第3話 爆弾マニアでも軍事オタクでもない俺

 爆弾マニアでも軍事オタクでもない俺に与り知るところではないが、世の中にはC4という危険な爆弾があり、それはどこの誰が望んだのか甘いらしい。聞けばC4というのは、粘土のように可塑性に富んだ爆弾らしく、応用自在の変幻自由だと言う話だった。要するに、C4爆弾は、世の人が想像するような、固い箱に入って妙な赤いランプが明滅するテンプレートな姿をした爆弾ではなく、もっと「え、これ爆弾なの」という容姿をしているということだ。


 パティシエ並みの技術を持った爆弾職人なら、ケーキの形のC4爆弾を用意することなど造作もない、と。


 まあ、それはいい。

 分かった。


 問題は、なぜそんなものがファミレスにあるのかということだ。

 普通のファミレスには決して爆弾が設置されることはなく、逆説的にこれが単なる洋菓子であることを証明しているが、果たして俺の勤めているバイト先が「普通」のファミレスであるか。


 ちょっと自信がない。

 本当に爆弾である可能性もなくはないような気がしてきてしまった。


「というか、これって本当に爆弾なんですよね」

 三宅さんが頷く。


「あの、だとしたら、さっきからちくたく言ってるこれって、まさか」

 一瞬にして控室はにわかに、アイスクリームや冷凍食品を補完しておくための冷凍室並みの温度まで冷え込んだ。三人の間にブリザードが吹き荒れたが、なおもちくたくと言う耳障りな音は止まない。


「やっぱり、タイマー、だよね」

「タイマーだと。いったい何の時間を刻んでいるのか」

「まあ、これが爆弾ならやっぱり爆発するまでの時間とかだと思いますけど」


 吉沢先輩がつばを飲んだ。

「ど、どうする。どうすれば。やはり、電話か、電話。警察とか、ああ消防だな。119、119だな」


 慌てふためく吉沢先輩を三宅さんが手で制した。

「ちょっと待って。吉沢君、よく思い出してみて。このタイマーが鳴り始めたのは、いつ?」

「いつ? 正確には分からない。なぜそんなことを気にする」


 三宅さんは腕を組んだまま、頷いた。

「吉沢君が控室に休憩に来る前に、最後にここに来たのは、私。控室のゴミ捨てに来たんだけど、来たのは十一時四十五分。つまり、吉沢君が休憩に入る五分前。その時は、このちくたくっていう音はしてなかった」

「つまり、三宅。まさか」

 吉沢先輩の言葉に三宅さんがその通りだとでもいうように無言で頷いた。


「いや、全然わかんないんですけど」

「もう、月島君。またまた、そんなこと言っちゃって。ほんとは全部、分かってるくせに」

 三宅さんが俺の脇腹を小突いた。緊張感がなかった。


「あのね、月島君。この爆弾の起爆方法はいくつか考えられるでしょう。たとえば、最初に言った通り、誰かがこの箱を開けようとしたら爆発するとか、あとはタイマーがゼロになった時に爆発するとか。ほかにも、ほら」


 三宅さんが、そう言って、控室の天井から吊るされる防犯カメラを指さした。このカメラは、控室に金庫が設えられているため設置されているものだった。この防犯カメラと、起爆方法に関係があると言うのだろうか。


「うむ。つまり、この爆弾をここに置いた犯人は、この防犯カメラをジャックして俺が控室で休憩しているのを見つけて、タイマーのスイッチを入れた可能性が高い。同じように、もしも今、犯人が防犯カメラを見ているとすれば俺たちが警察を呼んだ瞬間に、即座に爆発させるという可能性も考えられる。そう言う話だ」


 なるほど、しかし。

「犯人がいつでも爆弾を起爆させられるってことですか。でも、それじゃあ、状況は絶望的じゃないですか」


 吉沢先輩が顎をつるりと撫でた。

「そうとも言い切れない。もしも、犯人がただ爆弾を爆発させることを目的としていたら、そもそも音の出るタイマーを使用しただろうか。否、手口から見てもこの犯人は愉快犯の可能性が高い。遊んでいるということだ。こちらが、ルール違反を犯さない限り、自ら起爆させることはないだろう」


「つまり、私たちに残された道は一つってこと。それはね、この爆弾の起爆装置を解除するっていうことだけ。ほら、よくあるでしょ。青い配線と赤い配線、どっちを切るか選ぶみたいな映画のシーン。あれをやるってこと」


 そう言うと、三宅さんは吉沢先輩が止めるのも待たずに、けたけた笑ってケーキを箱から取り出した。


 三宅しのぶというのは、勢いだけで生きている人だと思って、俺は内心でため息をついた。

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