第2話 一通り片づけが済んだあと
一通り片づけが済んだあと、三宅さんは女性の体を起こして椅子に座らせると無遠慮に頬を軽くたたいた。
「ほら、起きてください朝ですよ。ていうか、早く帰ってください」
気さくで気遣いのできる三宅さんが、仮にもお客様に対してこのような態度に出ることは珍しい。しかし、散乱したグラスの片付けなどの苦労を鑑みれば、少しやんちゃしても許されるのではないか。俺は何も言わずに動向を見守った。
三宅さんの声に応えるようにして、妙年の女性は徐に目を開けた。しかし、意識はまだ混濁しているらしく、唸り声を上げるだけだった。その様子に何を悟ったのか、三宅さんは女性から一寸距離を取ると、厳しい目つきで俺に言った。
「水。早く、水!」
不審火を慌てて消そうとするような鬼気迫る表情だった。俺は言われた通りに、厨房へ戻り急いで一杯の水を持ってきた。
三宅さんは、女性に何やら声を掛けているようだった。俺が戻ってきていることに気が付くと、三宅さんは顎で女性の右側を指した。
「トイレまで運ぶから、そっち側持ってもらって良い?」
嫌だった。
しかし、俺以上に三宅さんはいやそうな顔をしていたから断るわけにもいくまい。
どうにかして二人で女性をトイレまで運ぶと、彼女はそこですぐさま嘔吐した。他人の吐しゃ物など見たくもないが、便器にぶちまけられた彼女の嘔吐物はほとんどアルコールであるらしく、固形物が見受けられなかった。
「うおっぷ。あ、後よろしく」
三宅さんは、口を抑えながらトイレから退散した。
「え、ええ。ちょっと待ってくださいよ。こ、こういうのは同性がやるもんじゃないんですか! お、俺には無理です!」
三宅さんの返事はなかった。代わりに便器に顔を突っ込んだ女性がすごい音を出して嘔吐を繰り返していた。
女性が一通り吐き終わったあと、俺はトレイの掃除用具入れに押し込まれていたゴム手袋を装着してから、トイレットペーパーを使って女性の顔についた吐しゃ物を拭った。非常に最悪の気分であることは言うまでもない。たかだか九百円ちょっとの時給でこれほどの業務を強いるとは、案外ファミレスもブラック企業ではないか。
怒り心頭であった俺は、すでに女性を女性とも思わず尚且つお客様だという事も忘れて、両脇に手を突っ込んで立たせると、そのまま半ば引きずるようにしてトイレの外へ出した。
これでひと段落したと思いたいところではあったが、問題はむしろこれからだった。
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