第6話 ていうか、マッド☆ハッタ―てなんなんだ

 先ほどの推理パートが何だったのかとせつに問いたい。


 ていうか、マッド☆ハッタ―てなんなんだ。


 ファミレスの壁掛け時計は午前二時ちょうどを指していた。店内に鳴り響くのは、のBGMだけ。すでに深夜ということもあって表を通る車の一台さえなく、このファミレスだけ日常空間から切り離されてしまったような気がしていた。


 そんな気になるのも仕方ないだろう。

 今まさに俺へ向かって飛び掛かろうと、中腰の姿勢をとって対峙しているの三人組がいるのだから。


 すなわち、マッド☆ハッタ―首領中林、手下その一銀代、手下その二伊丹である。この場に残る間島は奇天烈怪奇の事態について行けず、おろおろして身を縮めているから本物の部外者なのだろう。ついでに、先ほど気を失った宮部は相変わらず白目をむいているからやはり被害者ということか。


 まあ、それは良いんだが。


「ウサギ、ネズミ、三方からやつに一撃を与えたのち、離脱。即時、アタッシュケースを回収し撤退するぞ」


 中林の声に、他二人が力強くうなずいた。伊丹がじりじりと、俺との距離を詰める。一撃を与えて離脱しようという高尚な作戦を立てていることは、中林のおかげで分かり切っていた。分かり切っていたのだが、一撃を加えずに勝手にいなくなってくれないものか。


 俺は別に止めるつもりはないから、早く帰ってほしい。

 と、思っていると、突如「ぎゃ」と短い声を出して、銀代の姿が視界から失せた。


「何やつ」


 声の方へ目を向けると、そこには気を失って泡を吹く銀代の姿が。

 それからは、本当に一瞬の出来事だった。


 銀代負傷に気を取られている間に、奴に背後をとられた伊丹はあっけなく撃沈し、ひとりきりになってもなお抵抗しようという首領としての気概を魅せんとして、袖まくりをした中林は、首筋へのチョップ一撃で無残に倒れた。


「ち、ちくしょう」


 一体全体今度は何だと思っていると、倒れた中林の背後から宮部の姿が現れた。

 宮部はでかい口をさらに開けて笑う。


「わははは。俺を小太りの男と思って油断したか。これはすべて筋肉。俺は身長が足りないだけで、筋肉質なのだ。柔道有段者なのだ。せいや」

 正拳突きの決めポーズを格好良くやって見せた宮部はにんまりした。


「お前らの話はすべて聞いてたぞ。俺は寝たふりをしていただけだ。変装盗賊団「マッド☆ハッタ―」め。お前らの悪事もここまでだ」


 もはや収拾が付きそうになかったから、勧善懲悪でも大捕り物でも何でも勝手にやって欲しいと思ったが、実際に宮部はこの後の処理をほとんど一人で片づけてしまった。


 マッド☆ハッタ―たちの拘束や、間島へのフォロー、警察への連絡、そして店の閉店作業の手伝いなどなど、当初の冴えないおじさんの雰囲気を蹴飛ばし、八面六臂の大活躍を果たした。

 彼の協力もあって閉店作業はつつがなく進んだが、その時、宮部がこんなことを言った。

「しかし、まさかあの銀代長十郎が偽物だったとはなあ」

 そう。

 嘘に嘘を塗り固めて奇天烈でデコレーションしたような欺瞞に満ちた一夜であったが、銀代という探偵が存在することは事実である。


 ただ実際の銀代長十郎は、誰にも顔を見せず居合わせた事件を気まぐれで掻き回すだけの男で、警察からは感謝されるどころか、迷惑がられていた。それに、コーヒーのブレンドなんぞ毛ほども興味はないし、とってつけたような無駄に目立つ上にバカ丸出しの和風探偵衣装を着ることもないのだが、その誤った知識をいったいどこで身に着けたのやら。


 それに、彼らは、一点、件の探偵について大きな思い違いをしている。

 俺は誰にも聞かれないような小声で言った。


「銀代長十郎じゃない。銀常次郎だ」

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