を出した直後に多くの悲鳴がこだまする。男の子が一人、私の傍らで倒れ、近くにいたもう一人の男の子が彼に寄り添う。

 わたしはまだ頭がボーっとしていて、宙に浮いているような気分であったが、真紅に染まっていく彼の腕を見るなり、

 「いやっ、、」

と叫び声が漏れ、恐怖が全身を駆け巡る。現実に舞い戻され、わたしは彼の名を呼ぼうとするも恐怖で唇が震える。激しい目まいに襲われ、全身の力が抜けていくのを感じた。

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 その日わたしは久々に変な夢にうなされながら目を覚ますも、寒さで布団から出ることに躊躇いを覚えた。悪夢にうなされたのは、記憶している範囲でいくと小学校以来のことであったので少し驚きを感じたが、遅刻しそうであった為に深くは気に留めず、何とか布団から這い出し学校へ向かう準備を進めた。

 また、その日は幸運なことに、いつも朝早く会社へと向かう父がまだ家におり、駅まで車で送ってもらうことに成功した。しかし、久々に車中で見る穏やかな父の横顔にはどことなく仕事の疲れが表れており、わたしは送らせてしまったことに少し申し訳なさを感じながら、車を降りた。


 学校へ着くと、クラスメイトの大半はすでに体育館に向かうため、上履きから体育館用のシューズへと履き替え、廊下に並んでいた。12月23日は、2学期の終業式であり、体育館へ向かう生徒たちの波は、冬休みへの楽しみからか、いつもより騒めき合っていた。学級委員でもあったわたしはその列の先頭で並んでいたのだったが、もう一人の学級委員である穂高はいつもの如く大粋(だいき)の隣に移動してしまっており、何とも言えぬ寂しさがわたし一人を包んでいた。



 そんな中で、その事件は唐突に起こった。

 冬休みに向けた生徒たちの楽しい騒めきは、一発の銃声によって完全に切り裂かれてしまったのだった。

 軍服姿のような15名ほどの集団が、たちまち体育館内に入ってきたかと思うと、一瞬の間の後、体育館には人々の悲鳴が響き渡る。状況が呑み込めぬ者がほとんどの中で、武装集団の威嚇射撃が照明を破壊し、天井からその破片が降り注ぐと、段々と誰もが自らの命の危機を理解し始める事となった。そして、その時、わたしたちは成す術なく、600個の人質と化し、恐怖のどん底へと突き落とされたのであった。



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 わたしの名は菅野 葉月(かんの はづき)。女子テニス部に所属する華の女子高校生である。部活を引退して色白になってからは、男子から女の子扱いを受けることも多くなり、クラスメイトも自分を「はちゃ。」の愛称で可愛がってくれるようになった。

 一方で、テニス部で同じクラスの穂高と大粋は、わたしがチヤホヤされる事がどうにも気に食わない様子であり、最近、二人から茶々を入れられる回数が明らかに増えていることが唯一の厄介事であった。しかしながら、愚かな二人が今頃わたしの可愛さに気付き、嫉妬したと考えると、少し優越感も生まれたので(笑)、彼らに文句を言うことはなかった。

 また穂高の奴とは3年間ずっと同じクラスで、かつ、今年に入ってからは一緒に学級委員をやるほどの腐れ縁でもあった。穂高の大雑把な性格と学級委員の仕事とは、相性が悪く、わたしは度々、嘆く事となったが、何だかんだ穂高のバカと仕事をするのは良い気分転換になっていた。

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 体育館後方がざわつくと同時に、爆発音が鳴り響き、驚いて後ろを振り向くも、激しい耳鳴りと気持ち悪さに襲われてしまう。体育館内には様々な音が飛び交い、頭上からはガラスが降ってくる。わたしは混乱から身動きが取れず、その場に縮こまる。

 「生徒に手を出すな!」

 教頭先生と思われる声が聞こえたかと思うと、再び爆発音と怒号が飛ぶ。

 「大人しくしていれば殺しはしない。だが、我々に歯向かえば容赦なく打ち殺す。全員その場に座れ。」



 遠くに見える恐怖に歪んだ生徒の顔が、教頭先生の安否を物語っている。

 必死に自分を落ち着かせようとするものの、全身の穴という穴から汗が染み出て、身体は異常なほど震えている。頭を抱えるだけで精一杯のわたしに、周りを見る余裕はない。


 「絶対に大丈夫だから。絶対にみんな助かるから。」


と、ゆっくりとしたテンポで、かつ、落ち着くような優しい口調で転校生が声をかけてくれる。わたしは藁をも掴む思いで、その言葉のリズムに呼吸を合わせながら、何とか身体の震えを和らげていく。真壁くんはわたしの縮こまった背中を優しく撫でるように擦ってくれ、心地良さに包まれた。






 しかし、そんな自らの状態とは裏腹に、体育館内の緊張度は増す一方であり、わたしたちを囲うように武装集団の男たちが銃を構えていた。異常事態の中、体育館の壇上では何者かが話し始めており、その内容を聞きながら、わたしたちは自らの運命を嘆き、いるはずのない神様を探し求め、彷徨うほかなかった。

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