第2話

 「さぁて、とっととやりますかねぇ。」

 オレはメモを片手に歩き出した。

 ここは、セイリオスホテルの食糧庫ともいえる場所だ。あのロッカーには魔法がかかっており、特定のダイヤルを回すことでこうした別空間に転移することができる仕組みになっているらしい。他にも、育てるものの種類別にいくつかの農園を管理している。初めて見たときにはおったまげたもんだが、慣れてしまえばどうと言うこともない。

 基本的に季節に全く作用されない空間での栽培なので、リストはにんじんにジャガイモなどの根菜類からキュウリのような季節限定のものまで季節感の欠片もないものになっていた。

 「やれやれ……オレの体力考えろって話だよなァ。」

 ぼやきながらも、目的の野菜を見つけると良さそうなものを背負い籠に放り込む。

 どこからともなく風が吹き、オレの前髪をもてあそんでは消えていく。さぁぁ……と木々の枝を揺らし、風が葉を撫でる音がする。

 (……気味が悪ぃな。)

 眉をひそめて、胸中で呟く。ここの空間を構築したのはうちの支配人だそうだが、オレはすこぶる付きにあの女が苦手だった。

 (……何考えてんのかわかんねぇし。)

 ぱちん、とキュウリをいくつかちょん切って籠に入れる。トマトは色づきを見て適当にぶちぶちと収穫した。こいつらは繊細なので、ゴツくて土がくっついている根菜とは別にしないとセルマンがうるさい。

 畑を移動して、今度はズボッとにんじんを引っこ抜く。雑に土を払ってキュウリとは別の籠に放り込んで、また隣のにんじんを引っこ抜く。イモは手間だが盛られた土を掘って収穫した。

 一区切りつくと、オレはぐっと背伸びをした。セルマンや厨房長よりは若い自覚はあるが、それでもずっと屈んで農作業は身体にくる。

 「はぁ……腰痛ぇ。」

 そう呟いたときだった。

 「……歳だね。」

 不意にすぐ隣でそんな声が上がった。何の前触れもなかったので、オレはびくっと肩を揺らしてその場を2、3歩ほど後退あとじさった。

 「うぁぁ!?」

 音もなく隣に立っていたのは、前下がりの黒髪にユリがモチーフの髪飾りをつけた無表情な女。農作業中のオレとは対照的に、既に小綺麗な従業員の制服に身を包んでいる。

 「……はよ。」

 女はいたって短く挨拶をする。表情にはこれといった変化がない。さすがはホテル内でもセルマンとタメを張る鉄仮面だ。

 こいつの名前はリリー。セイリオスホテルの清掃員でもあり、この菜園の管理を任されている魔女だ。日にニ度、水やりの名目でここに雨を降らせにくる。

 たしか、人間向けの名前もあるが……なんだったか。特に興味もなかったから忘れた。それに、遅かれ早かれお互いの正体を知ることになるこのホテルでは、別に仮の名で呼び合う手間をかけることもないだろう。

 ……それはともかく。

 「テメェ……気配消すなって何度言ったらわかるんだ、アァ?」

 オレが思いっきり睨みつけると、あいつはため息をつく。

 「……挨拶できないやつはウェイター失格。」

 「るせぇ。今はオフモードだから何だっていいんだよ。」

 「そういう問題じゃないと思う。」

 オレはそれを鼻で笑うと、ひょいっと野菜の入った籠を担いだ。こいつが来たということは、そろそろ戻らないといけない時間だ。

 「飯だけは遅れんなよ。」

 ん、という簡潔すぎる返事を背中に、オレは来たときと同じく貧相なドアのダイヤルを回して厨房に戻った。

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