#6 最終回を見終わった時みたいな
開きっ放しの窓から強い風が吹き込み、カーテンが暴れだす。途切れ途切れに差し込む夕日の眩しい光が、私の意識をはっきりさせた。
「……私、何をしていたの……?」
朝起きて、気づけば夕日に照らされていた。朝起きてから今までの記憶がない。
「……寒い」
窓が開けっ放しになっていたことに気づいて、閉めようと窓の方へと歩み寄る。
「そういえば朝は雨が降ってたけど、止んだのかな」
一人でそう呟く。ふと、窓から顔を出して下を覗き込みたくなった。自分でもどうしてだかはわからない。だけどどうしても『自分でもわからない何か』が気になって、窓から顔を出す。この部屋はアパートの三階にあるから、それなりに高い。下を見ても見えるのは駐車場と車だけ。私の興味を引きつけるようなものは一つもない。高いところが苦手な私はすぐに顔を引っ込めた。そのまま窓を閉める。振り返って部屋の中を見回すと、机の上に置いてあった丈夫そうなロープに気づいた。
「……っ!」
そこで私は思い出した。脳裏に浮かぶのは、彼が首を吊っていたシーン。私が絶望したシーン。それで私は、
「私は……自殺しようとして……」
机に駆け寄ってロープをつかんだ。だけど、
「え……?」
ロープはバラバラに切り分けられていた。この家にある刃物はハサミとカッターと包丁だけ。その程度の刃物じゃこのロープはなかなか切れない。
勝手に開いていた窓。バラバラになったロープ。こんな不可解な状況に、
「もしかして、空き巣……?」
こんな考えしか浮かばない。焦って部屋の中を見て回る。通帳に印鑑に財布に、しまいにはタンスにしまった下着も確認。でも、何もなくなってはいない。
「よかった……」
とりあえず一安心だ。そのままその場に座り込む。でも、
「じゃあ、何があったの……?」
そこでふと思い出す。誰かの影を。こうやって座り込んでいる時に、私に寄り添うように隣にいた誰かの面影。
「……あ」
少しずつ記憶が蘇ってくる。朝ベッドから起き上がると誰かがいて、その誰かに私が死のうと思った理由を語って、次はその誰かの話を聞いた。そこまでは思い出せた。だけど、その『誰か』が誰なのかが思い出せない。
大事な約束があったことは覚えているのに、その約束がどんなものだったかは思い出せない。そんなもどかしさ。自分じゃ変えられない物語の運命を延々と見続けている時みたいな、もどかしさ。
忘れてしまった大事な約束のせいで大きな何かを失って、心にぽっかり穴が空いてしまった。そんな喪失感。最終回を見終わった時みたいな、喪失感。
もどかしさと喪失感。その二つが私の中で渦巻く。その渦の中から、
「優しい……××さん……」
そんな言葉が浮かんできた。
「優しい××さん? ××さんって、誰なの?」
必死な自問自答。だけど答えは出てこない。再び言葉が浮かんでくる。さっきとは違う。私ではない誰かの声。
『寿命が尽きるまで、達者でな』
人間とは思えないくらい低い、誰かの声。多分、××さんの声。
「そうだ、私、」
そこで私は思い出した。
「寿命が尽きる時にまた会おうって約束してたんだ」
だったら今はまだ思い出さなくてもいい。寿命が尽きるその瞬間、また出会えるんだから。その時に思い出せるならそれでいい。
少し前まで生きる理由であったものは失った。だけど誰になんと言われようと、寿命が尽きるまで生きる。××さんと再会できるその時まで生きる。私はそう決めた。カーテンの隙間から光が差し込む。部屋の中は薄暗い。
「それが、私の生きる理由……」
独りそう呟いて、カーテンを引っ張った。部屋の中に光が戻った。
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