第3話 悪夢のサパー

 トレイから戻った女性に水を飲ませると、少しずつ意識を取り戻していった。これでようやく、この悪夢のサパーから解放されるかと思ったのも束の間、女性は叫んだ。


「死んでやるう」


 これでは堂々巡りだと思った俺と三宅さんは店長、あるいは警察に連絡することを真剣に検討し始めた。しかし、その辺りでさらに意識がはっきりしてきたのか、女性は俺に抱き付いて縋った。


「警察だけは、止めてええ」

「なら、帰ってくださいよ。というか、そ、そ、その状態で抱き付くな!」

「あによう。私はお客様よ、そんな言い方って、ないんじゃないの」


 俺は必死になって女性を引きはがそうとするが、意外に腕力があるようで、腰元をしっかりホールドされてしまって、女性は中々はがれなかった。


「ひどいい、つらいい、もう死んでやるう」

 女性が嗚咽を漏らして泣き出したところで、三宅さんが動いた。


 それまで、われ関せずというように、女性から一定の距離を保って近づかなかった三宅さんであったが、突如女性に歩み寄った。そうかと思えば、腕を高く振り上げて、制止、そののち振り下ろして女性の頬をビンタした。


「いい加減になさい。あなた、いい大人が何迷惑かけてるのよ」

 きわめて正論であったが、事態はさらに混迷を極めそうな気がして俺は気が遠くなっていった。


 サパーの時間帯は、通常業務に加えて締め作業を並行してやらねばならず、キッチン周りの締め作業はまだまだ半ばなのだ。ああどうしよう。今日、帰れるかなあ。

 そんなことをぼんやり考えていると、三宅さんが言った。


「まず、落ち着いて、どうして死にたくなったのか月島君に話してみて。たぶん何とかしてくれるから」


「え!」

「え?」


 俺の声と女性の声が重なった。三宅さんは続ける。


「大丈夫、キッチンの締め作業はやっとくから。こっちは、お願いね」

 三宅さんは、俺の了解を待たずに厨房の中へと消えていった。


 なんて強引な人なんだと思ったついでに、以前三宅さんが言っていたことを思い出した。


 私、汚いのと虫だけはだめなの――。


「はあ」

 ため息を付いた後に、女性を見下ろすとちょうど目が合った。少しは落ち着いたのか、涙も止まっているようだった。俺は言った。

「取りあえず、離れてもらってもいい?」


 女性は素直にうなずくと、椅子に座り直した。俺は少し迷ったが、女性の前の椅子に腰かけた。

 女性は、水を一杯飲み、食い入るように俺の顔を見つめた。

 何度も逡巡する様子を見せた後でようやく女性は切り出した。

「私は、高崎芽衣です」



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